7話『汚れた部屋と重たい空気』
港町フェディロニー。
世界三大陸の内、このディアナ大陸の最南端にある港町であり、町として正式に定まったのはつい最近とのこと。
元々は集落のようなものであったが、次第に交易が盛んになり、集落としては規模が大きすぎるため町として認定されたのだとか。
白亜の家々が美しく海も綺麗でビーチもある。
この時期は海水浴も楽しめるらしく多くの人々が訪れていた。
もちろん観光スポットとして盛んであり、カップルのデートスポットとしても評判が良い……らしい。
ここでの告白の成功率は高いらしく、そういった点でも人気らしい。
また漁業が盛んで、魚介の料理店や名物お菓子などがある土産屋、綺麗な宿屋などが点在しており、一次産業、二次産業、三次産業全てが潤っている。
ここまでくれば、確かに集落と言うよりしっかりと町として存在感があるように思える。
海の傍ではあるが住み心地は良いもので、潮風や娯楽の少なささえ気にならないのであれば景色も良く快適だという。
言わば『ボクの考えた最強の田舎』の一角である。
ここに娯楽ができれば益々発展するだろう。
――さて、それはそれとして私たちのことについてだ。
結局、マイラは少しの観光と言って町を隅々まで歩きつくした。
ご飯を食べるのは勿論、土産屋や今日泊まるのに良さげな宿屋などを探して歩き回っていた。
宿屋は部屋からの見晴らしがよさげな場所が見つかりそこを予約。
お土産は帰る時に買うということで待望の海鮮料理を食し満足していた。
私としては「良かったね」の気持ち以外ない。
それから、マイラと歩き回り、何だかんだで一方的ではあったが話はできたと思う。
私は基本的に身震いするだけだったけど。
「風が気持ちいいわね……」
そして私たちは今、浜辺近くの堤防の上にあるベンチに座っている。
「景色も良いし、今度はパパとユウと3人で来てみたいな……」
この町の名物菓子、『海辺のラフィン』という塩気のある棒状の甘いお菓子を食べながらぽつりと呟くマイラ。
今日マイラと過ごした時間の中で判明したのだが、『パパ』というのはマイラの夫のことらしい。
ユウというあの元気に家を出て行った少年がユウアだとして、この3人は家族の関係であることが分かった。
つまりユウアはマイラの子どもなのだ。
また、その『パパ』は冒険者らしく、世界各地を転々としながら活躍するベテランの冒険者なのだという。
ユウアはその『パパ』に憧れて、幼い時から冒険者を志していた。
そして、冒険者としての資格が認められる12歳になった次の日、つまり昨日に、友人3人と共に北西の王国を目指して旅に出たらしい。
その行動力はまさにマイラ譲りなのだろう。
マイラが物寂し気にしていたのは、夫である『パパ』が忙しいためあまり家に帰ってくることがないということ。
そしてユウアも行ってしまったものだから、1人になるのが寂しかったのだろう。
やけに私に話しかけてくるのは、もしかしたらその寂しさを紛らわせるためなのかもしれない。
……いずれ話ができればいいなと切に思う。
「よし、そろそろ行こっか。もう時間的には夕方になっちゃうし、あまり遅くに尋ねるのは迷惑になっちゃうからね」
海辺のラフィンを食べ終えたマイラが、包みを近くのゴミ箱へと捨てる。
そして私を再び抱き上げてベンチから立ち上がった。
「確か、入り口から入って灯台を目印に――」
指をさしながら場所を確認するマイラ。
私は商人のマイラに対する反応が気になってしまい、話を聞くことに集中できなかったが、マイラが覚えているのであれば大丈夫だろう。
「……入り口から始めた方が分かりやすいかも」
諦めた様子で虚無の表情を浮かべるマイラ。
――結局、私たちは町の入り口まで戻り、そこから少し迷いつつも住人に話を聞くことで、ケルコニーの家だと思われる場所までやってきた。
他の家と同じように白亜であり、玄関の扉にはラベンダーが積まれた籠がぶら下げられている。
空は既に橙色になっており、こんな中途半端な時間に訪ねていいのかとも思うが――。
マイラはそういうことはあまり気にしなさそうだ。
「ごめんください。ケルコニーさんはいらっしゃいますか?」
玄関横に呼び鈴があったため、それに触れるマイラ。
チリンチリンと鈴の良い音がなる。
「(あ、ちょっと……くださ……)」
家の中からこもった声がした。
低音ではあるものの声質から女性のものかと思われる。
しばらくして玄関の扉が少し開き、中には髪の長い女性が見えた。
目が虚ろで隈が大きく、今にも倒れてしまいそうな女性なのだが、この人物がケルコニーなのだろうか。
それとも何、幽霊?
