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悪の栄えたためし無し

 ようやくアグリーの手から逃れることのできたクラリスは、呆然とした様子で、床に座りこんでいた。血の気の引いた顔が、どれほどの恐怖を味わったのかを表している。


「クラリス嬢!首から血が!」


 アンソニーがいち早く駆け寄ると、首の傷にハンカチを当てて止血する。


「ア、アンソニー様……あ……りがと……」


「今は何も話さないでください。首の傷に響きます」


 アンソニーに言われ、クラリスは小さく頷く。恐怖から解放されたせいか、一気に痛みが襲ってきた。少しずつとはいえ出血が続いていたこともあり、軽い貧血状態でもあったのだろう。アンソニーに背中を支えられたクラリスは、そのままフッと意識を失った。





「ええい!このガキどもが!離せ!離せー!」


 往生際悪く暴れるアグリーを騎士達に引き渡すと、ポールとエラリーもクラリスの元に駆け寄った。


「クラリス!」 


「クラリス嬢!」


 クラリスを囲む三人にウィルはホッと息を吐くと、厳しい目でアグリーを見た。




 騎士達はアグリーを後ろ手に縛り上げると、周囲を大勢で取り囲む。絶対に逃さないという気迫が見てとれた。


「くそっ、なんでこんなことに!」


「なんでって、自業自得に決まっているだろう」


「……!王太子殿下……!」


「父親と一緒におとなしく捕まっていれば、命までは取らなかったものを」


「……」


「違法薬物の所持だけでも重罪だが……お前はその上に、騎士達と御者に違法薬物を使用した罪、父親を殺害した罪、貸し馬車屋の幼い娘を拉致し、親子を脅迫した罪」


「そして、何の罪もない少女を襲い、傷つけた罪」


 ウィルがアグリーの罪を数え上げる。


「わずか一日でこれだけの罪を重ねたんだ。極刑は免れない」


「い、いやだ!俺はまだ死にたくない!」


 この期に及んでまだアグリーはジタバタと暴れては、騎士達に押さえつけられている。それを見たウィルが、打って変わって優しい声で言った。


「安心しろ。お前には聞きたいことがたくさんあるからな。まずは取り調べが先だ。まあ、死んだ方がマシだと思うような荒っぽい取り調べになるだろうがな」


 にっこり笑うウィルに、アグリーは言葉を失った。






 騎士団の厳重な警戒のもとアグリーが連行されていくと、外で待機させられていたクラリスの家族が店の中に駆け込んできた。


「「「クラリス!」」」


 意識を失ったまま応急手当てを受けているクラリスのもとに駆け寄ると、三人は息を呑んだ。


「ま、まさか…」


「大丈夫だ、クラリスは生きている」


 ポールが三人を安心させようと力強く頷く。アンソニーも続く。


「命には別状はないようですが、念のため医者に見せた方がいいでしょう」


「な、なら、キンバリー伯爵家お抱え医師に!」


「伯爵家の医師も優秀でしょうが、やはりここは我が公爵家お抱え医師に見せる方が」


「アンソニーもエラリーも、今は張り合ってる場合じゃねえだろ!」


「そうだ。今はそんな場合ではない」


「「「お、王太子殿下……!」」」


 クラリスの家族は慌てて頭を下げる。


「我が国の騎士達の不手際で、大事な娘さんを酷い目に合わせてしまったことを、この国の王太子としてお詫び申し上げる。申し訳ない」


 言って頭を下げるウィルに、家族三人は大慌てで、首を横に振る。


「頭を上げてください。悪いのはあの男爵の息子で、あなたじゃない」


 オーリーに言われ、ウィルは小さく微笑む。


 (やっぱりクラリス嬢のご家族だな)


「クラリス嬢はこれから王宮へ連れて行って、王宮医師の診察を受けてもらおうと思うが、構わないだろうか?」


「お、王宮なんて、そんな畏れ多い……」


「おじさん、ウィルにお願いした方がいい。一流の医者にみてもらえるんだから、安心だろ」


 ポールが驚くオーリーに声をかけると、自分より少しだけ背の低いウィルの肩をポンと叩いた。


「ウィル、クラリスを頼んだ」


「ああ、任せてくれ」


 ウィルの力強い言葉にポールは微笑んだ。


「ご主人、すまないが、クラリス嬢を王宮まで連れてきてもらえないか」


「王太子殿下、俺が妹を運びます」


 オーリーに代わって兄のフレデリックが名乗りをあげた。


「さっき仕入れから帰ってきたばかりで、何があったのか詳しく聞きたいんです」


「わかった。では兄君にお願いしよう。アンソニー、エラリー、ポールも一緒に来てくれ」


 フレデリックがクラリスを抱き上げるのを見て、アンソニー、エラリー、ポールは少し残念そうな顔をしたが、ウィルの言葉に頷くと、クラリスを抱えたフレデリックを守るように囲み、ドアへと向かった。


「おじさん、おばさん、片付け手伝えなくてごめんな」


 最後にドアを出ようとしていたポールがクラリスの両親に片手を上げて詫びる。


「ポールが気にすることじゃないわ」


「気持ちだけで十分だ。それより、フレディとクラリスをよろしく頼む」


「任せとけ!」


 ポールがニカっと笑って出て行くと、店はようやく静かになった。




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