友に餞(はなむけ)を
「みんな、わざわざ来てくれたんだな。朝早くからすまないな」
食堂の中には、クラリスの家族や友人達がポールの旅立ちを見送ろうと集まっていた。
「あら?クラリスさんがいらっしゃらないですわね?まだ準備中かしら」
クラリスの姿が見えないことにいち早く気づいたアリスが首をかしげる。
「あいつ、朝食もとってなかったな……俺、ちょっと見てくる」
クラリスの兄のフレデリックが階段に向かうのと同時に、食堂の扉が開いた。
「やあ、みんなお揃いだね」
質素な旅服に身を包んだディミトリが入ってきた。昨日からずっと馬車に揺られていたとは思えないほど、爽やかな笑顔だ。
「ポール、準備はできてるかい?」
「ああ。荷物はこれで全部だ」
ディミトリの指示で護衛の騎士達が荷物を運び出す。ポールの荷物もそれほど多くはなく、馬車への積込みもすぐに終わった。
「ポール、外に出てみてくれ。カリーラン王家からの餞別を用意してある」
「外に?」
ウィルの言葉にポールが訝しげに首を傾げながら、開け放されたままの扉をくぐった。
「?!」
公国のお忍び仕様の馬車の後ろに、立派な鹿毛の馬一頭を連れた、旅姿のトマスが立っていた。
「おはようございます。皆様、そしてポール様」
「ポール様?どういうことだ?」
ポールに対して最敬礼するトマスに、ポールは驚きを隠せない。
「ふふふ、驚いたかい?カリーラン国王からポールへの贈り物だよ」
イタズラっぽい微笑みを浮かべるウィルの側で、アンソニーとジャンもニコニコと微笑んでいる。
「陛下はよほどポールのことがお気に入りのようですよ。大事な部下と馬を気前よく差し出すとは」
「ふふ、初めはポールの公国行きを認めたくなくて、だいぶゴネてらしたみたいだけどね」
「ポールはこれから公国貴族として学ぶことがたくさんあるだろう。トマスなら馬も剣もマナーも、貴族に必要なことを全部教えてくれるし、ポールの右腕として相応しい。父上からは、公国と王国の橋渡しを頼む、との伝言を預かっているよ。」
「それに、トマスならポールの苦手な腹芸も教えられるしね。商会長としても貴族としても、必要な技術だよ」
ジャンが片目をつぶる。
「ポール、これはハートネット公爵家からです」
エラリーの時同様、アンソニーが公爵家の家紋入りの封書を差し出した。それを見て、クラリスが来ないか食堂の奥を気にしていたアリスも、急いで用意していた封筒を差し出す。
「また遅れを取ってしまいましたわ……!コホン。こちらはオストロー公爵家からです。何かあればいつでも頼ってくださいませ」
そんなアリスの腰をさり気なく引き寄せながら、ウィルがディミトリの方を向いて言った。
「ディミトリ、わかっていると思うが、これらは全て王国から公国への贈り物だよ。ポールという大きな贈り物におまけがたくさん付いてきたとでも思ってくれ」
「ウィリアム……」
「全く、贈り物だとかおまけだとか、俺は物じゃねえぞ。まあ、でも……ありがとな」
横を向いたポールの頬が心なしか赤く染まっている。
「ね、ディミトリ、わかったでしょ?一人じゃないからね。何かあったらいつでも連絡してよね」
「ジャン……」
と、ディミトリが片膝をつき、左胸に手を当て、頭を下げた。
「カリーラン国王陛下に心からの感謝を。この御恩は決して忘れない」
それを見た護衛の騎士達もトマスも一斉に同じ姿勢を取る。
「えっ、これは俺もやるのか……?」
ポールが一人焦る。
「ディミトリ、謝意は受け取ったよ。顔を上げてくれ。早朝で人影はまばらとはいえ、目立ち過ぎるからね」
ウィルがにっこり笑うと、ディミトリに手を差し出し、立ち上がるように促した。
「ああ、すまない。……ところで、クラリス嬢の姿が見えないが、どうかしたのかな?」
ウィルの手を借りて立ち上がったディミトリが、食堂の奥を見る。つられたように、全員扉の向こうに視線を向けた。
=====================
コンコン
「クラリス、準備はできたか?下でみんな待っているぞ」
フレデリックがクラリスの部屋の扉を叩く。
……カチャ
しばらく間があってから、扉がゆっくりと開いた。
「クラリス、どうした?朝食もとらない……」
ドアを開けたクラリスの顔を見て、フレデリックが息を呑んだ。明らかに泣きはらした目をしたクラリスは、一睡もしていないのか、寝巻き姿のままで、やつれた顔をしている。
「……お兄ちゃん、どうしよう……私……」
服をギュッと掴んで俯くクラリスの背中越しに、ベッドに置かれたままの本が見える。
「クラリス……お前……」
フレデリックが妹の肩を掴み、顔を覗き込む。
「……私……ポールお兄ちゃんがいなくなるのが嫌で、公国に一緒に行くって、わがまま言ったけど……でも……やっぱり行けないの……!」
「……理由は……アンソニー様か……?」
クラリスが小さく頷いた。そんなクラリスを見つめるフレデリックの瞳には諦めと優しさが浮かんでいた。
「俺は、ポールと一緒になるのがお前にとっての幸せだと思っていたが……だが、クラリス、お前の気持ちが一番大切だな」
「お兄ちゃん……ありがとう」
てっきり怒られるかと思っていたクラリスは、驚きを隠せない。
「さ、クラリス、急いで支度しないと。そのままでは皆の前に出られないだろ。……しばらく会えなくなるんだ。ポールにちゃんとお別れを言ってこい」
「……うん!」
フレデリックはクラリスの頭を優しく撫でて、にっこり笑った。