物凄く鋭い目で私を見てくる。
「もしかして、マイラさんですか?」
「え? そうですけど、どうして……?」
「セラから話は聞いてます。『マイラさんっていう32歳のおばさんが明日とかに来ると思うから、待っといて!』って」
「おば――セラちゃん余計なことばっかり……。あとで叱っておかないと」
「まあ……32歳には見えませんよ。私が見る限りだと20代前半くらいに見えますけどね」
「え~もうそんなお世辞はいいですよぉ、うふふ」
まんざらでもなさそう。
「別にお世辞でもないんですけどね……。さて、中へどうぞ。汚いですけど、歩ける場所は確保したつもりなので」
ケルコニーは扉のチェーンを外し部屋の灯りをつける。
明るくなってから漸く判明したのだが、かなり物が散らかっている。
ゴミ……ではないと本人は言いそう。
殆ど踏み場はないくらいひどい。
一応、端の方に積み上げるように置かれている為、ほんの少しだけ歩く場所は確保されているようだ。
そしてマイラの顔が険しい。
たぶん臭いのだろう。
あと絶対汚いと思ってる。
「お、お邪魔しますね」
「どうぞー」
扉を片手で抑えつつ、何も置かれていない唯一の一本道を糸を通すかのように踏んで中へ入る。
私でもよく分かるこのどんよりとした空気。
気持ち悪いとかではなく重い。
「(何かすごいね……色々)」
小声で囁くマイラに私は身震いで返事した。
「あ、ここに座ってください」
部屋の奥へと進み、出されたのはあからさまに脚の部分に修復の跡が見られる木製の椅子。
それから、部屋には多くの道具があり、魔機もあるが穴が開いてしまっている。
壁には魔物のグッズが沢山飾られており、人間の女性が描かれた絵が飾られていたり、本棚には変なタイトルの本が沢山並べられている。
『異種の営み』、『僕たちには関係ないッ!』、『ブラボー、マイヘヴン』……。
……どういう本?
「すいません。汚くて」
ケルコニーが高価そうな椅子に座る。
先程までは暗くてあまり見えなかったが、彼女の頭には角が生えているようだ。
ということは――魔族?
肌の色は薄く紫色になっており人間とはまるで違う。
赤い髪をお団子のように後頭部で纏めており、セラと同じように白衣を羽織っている。
「い、いえいえ。大丈夫ですよ」
「さてと……。セラちゃんからは、何か変な生物についての話があるとかないとかって聞いたんですけど、その生物って何です? もしや今抱えている丸い奴ですか?」
四角く薄い板のような物を操作しつつこちらを向く。
彼女の虚ろな赤い目が私の円らな瞳をとらえる。
……虚ろな目からはとても生気が感じられない。
「そうです。この子なんですけど、セラちゃんに訊いても分からないと言われて」
「なるほど……。私もそんな生物は見たことないですね。まあ、とりあえず検査してみましょう。結果は明日になるかもしれないけど、一先ず体液は欲しいです」
ケルコニーは白衣のポケットから注射器を取り出した。
まさか刺すわけじゃ……。
「はーい、じっとしててね~」
そう思うのも束の間、私の身体にプスリと針が刺さる。
痛みは全くないがかなり擽ったい。
思わず体がぷるぷると震える。
「痛いの? 大丈夫?」
マイラが私の身体を優しく撫でる。
注射器に私の身体から何かが吸われている感覚がする。
身体がスゥっとしてきて鳥肌が立ちそうになる。
いや待て、私に鳥肌って概念あるのか……?
