最終話『私だけの育成論』
森を歩いていた時、既に辺りは暗くなっていた。ガノックは終始、私たちに聖域の景色やそこで起こったことなどを訊いてきた。せっかくだから、少し嘘を誇張してとんでもない話をした。超でかい竜がいたとか、すっごい大きい羽が生えた生物がいたとか幽霊がいたとか。あと、草木は食べれるしめっちゃ甘いとかも言った気がする。ガノックは純粋だった。なぜか全部信じた。なんでだよ。
人は『何か』を、その『何か』を見て語る人の言葉が真実であるかのように捉える。ガノックはその典型的な例だろう。いつかとんでもない目に合いそうだ。ただ、クラウスは私の話を聞いて笑っていた。冗談半分で聞いていたのだろう。
ジゴは知らない。何のリアクションもなかったから。
森を出て馭者とカルナが待つ馬車へ向かう。馬車の周りの地形はところどころ地面が剥げていた。カルナの魔法の影響だろうか。設置系の魔法が得意だとか言っていたから、魔物が罠にかかったのだろう。魔物の死体も残っていないという事は、相当強い魔法を仕掛けたらしい。地雷系の魔法か?
「あ、おかえりなさい!」
私たちに気づいたカルナが手を振りながら馬車の荷台から飛び降りる。
「魔法、すべて解除しますね」
そう言って、杖を高く掲げてゆっくりと回す。
――パリッ! ――パリッ!
ガラスが砕けるような音が周辺で鳴り響く。軽く見ただけでも馬車の周りに二十……。設置しすぎでは? 気づかなかったら危うく死んでいたのでは?
「これで大丈夫です!」
カルナが杖を降ろして手を振る。クラウスはため息をつき、「やれやれ」と小声で言った。そして、クラウスたちは私たちより先に馬車の方へ歩いて行った。
「カルナさんは心配性なんだね。たぶん」
肩に乗った私を見て苦笑するマイラ。
心配性というか、よく言えば用心深いというか。偶々近づいてきた人とか死んじゃうんじゃないのか。まあ、この周辺は人が寄り付かなそうだからいいけれど……。
「さて、街に帰りましょうかぁ」
馭者が馬車の中から顔を出してそう言った。
▽
馬車に乗って小一時間、私たちは街に戻った。
街に入ってからすぐ、クラウスやユウアたちと別れて私たちは宿に入った。宿はいつも通り木造の宿。なんと夕食と朝食つきで銀貨1枚。安い。
夕食を食べ終え、私たちは部屋に戻った。食事はいらないと言っても、私はマイラに半ば無理やり夕食を食べさせられた。もうそんな歳でもないのに、口にスプーンを入れられた。どうやら味覚は残っているようで少し幸せに感じた。
マイラは部屋に戻ってすぐにシャワーを浴びていた。今日はよく動いたから汗をかいたのだろう。私は碌に動いていないから汗はかいていない。そもそも私は汗をかくのかすら分からない。これも聖物の特徴なのだろうか。これからのためにも覚えておく必要がある。
マイラが風呂から上がって髪を乾かしている最中、私は考えていた。
これからのこと、私の体のこと、譲り受けた聖物のこと。メアから頼まれたのはいいが、どういうアプローチで確定する育成論を組むかを。私はこれまで調合師としての生を歩んできたつもりだ。そんな私が、生物を育てることができるのだろうか。その生物に、人間らしさを与えることができるのだろうか。
「ふぅ」
髪を乾かし終えたマイラがふと息を吐く。
続けて、私に話かけてきた。
「ねえ、リース」
「なんだ?」
「リースは今、メアさんのことをどう思ってるの?」
「……そうだな」
机上の瓶の中にいる聖物が『メア』という言葉に反応してうねうね動く。
「今は尊敬していない。でも、最初は本当に尊敬していた。反発しあっていたエルフと魔族、そして人間という種族が和平条約を結ぶきっかけとなった国――共和国メルサを建国し、種族の考え方そのものに大きな影響を与えた人物だからだ」
「……そう」
「でも、マイラを危険な目に合わせたことを当然かのようにふるまっていた。私は失望したよ。もしあそこで過ちを認めたら多少は許せたかもしれない。けれどそうはならなかった。だから許せないし許すつもりはない」
「……リースはメアさんのことが嫌い?」
「正直、かなり嫌いに近い。だけど、私があの人を否定したら私自身を否定することに繋がる気がして、完全に否定ができなかった」
「最後のお願いを聞いたのは、そのせい?」
「ああ」
「……リース」
「なに?」
「私はね。あの人の気持ち、少しわかる気がするの」
マイラは瞬間乾燥機をバッグに詰めながら静かに呟いた。
「自分のかなえられなかった夢を、何をしてでも自分の子に託したいこと。そして、1年に一度でも会いたいこと……わかる気がする」
「……マイラは怒りとか湧かないのか?」
私は首を傾げた。
「正直、怒りたかった」
目を細めてうつむくマイラ。
「でも、なんだか気持ちが分かっちゃって……。怒れなかった」
「気持ちって……何を……?」
「なんていうかな」
天井の照明を見て足をプラプラと前後に動かすマイラ。
「親心――……かな」
「親心?」
「うん」
マイラは私の顔を見て優しく微笑んだ。
私が親心を……? 親でもない私に何が分かるというのだろうか。
「自分の子って、どんな子でも可愛いものなんだよ」
「……分からないな」
「いつか分かる日がくるよ」
「そうか?」
「うん」
まるでそれを確信しているかのように、自信ありげにマイラが頷く。
「そういえば、リースはこれからどうするの?」
「私は……家に帰ろうかな」
「家って、あの家?」
「ああ」
マイラは口に手をあてて何かを考える。
「1人で生きられるの?」
「うっ」
食費がかからないのはいいが、生活費はある程度稼ぐ必要がある。でも、この体の小ささではあの釜を扱えない。掃除も調合も碌にできない。これまでずっと、ぼんやり『聖域から帰ってきたらまたいつもの日常を過ごそう』と考えていたのに、そうすることができない体になってしまった。いつも通りの日常が過ごせない日常の姿になっていた。
「もしよかったらなんだけど……私のところに来ない?」
マイラが少し首を横に傾けて、私にそう聞いた。
「え――」
「メアさんに言ってたじゃない? 『その条件が飲めるなら、私たちはこれからも来る』って」
「……」
「変な感じだけど、私も含んでるのかなって思っちゃった」
「それは……そうだけど」
「それなら、一緒にいた方がいいんじゃないかなって思って」
「……そうかもな」
「よし、決まりっ! リースはこれから私の家族の一員ね」
嬉しそうににっこりとするマイラ。
一種の流れで決まってしまったが、私の生活能力を考えるとこれが妥当なのかもしれない。本来なら私は城に帰った方がいいくらいなのだが、今のこの姿を見せたって追い払われてしまうのがオチだろう。こんな小さくなった私をお母さまが見たらどう思うか……怖くて考えられないな。
「逆に、マイラはこれからどうするんだ?」
「私? 私は――そうだなぁ……。いつも通りパパの帰りを待って、ユウの成長を見続けて……そうやって生きれたらいいかな。寿命も長くなっちゃったみたいだし、たまに外に出ていい景色でも見て、そうやってのんびり暮らせたらそれでいいかな」
「……そうか」
「じゃあ次。リースはこれから何をして生きていくの?」
「……私は――」
マイラが私を手のひらに乗せてそう聞いた。
私がこれからすることはもう決まっている。
「……完成させようと思う。私だけのスライム育成論を」
―おわり―
ここまで読んでくださりありがとうございました!




