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許さない

 医師達が片付けを終え、新しい点滴液を整えて部屋を後にするのを、皆で黙って見送った。



「ジャン様はお医者様達をお疑いなんですね……」


 扉を見つめたままクラリスが呆然と呟く。


「クラリスさん、心配はいりませんわ。ジャンはかなりの腹ぐ……コホン、切れ者です。きっと何か気づいたことがあったに違いありませんわ」


 アリスがクラリスの肩を抱き、安心させるよう、明るい声で言った。



「……この点滴に何か入っているかもしれないんだわ!」


 だが、アリスの言葉が聞こえていないのか、クラリスはハッとしたように呟くと、ポールの体に繋がれている点滴の管を抜こうとした。


「クラリスさん!」


「クラリス様!」


 アリスとイメルダの二人がクラリスの腕を掴んで止める。


「どうして止めるんですか!このままだとポールお兄ちゃんが死んじゃう!」


 その細い体のどこにそんな力が残されていたのか、クラリスが二人の制止を振り切ろうと暴れる。


「クラリス嬢!駄目です!今は点滴を外してはいけません!」


 見かねたアンソニーが、後ろから抱き抱えるようにしてクラリスを止めた。


「どうして、どうして……!」


「ジャンが真相を突き止めるまでは、我々が怪しんでいることを犯人に知られるわけにはいかないんです!知られれば犯人に逃げられてしまうかもしれません!」


「クラリス様、ジャン様を信じてください!ジャン様ならきっと真相を究明してくださいますから!」


 アンソニーとイメルダの必死の説得に、ようやくクラリスの動きが止まった。目を閉じたままのポールを見つめ、絞り出すように言った。


「……つき」


「クラリス嬢?」 


 その呟きにアンソニーがクラリスの顔を覗き込むが、クラリスはポールを見つめたまま悲痛な声をあげた。


「ポールお兄ちゃんの嘘つき!すぐに帰ってくるって言ったくせに!ちゃんと帰ってくるって言ったのに!なのにどうして?どうしてなの?!」


「クラリス嬢……」


 クラリスの血を吐くような叫びに、誰も返す言葉がない。


「わあああっっっ」


 クラリスはそのまま声を上げて泣き始めた。


 自身の腕の中で身を捩りながら号泣するクラリスを、アンソニーはただきつく抱きしめることしかできなかった。



 ========================



「クラリスさんは?!」



 アリスがアンソニーの元に駆け寄った。


「寝かせてきました。今はミミが側についています」



 号泣した後、クラリスは力を使い果たしたかのように、ぐったりしてしまった。アンソニーはそんなクラリスを抱き上げ、続き部屋のベッドへと連れて行き、休ませた。



 アンソニーがそっとベッドに下ろした時、クラリスは小さな声で謝罪した。


「すみません、アンソニー様。ご迷惑ばかりおかけして」


 痩せて更に小さくなった顔の中で、真っ赤になった目だけが目立っていた。そんなクラリスの頭を優しく撫でながら、アンソニーはにっこり笑って言った。


「迷惑など何も。今はゆっくり休んでください。私も皆もいますからね。何も心配しないで。おやすみなさい」


 アンソニーの柔らかな声に、少し安心したように微笑むと、やがてクラリスは眠りに落ちた。


 その寝顔をしばらく見つめた後、ミミに護衛を命じ、アンソニーは部屋を後にした。


 



「……あんなクラリス嬢は初めて見た」


「……私もですよ。あんな風に感情を露わにしたクラリス嬢を見たのは初めてです……精神的にも体力的にも限界だったところに、信頼していた医師達の裏切りを知り、張り詰めていたものが切れてしまったのでしょう」


 エラリーの呟きにアンソニーが沈痛な面持ちで答える。



「……ウィル様、イメルダさん、明日は朝一番に王国に向かいましょう。私もジャンを手伝います。一刻も早く真実を暴かなければ……!」


「ああ。私も急いで王国に応援を頼もうと考えていたところだよ。ディミトリから夕食に招待されていたが、明日が早いからと断りを入れよう」


「あんな、いつもお優しいクラリス様が……あんな……私、今回の犯人を絶対に許せません!」


 イメルダが珍しく強い口調で言い切った。


「もちろん許せるはずがない。私達の大切な友人達を傷つけた報いは必ず受けてもらう」


 ウィルの言葉に皆が深く頷いた。



 =======================



「アンソニー。俺が代わるから少し休んだらどうだ」


「ですが、君も明日は早いのでしょう?」


 ポールの側に一人座るアンソニーにエラリーが声をかけた。



 ポールの母と祖父は身の安全を確保するため家に帰されていた。そのため、付き添える人間は限られていた。



「俺はここに残る。今は、動ける人間が一人でも多い方がいいだろう」


「ええ。確実に信頼できる人間がいてくれると助かりますね」


 アンソニーが疲れた顔で笑う。その顔をじっと見つめ、エラリーはアンソニーに頭を下げた。


「知らなかったとは言え、辛い役目をアンソニー独りに押し付けてしまってすまなかった」

 

「辛い役目ですか……?」


「ああ。あの状態のクラリス嬢の側にずっといるのがどれほどきついか、容易に想像がつく。自分の想い人が他の男のために命をすり減らしているのをただ見守るだけなんて、辛くないわけがない」


「そうですね。勝ち目のない戦いというのはなかなか辛いものですね。ですが、私が好きでやっていることですから。エラリーに謝られるようなことは何もありませんよ」


 アンソニーの穏やかな声にエラリーが顔を上げる。


「アンソニー……」


 疲れが隠せてはいないものの、相変わらず整った美しい顔には、少し悲しげな、でも優しい笑顔が浮かんでいた。



「では、お言葉に甘えて、私は隣の部屋のソファで少し休ませてもらいます。公爵家の影も交代で護衛に当たっていますから、エラリーも無理をしないで疲れたら休んでくださいね」


 アンソニーはエラリーの肩を軽く叩くと、クラリスの眠る続き部屋へと向かった。

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