「よし。このくらいあれば十分だと思います。あとは、ちょっと写絵を撮らせてもらいますね」
ケルコニーは私をひょいと持ち上げて机の上に乗せた。
それから、艶やかな透明のガラスのようなものがついた四角い箱を取り出し、それを私の顔の前に置いた。
そしてすぐに、その四角い箱からパシャリという音が聞こえ、紙のようなものが箱の下部から出てきた。
「はい、これでよしと……。そういえば、この子とはいつどこで出会ったんですか?」
「ええと、昨日、ポーションが入っていたはずの壺の中に」
「ポーション?」
「その、息子がいまして。息子が冒険者になるというので、必需品である治癒のポーションを買ったんです」
「息子……冒険者……?」
ケルコニーは首元を右手で抑えつつ視線を横に逸らした。
「んー、じゃあ、そのポーションはどこで誰から購入しました?」
「チコフィのポーション専門の町商人さんです」
「……ああ、あの人。彼は評判は良いですし、そんな変なもの売るような人じゃないと思うんですけどね……」
組み合わせた脚を元に戻し、今度は左脚を右脚の太腿に乗せる。
タイツを履いていてもよく分かる綺麗で細い脚だ。
グレーのスカートがより一層、大人びた感じを際立たせているように思える。
「確か彼、ポーションはとある決まった調合師からしか買い付けていないらしいので、そのとある決まった調合師から話が訊ければ色々分かりそうですね」
「はあ」
「まあ、とりあえず今採った体液を調べて、私が分かる事だけでも伝えれたらと思います。明日までには終わると思うので……そうですね、明日の昼頃にまた来てください」
「分かりました。ありがとうございます」
マイラがお礼を言って立ち上がる。
その様子に、ケルコニーが何か言いたげに見つめていた。
「あの、少しいいですか?」
床に散らばった物に触れないよう慎重に歩いているマイラに、ケルコニーが一声。
先程の様子から察するに何か気になることがあったらしい。
「失礼ですが、今おいくつでしたっけ?」
とてもシンプルな質問に、マイラがきょとんとする。
「今は32です」
「32歳……。息子さんはおいくつです?」
「12歳ですね」
「冒険者の規格は12歳からだから……ふむふむ。12歳ということは、20歳の時に?」
「そうですね」
しばし沈黙が流れる。
「あの、それがどうかしましたか……?」
「いやぁ、それにしては肌綺麗だしお若いなぁと思って……」
「だからお世辞はいいですって、もう」
照れくさそうにするマイラ。
まんざらでもなさそう。
「いやお世辞じゃ――。うーん、まあいいです。それでは明日また来てください。昼頃ですからね」
「分かりましたっ」
そうして、私たちは細い道を何とか通り抜け、ケルコニーの家から出た。
玄関の扉が閉まりマイラがひと息つく。
「すごいにおいだったね……」
臭いに関しては分からないがあの空気感は伝わってきた。
外とはまるで大違いだ。
あの空間にいると生きた心地がしなかった。
ずっと牢屋にでも閉じ込められているかのような空気。
湿っぽくて何かがへばり付いてくるような室温。
何もかもが、重い。
「すん、すん……」
ワンピースやジャケットの臭いを嗅ぐマイラ。
眉を顰め、目を細くして険しい表情をする。
「ちゃんと洗わないとなぁ……」
ちょっとした臭いならともかく、強い刺激臭はいとも簡単に衣服や身体に移ってしまう。
ケルコニーは普段、買い物などに行く時どうしているのだろう……。
「よし。じゃあ宿屋に行こっか」
修正しながらやっているので、少しズレている部分があるかもしれません。
次話もよろしくお願いいたします!