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裏の裏は表?

 ウィルとアンソニーが公国に向けて出発する前日。

 クロー伯爵家では夫人のマチルダと嫡男のトマスが居間でお茶を飲んでいた。



「全くあの男爵親子、使えないったら!」


 マチルダはイライラしながら、手にしていた扇子を投げ捨てた。投げた先にはお茶の用意をしていたメイドがおり、その腕にバシッと当たった。


「っつ!」


 至近距離で硬い扇子を投げつけられ、メイドは危うくお茶を溢しそうになったが、何とか耐えた。


 (良かった……溢していたら、また奥様から折檻されるところだった……)


 精一杯の無表情でお茶を入れて一礼し退出したメイドに、マチルダは面白くなさそうに、ふんっと鼻を鳴らすと、適温で入れられたお茶を飲んだ。


 (お茶を溢したり、熱すぎたりしたら、それを口実に痛めつけてやろうと思ったのに。つまらないわ)



「母上、何をそんなにカリカリされているのですか?」


 マチルダの隣に座っていたトマスが優雅にお茶を飲みながら聞いた。


「ああ、トマス、王宮に我が家とコモノー男爵親子の関係を知られてしまったの!」


「それはそれは、またどうして?」


「あの男爵親子がミスをして、捕まってしまったのよ。全く、あれほど慎重にと言っておいたのに!医薬品の売買だけでなく、違法薬物の件まで知られてしまって。おかげで今我が家は大変困ったことになっているの」


 マチルダはまるで自分達が被害者であるかのように、息子に切々と訴えた。


 だが、トマスは飄々とした様子で、お茶菓子を味わっている。


「このクッキー、美味しいな」


 トマスの糸目がさらに細められる。


「もう、トマスったら、聞いてるの?」


 マチルダがイライラを募らせているのにも、我関せずといった様子だ。


「これは伯爵家嫡男の貴方にも関係してくることよ?」


「もちろんわかっていますよ。父上が今朝早くから王宮に呼ばれているのもこの件ですよね?」


 トマスの言葉にマチルダは悔しそうに頷く。


「そうよ。国王直々のお呼び出しよ」


「国王が動いたということは、かなり大事になっているということでしょうね」


 トマスは全く動揺する様子を見せずに、サラッと言い放つ。


「でも、大丈夫よ。我が家がこの件に関わったという物証は一切残っていないはずよ」


「ですが、アーゴク侯爵家には、やり取りした記録などが残っているのでは?」


「隣国の悪徳貴族が何と言おうと、我が家は関係ないと押し通すわ。我が家とアーゴク侯爵家を繋ぐ手がかりはないもの。それに、侯爵と言っても、あの夫人は元々平民よ。あんな卑しい者の証言に信憑性はないわよ」


「なるほど」


 マチルダは息子の表情がわずかに動いたことには気づかなかった。



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 ウィルとアンソニーが公国を立つ朝。



 しつこくまとわりつくエリザベスを振り切るようにして、ウィルとアンソニーは大公家に暇乞いすると公国の宮殿を後にした。




「予定よりも早く帰れそうだな」


 ウィルは嬉しそうな顔を隠しもせず、向かいに座るアンソニーに声をかけた。


「はい。大公閣下達のご協力のおかげですね」


「国境に向かう前に少し街に寄りたいのだが。昨夜ディミトリが教えてくれた宝石店に行きたくてね」


「アリス嬢へのお土産ですか?」


「ああ。質のいい宝石が揃っていると言っていたからな」


「かしこまりました」


 アンソニーはそれ以上は聞かず、御者に街へ向かうように告げた。



「ウィル様、もしできれば、私も少し寄りたい所があるのですが」


「クラリス嬢への土産でも買うのか?」


「はい。クラリス嬢は古語に興味があると話していたので、何かいい本があれば、と」




 カリーラン王国とブートレット公国の公用語は同じだが、ブートレット公国には、古語であるルーマン語の文化が色濃く残っている。


 以前クラリスと話した時に、クラリスは教科書以外の本は持っておらず、初等部からの教科書を何度も何度も読み返していると言っていたのをアンソニーはよく覚えていた。


 手で書き写すしかないこの時代、本は貴重品だった。図書館の本も特別な許可がない限り、館外には持ち出せない。

 クラリスのような平民が書物に触れられる機会は限られていた。




 (貴族とは比べ物にならないぐらい、理想的とは言えない環境で、クラリス嬢はトップの成績を維持している。毎日重たい鞄を持ち歩いて、時間があれば教科書を読んでいると言っていた。本当に頭が下がる)


「ディミトリの話していた宝石店の近くに、確か書店もあったな」


「ええ、前回の訪問の時に見た覚えがあります」


「じゃあ、その近くに馬車を停めて、店では別行動としよう」


「わかりました。護衛を必ず連れて行ってくださいね」


 アンソニーの言葉にウィルは軽く頷いた。


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