解毒剤を作ろう
「えーっ、そんな楽しいことがあったのー?」
学園の食堂で昼食を取りながら、ジャンが心底残念そうな声を上げた。
「僕達も呼んでくれたら良かったのに~。ね、メル」
「ジャン様っ」
どこまでもマイペースなジャンをイメルダが嗜める。
「ったく、見せ物じゃねえんだぞ」
「ポールの言う通りですよ。真面目な謝罪の場だったんですから」
「……あのさあ、ポールもアンソニーも、二人ともその状態で真面目な顔されてもさあ……」
ジャンが呆れた声を出す。
「「ん?」」
クラリスの右と左にそれぞれ陣取ったアンソニーとポールは、クラリスの口元にスプーンとフォークを差し出していた。
「これのどこがおかしい?」
「クラリス嬢は利き手を怪我しているんですから、補助が必要なのは当然ですよ」
至極真面目な顔で答える二人に挟まれて、クラリスは下を向いてプルプル震えている。
「アンソニー様もポール様も、いい加減にしてくださいな。このままではクラリスさんが昼食を取ることができませんわ!」
たまりかねたアリスが声を荒げる。
だが、そのアリス自身もウィルにかなり密着されており、だいぶ窮屈そうだった。
「あ、そういえば。アリス、あのことはもうクラリス嬢に話したの?」
ジャンが色んなことをスルーして、アリスに尋ねる。
「「……あのこと?」」
ポールとアンソニーが綺麗にハモる。
「あ、クラリスさんにお願いしたいことがあるのでしたわ」
「「……お願いしたいこと?」」
「アリス様からのお願いでしたら、私にできることであれば何なりと!」
ハモる両隣りを無視して、クラリスがキラキラした目をアリスに向けた。
「っ!(ああ!私のクラリスちゃんが今日も可愛い!)コホン。お、お願いしたいことというのは、クラリスさんの血液を少し採取させていただきたいということですの」
「はあっ?!」
「アリス嬢、どういうことですか?!」
ポールとアンソニーがガタッと席を立つ。
「もう。二人とも少し静かにしてよ。クラリス嬢の血液を調べたいのには当然理由があるんだからさ。アリス、説明してあげてよ」
ジャンが呆れ顔でアリスを促す。
「……先日のパーティーでクラリスさんは即効性の薬を盛られました。あれは、隣国のダムシー子爵が開発した違法薬物です。大量に接種すれば毒となりますが、少量であれば麻薬として、ごくごく少量であれば媚薬として作用する薬です」
「……!」
アリスの説明にクラリスが青ざめる。そんなクラリスを見て、アリスが言い淀んだ。
「……嫌なことを思い出させてごめんね。でも、クラリス嬢の血はその薬の解毒剤になるかもしれないんだ。だから、調べさせて欲しいんだよ。薬は全部回収したはずだけど、レシピを知っている人間がどこかにいるかもしれないからね」
ジャンがアリスの言葉を引き継ぐ。
「……なるほど。イディオ侯爵令息達が騒いでいたのはそのことか」
ウィルが納得したように頷く。その頷きを受けてアリスが説明を続けた。
「クラリスさんは差し出されたグラスに少し口をつけただけでしたので、あの薬が媚薬として作用してもおかしくない状況でした。ですが、幸いそんな作用は出ずにすみました。それはクラリスさんに薬に対する耐性ができていたおかげだと考えられるのです」
「私にですか……?ですが、そんな薬を使ったことは……」
わけがわからないという顔でクラリスが首を傾げた。アリスがそんなクラリスを真っ直ぐ見て答える。
「……あのコモノー男爵の息子が使っていたナイフです。あの男は薬物の染み込んだハンカチでナイフを丁寧に拭っていました。恐らくそのナイフに付いていた薬の成分が首の傷から入ったのではないかと」
「!」
「それで、クラリス嬢の血液から血清ができるかどうかを確認したいということなんだね。いやあ、私の婚約者は美しさだけでなく、明晰さも持ち合わせているとは」
ウィルがにこにこしながら、アリスにさらに接近した。
「ウィル様、少し離れてくださいな……!クラリスさん、ほんの少しでいいんですの、お願いできないかしら」
「もちろん、アリス様のためならいくらでも大丈夫です!」
クラリスが満面の笑顔で頷く。
「じゃあ決まりだね!今日の放課後はうちに集合ね!」
ジャンがにこやかに微笑んだ。




