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それぞれの思惑

『………かして、ウィル様に何かひどいことをされたのですか……?!もしそうなら、私、ウィル様に抗議してきます!』



 花束を手に、カフェの個室のドアをノックしようとしたアンソニーは、クラリスの憤慨した声に手を止めた。


 その声はウィルにも聞こえていたようで、二人して動けなくなる。

 

 盗み聞きなどしてはいけないとわかっているが、意中の女性二人の会話が気になり、二人はその場に留まってしまった。



『……リス様、そのお顔は……嫌なことをされたわけではなかったのですね……?』

 

『い、嫌なことでは……!ただ、実験の邪魔をされたのが許せなくて……え?!私、何を言って……!』



(聞いたか?!トニー?!アリスはやはり嫌がってはいなかったぞ!)


(……ひとまず婚約破棄は免れられそうですね)


(その縁起の悪い言葉は聞きたくな……)


(しっ)



『……クラリスさんの気になる方がどなたか、ずっと気になってるんですの』


『ゴホッ』


『もしかして、アンソニー様なんですの……?今日、抱きしめられて嫌ではなかったとか……?』


『抱き……!え、いえ、あの、その……それはですね……』


『大丈夫ですわ!誰にも言いませんから!』


『あの……今日も、嫌ではなかったんです……アンソニー様は素敵な方ですし、あ、憧れているのは本当なんです……でも……』


『でも?!』


(でも?!)



 扉越しにアリスとアンソニーがハモる。



『で、でも、今日、アンソニー様にギュッてされた時に、なぜかポールお兄ちゃんの顔が浮かんで……』



(!!!)



 クラリスの言葉に完全にフリーズしてしまったアンソニーを尻目に、ウィルはウキウキと扉をノックしようとした。


 ……が、アンソニーがその手を掴み、扉からウィルを引き剥がした。


(……ウィル様!お待ちください……だめです、今はクラリス嬢には会えません……!)


(私が会いたいのはアリスだ!)


(いいから帰りますよ!)


(なっ、お、おい!)


 アンソニーは有無を言わさず、ウィルを引きずって店を出た。




「おい、トニー、お前、私を何だと思っているんだ?!」


 外に出るなり、ウィルが声を張り上げて怒る。


「正式な婚姻前に手を出そうとして婚約者に怒られたやらかし王太子だと思っていますよ」


「なっ……!」


 アンソニーはそのままウィルを馬車に押し込んだ。御者に行き先を告げ、急ぐように命じると、騒ぐウィルを無視してカフェを後にした。



 ======================



「ただいま!」


「おかえりなさい、クラリス。さっきアンソニー様がお花を持ってきてくださったわよ」


「へ?!アンソニー様が?」


「ええ。馬車を待たせてあるとかで、お花を置いてすぐに帰られたけど。キッチンに置いてあるわよ」


 クラリスの母のエリーが食堂の奥を指差した。


「アンソニー様お一人でいらしていたの?」


「そうよ」


「そうなんだ……」


 クラリスは奥のキッチンに入った。テーブルの上には、あまり派手すぎない、品の良い、可愛らしい花束とカードがあった。



『今日のことをお詫びいたします。明日は邪魔はいたしませんのでご安心ください。またお会いできるのを心より楽しみにしています。トニー』



「アンソニー様……」


 クラリスは呟くと、綺麗な字で簡潔なメッセージが書かれたカードを胸に抱きしめた。


 と、その時、なぜか突然、以前このキッチンでクラリスの手を握りながら、真剣な顔で『俺を選んでくれ』と言ったポールのことが思い出された。


「あ、あの時の返事、まだしてなかった……ポールお兄ちゃん、今頃何してるのかな。帰ってきたらちゃんと返事しなきゃ……」


 クラリスは、ポールの屈託のない笑顔を思い出し、胸が痛かった。



 ========================



『ポールが私の側近になってくれるなら、クラリス嬢のことは諦めよう』



 自室で荷物を片付けながら、ポールは馬車の中でディミトリに告げられた言葉を思い出していた。


『言っただろう?一目惚れだと。私はクラリス嬢と君の二人に惚れてしまったんだよ。君達の有能さにね』


「ったく。勝手なことを言いやがって。あの腹黒公世子が」


 ディミトリからの話というのは、ポールに公国に戻ってきて欲しいということだった。


 オランジュリー商会の後継者として、また、ディミトリ自身の側近として、公国のために働いて欲しいというのだ。


『君のように優秀な人材を王国に渡したくはない。私には長らく側近がいなくてね。君なら信頼できる。だが、もし君が駄目だというなら、クラリス嬢に公妃として私を支えてもらいたいと思っているよ』


 冷徹とも言える、ディミトリの真面目な顔を思い出し、ポールはため息をついた。


「……クラリスが公妃になんてなりたいわけがないよな」


 アンソニーの腕の中で真っ赤になっていたクラリスを思い出す。


「クラリス……」


 愛しい幼馴染の幸せな笑顔を守るためにできることは何か、ポールは久しぶりの自室のベッドの上に寝転がって天井を睨んだ。

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