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迷いと決断

「お帰りなさいませ、旦那様。よくぞお越しくださいました、キンバリー伯爵ご令息様」


 アルセー辺境伯の領地に到着したエラリーを待っていたのは、物腰の柔らかい老執事と数名の年配のメイド達だった。


「うむ、留守の間は何もなかったか?」


「はい。特に問題はございません」


「客室の用意は?」


「整っております」

 

「では、エラリー殿を案内してくれ。エラリー殿、長旅でお疲れだろう。夕食の時間までゆっくりしてくれ」


「ありがとうございます」





 客室に案内され、部屋備え付けの風呂で旅の疲れをゆっくりと癒しながら、エラリーはここまでの道のりのことを考えていた。


 普通に馬車で移動したら十日はかかる所を、辺境伯と数名の護衛と共に馬を飛ばし、三日で辿り着いた。宿に泊まる時間も惜しいと途中野宿した時と、馬を替える時以外のほとんどを馬上で過ごした。


 休暇の間に行って帰って来たいというエラリーの希望を聞き入れてもらっての強行軍だったが、若いエラリーはともかく、自身の父よりも歳上の辺境伯が疲れも見せずに、当たり前のようにエラリーを先導していたことは驚きだった。


「さすがは、一兵卒から今の地位まで登り詰めた方だ」


 道中、あまり長々と話す時間はなかったが、野宿の際に火を囲んで、少しだけ辺境伯の話を聞くことができた。


 奥方は身体が弱く、子供ができないまま亡くなってしまったこと。奥方の死後、領内の孤児院にいた子を養子として迎え入れ、次期辺境伯として育てたこと。昨年帝国が兵を向けて来た際に、その息子が自身の命を差し出して、その進行を止めたこと。


 話を聞けば聞くほど、辺境伯が愛情と漢気に溢れる好人物であることがよくわかった。


「領民からも慕われているようだったな」


 アルセー辺境伯が領内に姿を見せると、領民達は大喜びで手を振って歓迎していた。そんな領民達に対してアルセー辺境伯も笑顔で応えていた。


 王国の北方に位置するアルセー辺境伯領は、冬の寒さが厳しく、作物を育てるにはあまり適した土地とはいえなかった。そんな中、みんなで力を合わせてたくましく生き抜いているのだと、アルセー辺境伯は嬉しそうに語っていた。


「あんな素晴らしい方の後継なんて大役、俺に務まるだろうか……」


 今回の話は、伯爵家の次男であり、継ぐべき爵位を持たないエラリーにとって悪い話ではなかった。


 父であり、騎士団長であるキンバリー伯爵は、騎士団長として自身の後を継いで欲しいという願いを持っているようだったが、それが容易なことではないとエラリーも十分理解していた。


「俺にはもったいないぐらいの話だ」


 もちろん、王国の防衛の最前線に立つという大きなリスクと引き換えではあるが、元々騎士として身を立てようとしていたエラリーにとっては、そのようなリスクなど既に織り込み済みのことだ。


「学園を卒業するまで待っていただけるという話だが……」


 クラリスと一緒に学園を卒業したい気持ちはもちろんある。だが、卒業したその後は?


 残念ながら、クラリスの気持ちが自分にないことは明らかだ。そして、ジャンのように是が非でも学び続けたいという何かが自分にあるわけでもない。



「……ジェルマニ帝国が二年もの間大人しくしているとは思えない」


 エラリーは湯槽から勢いよく立ち上がった。


 =======================



「ポール?!」


「ただいま、母さん」


「どうしたの?!急に?!」


 突然の帰宅に、ポールの母は驚いた顔で息子を迎え入れた。


「じいちゃんから手紙をもらってさ」


「ブランジュ夫人、お久しぶりです」


 ポールを送ってきたディミトリが気さくに声をかける。


「ま、まあ!ディミトリ様?!え?ポールと?!」


「ああ、王国から送ってもらったんだ」


「久しぶりの母子の再会を邪魔するわけにはいかないからね。私はこれで失礼するよ」


「ああ、ディミトリ、世話になった。ありがとな」


「どういたしまして。ポール、あの話の答えは今度聞かせてもらうよ。よく考えておいてくれ」


「……わかった」


「では、ブランジュ夫人、失礼します」


 優し気な笑みを浮かべて去っていくディミトリの後ろ姿を、ポールは複雑な思いで見送った。



「ポール、あなた、いったいディミトリ様とはどんな関係……」


「ようやく帰ったか、このドラ息子が!」


 ディミトリの後ろ姿を最敬礼で見送っていたポールの母が、驚いた顔のままポールに問いかけるのを、割れ鐘のような大声が遮った。


「お父さん?」


「けっ、やっぱりこんなことだと思ったぜ」


 大声の主はポールの祖父だった。


「母さんの具合が悪いなんて嘘をついて、俺を呼び戻したな」


 ポールの目の前にいる母は、血色もよく、王国にいた頃とは比べものにならないぐらい肉付きもよく、とても病人には見えなかった。


「ふん。そうでも言わんとお前は帰ってこんだろう」


「こんのくそジジイが。ディミトリに手紙を託したのもわざとだな」


「さあ、どうだかな。まあ、立ち話もなんだ。ひとまず、荷物を置いて来たらどうだ」


「ちっ。相変わらず食えないじいさんだぜ」


 ぶつぶつ言いながら、ポールはそのまま残されているだろう自室に足を向けた。

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