38話『条件』
「話はこれで終わりでしょうか?」
「……そうだな」
「そうですか……」
私はエルフを睨んだ。
「……マイラさんにはご迷惑をおかけしましたね。今は言葉でしか言えませんが、いつか形として何かを返したいと思います」
「……いいんです。私の実力不足でもありますから」
「あ、それかっこいいですね。私も今度使います」
私はさらに強く強くエルフを睨んだ。
「……それはともかく、マイラさんには1つ話しておかなければならないことがあります」
「なんですか?」
「あなたの体はおそらく元に戻りません。そして、その姿はあなたの実年齢に相対した精霊の姿です。この意味が分かりますか?」
「……?」
マイラが首を傾げる。
「つまり、寿命が長いということです」
私にはよく分かる。
現在のエルフの寿命はおよそ千年。昔に比べると寿命は短くなったらしい。医療技術は発展したはずなのに寿命が縮まるのは変な話でもある。エルフは長生きだ。だから、周りから人がいなくなっていく。
同じエルフでもない限り人は消えていく。
精霊も同じなのだろう、きっと……。
「……あなたの大切な人はあなたより先に死ぬ。それに、想いが強ければ強いほど悲しみは大きくなる。その苦しみにあなたは耐えられますか?」
目をしばらくの間瞑るマイラ。
「……でも、私は皆を応援し続けることができるんですよね。元気なまま」
「……ポジティブですね」
「それなら、私は最期まで見届けるまでです」
「……強いですね、あなたは」
「どうでしょう」
マイラはエルフに対して微笑んで見せた。
ただ、じんわりとであるがその目は少し潤っている。強いんじゃない。強がりなだけだ。ユウアがいるから情けない姿を見せたくない。……マイラらしい。
「さて、マイラさん。この瓶を持って行ってください」
自分の座っている切り株の陰から1つの透明な瓶を取り出すエルフ。
中には何か水色の液体のようなものが入っている。
「それは……?」
「小さいスライムです。リースに必要になるでしょう。しかし、リースは小さいのであなたが持って行ってあげてください」
「あ、はい……」
エルフが瓶を空中で手放すと、瓶がマイラの手元に導かれるようにゆっくりと宙を飛んできた。マイラはその瓶を受け取り、バッグの中に無理やり入れる。揺れが激しかったのか、瓶の中の聖物は少し驚いているようだった。
「話は終わりでしょうか。私からも――いや、リース」
「なんだ?」
「これからは1年に一度、定期的にここへ来てください。あなたへの守護者の敵性反応を切って、あなたが簡単に来れるようにしておきます」
「何故だ」
「…………スライムの成長をこの目で見ておきたいのです」
「条件次第だな」
「そうですか」
エルフが切り株から立ち上がり、私たちに背を向ける。手を後ろで組んでまた空を見つめ始めた。
「メア。私はあなたを許していない。これからも許す気はない」
「……ええ」
「誤っても絶対に許さないし、死んでも許すことはない」
「……ええ」
「けれど、あなたとの関係を断つ気もない」
「……そうですか」
「今後、外の世界に干渉するな」
「…………」
「その条件を飲めるなら、私たちはこれからも来る」
「……約束します」
「ああ」
それから、私たちはエルフに聖域の出口へ連れられて聖域から脱出した。
◇
外の世界に戻ると、先ほどまでいた遺跡に着いた。台座の前ではなく、噴水と思われる構造物の近く。そこに、私たちは立っていた。
まるで先ほどまでの光景が夢だったかのような感覚。この彩度の低い森に比べたら、あの森は本当に神秘的な場所だった。初めて見たら、危険生物を保護する区域だなんて言葉は出てこないだろう。もしかしたら、メアも初めて来たときはそう思ったのではないだろうか。
「おーい」
大きな遺跡から3人の冒険者が出てきた。
手を大きく振っているあの赤髪の青年――クラウスだ。
「光が台座から飛んできたと思ったらそっちに行くから驚いたよ」
そんな感じで外に出たのか。
「用は済んだのか? というかその聖域とやらはどうだったんだ? 綺麗だったか?」
緑髪のチクチク男、ガノックが近づいてくる。
「……ガノック。帰りながらでもその話はできるから焦らなくてもいいんじゃないか?」
「あーそれもそうか。じゃあ帰るか」
「僕がこれまで木に括り付けていたロープを辿れば帰れるはずだから、暗くなる前にこの森から出よう。僕たちが先導する」
そう言って、クラウスは1人歩いて行った。それに続き、私たちも歩き始めた。
次話もよろしくお願いいたします!




