諦められない!
クラリスを真ん中にして、三人の男達が睨み合う。
「クラリス、帰るぞ。もうすぐ夕食時だ。食堂を手伝わないと」
一瞬早くポールがクラリスの左手を握り、ドアへと向かう。
「え、ポールお兄ちゃん?今来たばっかりなのに?」
「エラリーも元気そうだし、顔が見られたんだからもういいだろ。じゃあな、エラリー、養生しろよ」
「あっ、ちょっと、ポールお兄ちゃんったら!っつ、そんなに強く引っ張ったら痛い!」
「ポール!クラリス嬢が痛がっている、手を放せ!」
そう言ってエラリーが動くよりも早く、アンソニーがポールの手をクラリスの手から引き剥がした。
強く引っ張られていたクラリスが、支えを失って前のめりに転びそうになったところを、アンソニーがふわりと抱きとめる。
「「!!」」
「クラリス嬢、大丈夫ですか?」
クラリスに向けられたとびきり甘い声と笑顔に、クラリスはもちろん、周囲にいた男達も思わず固まった。
「……驚いたね、アンソニー殿があんな顔を見せるとは……エラリー、これは強敵だねえ」
少し離れた場所から成り行きを見守っていたセベールが、驚きの声を上げた。
「くっ!」
「くそ!クラリス!戻って来い!」
真っ赤な顔でポーっとアンソニーを見つめるクラリスに、エラリーとポールが歯噛みする。
「アンソニー様、私はもう大丈夫ですから!」
「おや?クラリス嬢、私の名前をお忘れですか?」
ポールの声にハッと我にかえったクラリスが、慌ててアンソニーの腕の中から抜け出そうとするが、そんなに力を入れているようには見えないのに、アンソニーの腕はびくともせず、クラリスは逃げられない。
「アンソニー、お前、いい加減にしろよ!」
「クラリス嬢が嫌がっているじゃないか!」
ポールとエラリーがアンソニーの腕を解こうとするより早く、アンソニーはクラリスを抱きしめたまま、スッと移動する。
「クラリス嬢、あなたが嫌がることはしたくありません。私の腕の中は不快ですか?」
アンソニーは真面目な顔でクラリスに問いかけた。
「えっ!えっと、あの……それは……」
「アンソニー、お前、それはずるいぞ!」
「そうだ、クラリス嬢がここで嫌だと言えるはずはないだろう!」
「……トニー、ポールとエラリーの言う通りだよ。今はクラリス嬢を放すんだ……まあ、気持ちはわかるがね」
黙って見ていたウィルが、頃合いとばかりにアンソニーの肩に手をかけて、諭すように言った。
「……そうですね、失礼いたしました」
ウィルの言葉に、アンソニーがようやくクラリスを解放した。クラリスは顔を真っ赤にして固まったままだ。
「すみません、クラリス嬢。つい焦ってしまい、貴女を追い詰めるような真似をしてしまいました」
アンソニーが頭を下げた。
「え!いえ、謝らないでください!」
クラリスの焦る声にアンソニーは顔を上げると、にっこり笑って言った。
「先ほどのセベール殿に対するあの裁き。あれを見て、私はさらに貴女のことを好きになってしまいました。貴女に気になる人がいると聞いて、諦めようとしたのですが、できそうにありません」
ウィンクして、包帯が巻かれたクラリスの右手を優しく取るとそっとキスを落とす。
「今日のところはこれで引きましょう。ですが、これからは……覚悟しておいてくださいね」
「~~~~!」
あまりの甘さに、クラリスは沸騰寸前だ。
「俺だって、諦められるもんか。クラリスの側にずっといるのは俺だ!」
アンソニーの不敵な宣言に、負けじとポールが声を張り上げる。
「諦められないのは俺も同じだ!」
エラリーも前に出る。
またしても、クラリスを真ん中にして、三人の男達が火花を散らした。
「やれやれ。これはなかなか収拾がつかなさそうだ。今日の所はもう解散としよう」
ウィルがパンパンと両手を叩いて、解散宣言をしたところでようやく、張り詰めていた空気がフッと緩んだ。
「エラリー、お前はベッドに戻れ。セベール殿、エラリーを頼みます」
「はっ」
「ポールとクラリス嬢は、私とトニーで馬車まで送って行こう」
「お願いします!」
「ああ、頼む」
ウィルの言葉に軽く頭を下げると、ポールがエラリーを見た。
「……エラリー、療養中なのに騒がしくして悪かったな。またゆっくり来るよ」
「いや……見舞いをありがとう」
「エラリー、私もすみませんでした。傷が開かないように、ちゃんと安静にしていてください」
「ああ……気遣い感謝する」
「エラリー様、ご無理はなさらないでくださいね」
まだ少し頬を赤くしたまま、クラリスがエラリーに声をかける。そのあまりの可愛らしさに、エラリーの顔も赤くなった。
「あ、ああ……ありがとう……」
「じゃあ、行こうか。エラリー、しっかり休むんだよ」
ウィルの声にエラリーは頷くと、大人しくベッドに戻り、部屋を出ていく四人をベッドの中から見送った。




