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第一話 虐げられ王女の日常

「――魔女めが。穢らわしい」

「魔女の生まれ変わりのお前なんて、私の娘ではないわ」

「お前は王族の恥晒しだ、ヘーゼル。ああまったく腹が立つ」

「一緒の空気を吸っているかと思うとゾッとしますよ、姉上」


 漆黒の髪は邪悪の象徴。

 榛色の瞳は忌むべきもの。


 どちらか片方だけでも嫌厭されるこの世界で、その両方を持ち合わせて生まれたヘーゼルは、誰からも――家族からさえも嫌われていた。

 国の唯一の王女でありながら、だ。


 王宮の一角、ボロボロの小屋に押し込められるようにして彼女は暮らしている。

 国王夫妻であるところの両親そして第二王子の弟には完全に見放され、時々やって来る王太子の兄には鬱憤の捌け口にされるし、腐った食事を運んでくるメイドには一切口を聞いてもらえない。

 その理由は至極簡単。ヘーゼルが、伝説の魔女と同じ容姿をしているから。


 本来王侯貴族は金や銀の髪に宝石のような瞳を持つはずなのに、ヘーゼルはそうではなかった。

 かつて世界を滅ぼそうとし、悪魔に魂を売ったという伝説の残る悪しき魔女。なぜかそれと同じ、漆黒の髪に榛色の瞳だったのだ。


 王族には見られない色だったから、母が浮気したのかと疑われ、そのせいでそれまで良かった両親の仲は険悪になったと聞く。

 それもあり、魔女の生まれ変わりと呼ばれたヘーゼルの存在はまるで無い物のように扱われた。ヘーゼル自身は魔女でも何でもない、ごく普通の少女なのに。


 でもヘーゼルは自分への待遇を、別に不満には思っていなかった。

 言ってもどうしようもないからと全て諦めているというわけではない。それどころか、毎日楽しんでさえいたのだった。




「ふわぁ……。もう朝か」


 朝起きると、いつもベッドの枕元に冷め切った腐ったスープが置いてある。

 日に一度だけ運ばれてくる食事がこんなものだなんて笑ってしまう。これが嫌がらせなのは明らかだ。

 ヘーゼルはそれを食べることなく無視すると、ベッドから飛び降りてシーツの中を弄り、真っ赤なカツラとメガネを取り出した。


 カツラとメガネをしてしまえば、彼女が嫌われる理由である髪と目の色はわからなくなる。

 そしてさらにボロ布のような服を脱いでお仕着せを着て髪を適当に整えると、垢抜けない田舎出身という風なメイドの少女が出来上がった。


「これで良しっと」


 呟くと、軽やかな足取りでヘーゼルは小屋を出る。

 真正面のドアは鍵がかかっていて内側からでは開かないが、小柄な体で天井まで攀じ登り、開閉式になっている天窓――ヘーゼル自らがこっそり改造したのだ――を上へ押し上げれば簡単に外に出られるのだ。


 メイドたちの集まる宿舎の食堂に朝食があるので、彼女はそこへ向かった。


「おはようございまーす」

「おはようヘイズ」


 食堂に元気よくやって来たヘーゼルに声をかけて来たのは、王城で働くメイドの一人だった。

 彼女は、ヘイズと名乗っているヘーゼルが本当は忌まれる王女なのだということを知らない。彼女だけではなく、この場の誰もがヘイズをただのメイドだと思っている。

 人間、意外と周囲にはそんなに関心を抱かないものだ。ヘイズの部屋が宿舎のどこにもないことなんて調べればすぐにわかることなのに、誰も気が付かないのだから。


「まあ、あたしにとっては好都合だから助かってるけどね」


「ヘイズ、何か言った?」


「ううん、何でもないですー!」


「それにしてもヘイズはよく食べるわねぇ。チビなのに」


「チビは余計ですよーチビは」


 ヘーゼルはぷぅと頬を膨らませながら、メイドに抗議する。

 メイドはごめんごめんと笑って立ち去っていった。


 今でこそ小柄程度にまで成長したヘーゼルだが、幼少期はガリガリに痩せていて、ろくに食事にありつけなかった。

 メイドに扮して毎日を過ごす方法を思いついたのは十歳の頃だ。それまでは腐った食事とも呼べない汚物が空腹を満たすためのものを口にしていた。


 その頃より今はずっと幸せで、過ごしやすい。だから今の暮らしに対して不満はなかった。


 王女らしい贅沢尽くしをし、みっちり王女教育を受けさせられ、好きでもない男の元に嫁がされるよりはよほどこの方が自分の性に合っているとヘーゼルは思う。

 質素ながらも腐ってはいない朝食を食べ終えたら次は王城に潜入して廊下の掃除を行う。大勢の騎士が見張っているが、やはりヘイズのことを怪しむ者はいなかった。


 使用人というのは大抵お喋り好きである。

 メイドに扮して働くヘーゼルの耳には、しょっちゅう噂が聞こえてきた。


「聞いた? 魔王女様の噂」

「気に入らないからって王太子殿下を呪ったんですって?」

「右目を失くされたらしいですよ」

「王太子殿下、お可哀想に」


 どうやら、兄である王太子が片目を失ってしまったらしい。

 もちろんヘーゼルがやったわけがないのだが、誰かの不幸は必ずヘーゼルのせいにされる。そんなことは慣れっこだったので、話しかけられたら適当に相槌を打っておいた。


 日が暮れるまでそんなことを続け、もう一度メイドの宿舎に寄って夕食をいただいた後、薄汚い自分の小屋に戻る。

 夜の時間はヘーゼルの一番の楽しみだ。昼間にこっそり城の中からくすねてきた薬草などを広げ、机の上に並べる。あとは朝のまま置いておいた腐ったスープを持ってきて、あらかじめ用意しておいた大きな鍋に注ぎ入れた。


 ヘーゼルの一番の趣味、それは魔法薬の調合だった。

 最初こそ兄に殴りつけられた傷を必死で治そうとしてのことだったけれど、今ではメイドに扮している時間より楽しい。

 朝に出される腐ったスープが魔法薬に向いていることに気づいたのは、三年ほど前。それからというもの、嫌で嫌で仕方なかった腐ったスープが好きになった。


 作る魔法薬は、傷を治すものであったり毒抜きや痛みに効くものなど様々。

 それをたまに懐に忍ばせては、何気ない顔で具合の悪そうなメイドに渡してみたりするくらいしか使い道がないものだ。でもヘーゼルはそれで良かった。


 魔法薬を調合している間に夜が更けていった。

 眠くなってきたのでヘーゼルは机を片付け、簡素過ぎるベッドに横たわる。


 そうしながら彼女は、今夜は兄は自分を殴りに来るだろうか、と考えた。近頃は婚約者の令嬢とうまくいっていないらしい。おそらくその喧嘩の中で片目を失ったのだろうと思う。

 不満を募らせた彼は、ヘーゼルにそれをぶつけに来るかも知れない。


 しかしヘーゼルはあまり気にしていなかった。

 馬鹿には勝手に馬鹿をやらせていればいいのだ、少し殴られたり痛い思いをしたり謂れのない悪意を浴びせられたくらいではへこたれたりはしない。


「あたしはそんなにやわじゃないもんね」


 ニヤリと笑いながら彼女は、いつの間にか眠りに落ちていた。

 どうやらこの日は兄は来なかったようだ。

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[一言] ヘーゼルかっこいいぜ( ˘ω˘ )
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