分かれ道
コンコンコン。
ディミトリの滞在している王宮内の客室をノックする者がいた。
「ディミトリ、私だ。ウィリアムだ」
湯浴みも終え、就寝準備を整えていたディミトリはシャツを簡単に羽織っただけの、寛いだ格好でドアを開けた。
「ウィル、アンソニー。待っていたよ」
笑顔で二人を迎え入れる。
「ディミトリ、お邪魔するよ」
「失礼いたします」
「来てくれてありがとう。二人と一緒に飲もうと思ってね。とっておきの酒を持ってきたんだよ」
「それは楽しみだな」
「私までお招きいただき、ありがとうございます」
「アンソニー、そんなに畏まらないでくれ。今回は友人達とゆっくり話せるのを楽しみに訪問したんだからね」
ディミトリはキャビネットからグラスを取り出しながら、二人にソファに座るように促した。
「カリーラン王国とブートレット公国の友情と繁栄に」
ディミトリの言葉に三人はグラスを掲げ、乾杯した。
「うん。これはうまいな」
アンソニーが先に一口飲むのを待って、ウィルがグラスに口をつける。
「そうだろう?新鮮な林檎を使った蒸留酒だ。三年以上寝かせた上物だよ」
笑顔のディミトリにウィルが尋ねる。
「しかし、あのエリザベス嬢がよくおとなしく結婚する気になったな」
「ふふ。あれでも外見は悪くないからね。二十歳ほど年の離れた侯爵が、ぜひにと望んでくれていてね。年齢差を気にして父上はずっと保留にしていたんだが、今回ようやく話をまとめることができたんだよ」
「前回慌てて帰って行ったのはそのためか?」
「そうだね。クラリス嬢を公妃として迎えるにあたって、エリザベスには大公宮から離れてもらった方がいいと思ってね。エリザベスが何かと面倒を引き起こしそうだからね」
ディミトリは笑顔でグラスを傾ける。
「ゴホッ、ゴホッ」
アンソニーがむせた。
「ちょ、ちょっとお待ちください!クラリス嬢を公妃とするとは、どういうことですか!」
「ん?そのままの意味だよ。私はクラリス嬢を妃にと望んでいるよ」
「前回の爆弾発言は本気だったのか?」
ウィルがグラスをくるくる回しながら問いかける。
「私はいつだって本気だよ?」
ディミトリも同じ仕草で返す。
「……駄目です!ディミトリ様といえど、クラリス嬢は渡せません!」
一気にグラスの中の酒を飲み干し、ダンッとグラスをテーブルに叩きつけたアンソニーが声をあげた。
「アンソニーに駄目だと言われてもね。君はクラリス嬢の何なんだい?」
それまでの笑顔から一転、ディミトリが真面目な顔でアンソニーに尋ねた。
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「ポール、大丈夫か?」
食堂を閉める時間になってもキッチンから出て来ないポールを心配したフレデリックが、ポールにそっと声をかけた。
「ああ、フレディか。すまない、今日は何も手伝えなかったな」
ポールが椅子に座ったまま振り返った。その手には先ほど受け取ったという手紙が握りしめられていた。
「そんなことは気にしなくていい。それよりも夕食もまだだろう。ここで食べていけよ」
フレデリックの言葉が聞こえていたかのようにタイミングよく、クラリスが食事の載ったトレイを手に、顔を出した。
「二人とも夕ご飯まだでしょ?持ってきたから、食べちゃって!」
にこにこと可愛らしい笑みを浮かべながら、クラリスがフレデリックにトレイを渡した。
「ありがとう、クラリス」
「はい、ポールお兄ちゃんも」
「ああ、ありがとう」
「ふふふ。どうぞ召し上がれ!」
そう言って、クラリスは踵を返す。
「あ!クラリス!」
「ん?ポールお兄ちゃん?どうしたの?」
ポールが咄嗟にクラリスを引き留めた。
「……あ、いや、悪い、何でもない」
「?」
すぐに、ポールは伸ばした手を引っ込める。クラリスはキョトンと首を傾げた。
「……クラリスは片付けを手伝いに行くんだろ?ポール、俺達はさっさと食べちまおうぜ」
「あ、ああ。そうだな」
「???」
クラリスはキョトン顔のまま、キッチンを出て行った。
二人はしばらく無言で食事を続けたが、やがてポールが口を開いた。
「……母さんの具合が悪いらしい」
「おばさんの?病気だったのか?」
「……これまでの母さんからの手紙には何も書かれていなかった」
ポールは王国に越してきてからずっと、月に一度ほど公国にいる母と手紙のやり取りをしていた。
内容はいつも大体同じ、近況報告と、ポールが元気で楽しくやっているかを問うもので、調子が悪いことなど一言も書かれてはいなかった。
「じいちゃんが、一度公国に戻って来て欲しいと」
「……それは、おばさんに会いに、か?」
「それももちろんあるだろうが、商会の後継についてもほのめかされている」
「ポールを後継に?でも、そしたら王国には戻って来られないんじゃ……」
「……そうなるな」
「それで手紙を受け取ってからずっと様子がおかしかったのか」
「……」
「ポール……」
「……なあ、フレディ、もしクラリスに一緒に来てくれって言ったら……」
ポールの思い詰めた様子に、フレデリックは返す言葉が見つからなかった。




