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第四話 悲恋で終わらせたくはない

 離宮とは名ばかりで、今までヘーゼルが暮らしていた場所よりずっと寂れていた。

 離宮には隙間が一切なく、頑丈な扉を壊さない限りは外へ出られない。これまでのようにメイドに扮してメイドたちの宿舎へ行ったり、城内を歩き回ったりすることは不可能になってしまった。


 何もやることのない窮屈な離宮暮らしの中、出されるのはゴミクズ同然の腐った食事ばかり。

 久しぶりに口にするそれらは不味くて吐き気がする。


 我慢して飲み込める日もあったが、二日に一度は激しい嘔吐と下痢に見舞われた。


「あーあ、魔法薬の材料になるのに食べて吐き出さなくちゃいけないなんて勿体ない」


 日に日に痩せ細っていく自分の体を見ながら、これはなんとかしないとやばいと思った。

 国王はここでヘーゼルを餓死させる気でいる。逃げ出さなくては、ヘーゼルの未来はない。


 ヘーゼルはここから脱出することを心に決めた。


「レノックスとの恋、悲恋で終わらせたくなんてないもんね」


 せっかく、彼からプロポーズを受けたのだ。

 今まで忌まわしいとしか言われてこなかったこの髪を、瞳を、褒めてくれた。

 あの時はあまりに突然だったから驚いてしまったが、今は自信を持って言える。


 ――彼と添い遂げたい。彼の手を取って、見知らぬ外の世界へと飛び出したい。


 王太子が何なのだ。娘を娘とも思っていない国王がなんだというのか。

 この場所から抜け出して、絶対にレノックスに会いに行ってみせる。


 何か方策はあるはずだ。

 そう思い、壁という壁、そして壁に引っかかって登り、天井までも調べ尽くしてみる。しかし抜け穴はやはり見つからなかった。


 そうなれば今度は力づくである。

 ガッチリとした石造りの壁を壊す方法を考えた。

 ぐるりと離宮の小さな一室を見回すが、使えそうな物は見当たらない。あるのは木のテーブルとベッド、それと部屋の隅に(うずたか)く積まれた埃を被った本。


 ――本?


 今まで気づかなかったそれに初めて気を止め、ヘーゼルは本の山に駆け寄った。

 本は十冊以上はあるだろうか。どれも両腕で抱えないと持ち上げられないほど重たそうな書物ばかりだ。

 どれも表紙には何も書いていない。


 中を開いて読んでみる。


 しかしそこに記されていたのは、ページをびっしりと埋め尽くす難解な文字列だった。


「うーん。さっぱりわかんない」


 まともな教育を受けていないとはいえ、メイドたちと一緒にいたおかげである程度の文字くらいは読める。

 それでもわからないのだから、これは外国語か古代語に違いない。そうなるとヘーゼルにはお手上げだ。


 だがヘーゼルは諦めない。

 もしかすると一冊でも読めるものがあるかも知れないと思い、二冊目、三冊目と本を開いていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――それでもさすがに八冊目になる頃には、これらは自分にとって何の意味もなさないものだと嫌でもわかってしまう。

 当初の目的の通り、この本の山を利用して壁を壊すべきだろうか。


 そんなことを考えながら九冊目を開く。やはりダメだ。

 そして最後、十冊目――。


 「最後こそは」という期待と「今度もダメかも」という不安がないまぜになった感情を抱えながら開いたページ。


 しかしそこは、真っ白だった。

 端に虫食い跡がある以外は何の変哲もない、白紙。


 ヘーゼルは呆気に取られる。


 これは一体どういうことなのか?

 今までの本なら、内容はわからないが普通のだがこの最後の十冊目はなんて異様なのだろう。


 そもそも離宮に本が置いてある時点でおかしいのだが、ヘーゼルはそこまで細かいことは気にしない性質なのである。

 というか気にしていたら今まで生きてこられなかっただろう。

 ともかく、異様な本の話に戻ろう。


「……もしかしてもう少し読み進めたら、何か書いてあるかも」


 ページを捲るために本に指でそっと触れた――その直後のことだった。


「ぎゃっ!?」


 ビリッと指に衝撃が走り、目の前で火花が散った。

 何が起こったのかと驚き固まっていると、なんと先程まで何も記されていなかった本の白紙にぼんやりと何かが滲んで見えてきた。

 それを目にしたヘーゼルは、さらに驚愕して言葉を失ってしまう。


 そんなことなどお構いなしとばかりに『それ』はどんどん色付いていく。いや、色付いているというのは正しくない。浮かび上がってくるのだ。

 にょっきりと頭を突き出し、本の外へと。


 そして『それ』は、にっこりと笑って言った。


「何かお困りのようね、お嬢さん。せっかく呼び出されたんですもの、私が何か手伝ってあげましょうか?」

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