4話『暇』
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン――。
地面の凸凹で馬車が揺れる。
今いる場所は草原。
空気が澄んでおり風も心地が良い。
マイラは私を抱えたまますやすやと眠っているが、これまで眠り過ぎた私はどうも眠れそうにない。
離れる方法はないし、このままじっとしておこう……。
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン――。
……護衛の冒険者は馬車の後ろを歩いている。
商人は前を見て、護衛は主に後方を見て、何かしら近づいてくる集団や人間、魔物がいないかを見ている。
護衛は男性の冒険者で、今までいくつもの難しい依頼や討伐依頼をこなしてきた腕っぷしの良い護衛らしい。
その実力は見事なものだとか。
まだ見てないけど。
魔法や剣術を使いこなし、あらゆる局面で冷静な判断をできる腕っぷしの良い護衛だとか。
まだ見てないけど。
ベテラン冒険者というものが如何ほどなものかは気になるが、ベテラン冒険者は自分で自分をベテランと評するだろうか。
村を出てからすぐにマイラがその護衛と話していたが、胸を大きく叩いて「任せておけ!」と高らかに言っていた。
そういう奴ほどいざ戦闘となると頼りにならない事が希にある。
「もうすぐ森に入りますよ。申し訳ございやせんが少しペースが遅いので、森で一晩過ごすことになるやもしれません。適切な場所を見つけたらそこで止まりますねぇ」
商人が申し訳なさそうに言っている。
まあ人間一人分の荷物が増えたのだから、ペースが落ちるのも仕方がないだろう。
むしろよく許諾してくれたものだ。
「ぐう、ぐう」
マイラは相変わらず眠りこけている為、商人の話など聞いていない。
それからしばらくして森に入ったのか、窓から差し込む光に木々の影が映り込む。
木々の騒めきが聞こえる。
陽気に加え、窓から入り込んでくる涼し気な空気が丁度いい。
出発してから凡そ2、3時間は経っていると思うが、魔物や盗賊といった類には未だ遭遇していない。
運が良いのか、それともこれからやってくるのか……。
セラが盗賊による被害の事を話していたということは、あの村からフェディロニーに行く道で被害があったと言う事なのだろう。
冒険者を襲うよりも、商人を襲った方が遥かに効率は良いはず。
それに、護衛は1人しかいないのだから襲うにはうってつけだろう。
もしかしたら今現在この馬車をつけられているかもしれないし、夜になってから襲ってくるかもしれない。
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン、カチッ――。
時折、石を弾き飛ばす音が聞こえる。
マイラは楽がしたいから馬車を乗ると言っていた気がするが、こういう音を楽しむのも悪くはない。
それにしても、なんかこう――。
…………暇。
何か起こらない?
こう……急に森が大爆発したりとか、大神殿が地下から出てきたりとか。
平和が一番は勿論だけど、平和過ぎてもつまらない。
私はじっとしていないといけないし……。
せめて眠ることができれば暇な時間は消費できるのに……。
眠くなりもしない。
…………ひ、暇すぎる。
何で考える頭はあるのに話ができないのか。
口さえあればどうにかなるのに……。
いや、口なんて無くとも手があれば字を書ける。
頭の中に字は思い浮かぶから字は書けるはずだ。
きっと。
そうすればマイラとも意思疎通ができる。
文通みたいにはなってしまうが、何もコミュニケーションがとれないよりかは幾分かマシだ。
なんかこう……手、手は出ないのか!
頭の中で思い浮かべる手がどうも不定形すぎて、ペンすら持つことができなさそうだ。
指は何本だ? 人間の指は……うーん。
そう、マイラの指は何本ある?
手が2つあって、1、2、3、4……10本の指がある。
ということは、均等に2で割って――片方の手に5本ずつか?
それから、手の形は……大きく平たい平面があって、指が一本太くて、その指の曲がる箇所が2つ……?
他の4本は3つも曲がる箇所があるというのに……なんでここだけ2つなんだ?
あと、なんでこの他より太い指だけ平たい部分の下の方についているのだろう……。
手だけでもこんなに複雑なんて……。
それに、まだそれは表の話で、裏の方は――細い骨が少しが浮き出ているように見える。
あとアーチ状にもう少し太い物が浮き出ているようだ。
それから指と指の間には薄い皮があり、指の先の方にはツルツルした一枚の鱗が埋まっている。
その鱗は指の先端からはみ出しているようにも見える。
これは……そう、ツメだ。
何のために生えているかは知らないが、様々な魔物にも生えているもの。
私には手も足もないらしいからもちろん生えてはいない。
とりあえず手のイメージはだいぶ固まってきた。
あとはこれを身体で再現できればいいのだが……。
そもそも私の体はそこまで応用がきく代物なのかどうかが分からない。
手のイメージは固まった事だし、少し自分の身体を操る練習でもしておかなければ。
もしかしたら自分の体から手を生やすことも出来なくもないかもしれない。
なんなら足だって生やすことが出来るかもしれないし、人間のような容姿に作り変えることもできるかもしれない。
何故だかは分からないが、自分にはその可能性を感じる。
「くすぐったいよ……」
唐突にマイラの声がして一気に身体が固まった。
何とか手を生やせないものかと一生懸命に力を入れるつもりで身を震わせていたのだが、マイラが起きてしまったようだ。
「ぐう、ぐう」
そう思ったのも束の間、再び首をゆりかごのようにゆらゆらさせながら再び眠りにつくマイラ。
ただの寝言だったみたいだ。
ただ先程よりもギュッと抱きしめられてしまい、これ以上は動けそうにない。
今はただ、手のイメージを思い浮かべておくしかないだろうか。
それに、私がこんなことをしている間に時間は経っていたようで、黄色い光がいつの間にかオレンジ色の光へと変わっていた。
もう夕方だ。
これから夜がやってくる。
そろそろマイラも起きていい頃だと思うが一向に起きない。
「夜は道に迷ってしまうかもしれないので、そろそろ休憩しますからねぇ。確かこの先に泉があるので、そこで一晩過ごしやすよ」
前方から商人の声がした。
そして後方からは護衛の男の「了解だ!」という声。
お前それしか言わないな。
「それにしても運がいいですねぇ。盗賊にも魔物にも巡り合わないなんて」
マイラは未だに眠っている為、一切反応はしない。
「まあ、返事がなくてもいいんですけどねぇ……」
商人も私と大体同じ気持ちらしい。
私はマイラに抱えられているからか寂しさは感じないが、暇なのはよく分かる。
次話もよろしくお願いいたします!