35話『外の世界』
「リース。話そう?」
マイラが私をポケットから出して肩の上に乗せる。
「あなたに会いに来た」
「……私に?」
「ああ。それから、聖域と管理者について調べに来た」
「……なるほど」
静かな森に大滝のごうごうとした音が響く。
「あと……マイラを危険な目に合わせた理由を聞きに来た」
「…………ああ。アレですか」
「なっ――」
素っ気ない返事に私は体を前に乗り出した。当然のように落ちてしまいそうになったため、マイラが慌てて私を押さえた。
始めは何も考えていなかったが、思えばあの時から違和感が多かった。
「とりあえず、始めの理由から処理しましょうか。私に会いに来たということですが……何故です?」
「…………私はあなたに憧れていた。魔族やエルフ、人間や魔物などがともに暮らす共和国メルサを建国し、世界を旅して忽然と姿を消したあなたに……。だが、今は違う」
「…………」
「あの時、あなたは『やはり、来れたようですね』と私に言ってきたな。まるでそうなる未来が見えていたかのように……何故だ?」
「…………ああ。storyNumber2_19の話ですか?」
「……何を言っている」
「いえ、こちらの話なので。……それにしても、私も憧れられるような人だったのですね。うれしい限りです。まあ、過去形でしたが」
「……早く理由を答えろ」
マイラやユウアは話についてこれないかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
「……きっかけが必要だったから――。あの時にお話しましたが、いち早くあなたに自分の体を上手く扱えるようになってほしかったのです」
「……何故だ?」
「……あなたが外の世界で適応できる聖物の先駆者となることで、この世界に――いえ、この世界の聖物を、外の世界で適応できるようにしてほしかったからです」
「聖物を外の世界で適応させる……?」
エルフが立ち止まる。
「ええ。あなた以外のお2人にはお話していませんでしたが、聖物とは生き物の感情を吸収する生き物です。そして、感情を吸収しすぎると暴走します。……マイラさん」
「は、はい」
急に名前を呼ばれたマイラ。
「あなたがゴブリンたちに襲われたとき、リースは暴走しました。ゴブリンたちの汚れた感情や自分自身の憎悪、怒りを吸収して……。そして、怒りに身を任せてゴブリンたちを無残に殺したのです」
マイラが静かにうつむく。
「聖物は危険な生き物です。だからこそ、この地で管理しているのです。何があっても暴走が起こらないように。しかし、およそ千年前――悪意をもった人間がこの地を侵攻しました。その際に聖物が外の世界に解き放たれ、外の世界で聖物が暴走したのです」
精霊見聞録に載っていたことと同じだ。やはり、あの文献は本当の――
「誰かのためでもなく、ただ自分の思うように暴走していました。私はそれを見て、とても悲しくなりました。聖物がなんの思惑もなく、ただ生き物を傷つけるために暴走していたその様子が……だから、助けてあげたかったのです」
「助けてあげたかった……?」
「ここ数百年で聖物の生態は変わりました。昔は近くにある感情しか吸収しなかったのに、今は『外の世界で日々溢れている感情を少しずつ吸収する』ようになりました。だから、最近はこの地でも聖物の暴走が見られるようになりました。暴走する聖物が苦しそうに暴れているのを見て、それを見ながら……分かっていながら聖物を殺すのです。それがとても辛かった……だから私は考えました」
エルフが私たちの方に振り向く。
「聖物が外の世界で適応できれば、暴走をある程度防ぐことができるのではないか――と」
「……でも、何故それをリースにお願いするんですか? 別にメアさんがやったって――」
「私にはできないのです。私には外の世界に直接干渉する権限が付与されていませんから」
「……じゃあ、ガノックたちにゴブリン討伐の依頼をできたのは何故だ?」
「あれは一種の抜け穴です。大々的にはできません。ましてや、生き物の生態系を大きく変える可能性のあるような大事ですから、それなら外の世界を自由に干渉できる者に任せた方がいいでしょう。何より、リースは現在聖物で、聖物の気持ちを多少はわかるはずですから」
「まあ、それは確かにそうだが……」
「あなたにはより聖物のことを知ってもらう必要があったのです。だから、きっかけを作りました。それを伝えるために……。マイラさんには申し訳ないと思っています。しかし、これはこの地の問題でもあるのです」
「……そうですか」
エルフが再び歩き始める。
「理由としては、これでいいでしょうか」
「……納得できない。だからって、マイラを危険な目に合わせる必要はなかったはずだ」
「……例えばあなたは、『自分が分からない事を他人に教えること』ができますか?」
「…………私は」
「私にもそれができないのです。だからこそ、エルフと聖物のことを知るあなたが適任だと思いました。そして、暴走とは何かを知ることが大事だと……そう判断したのです。そのためには膨大な量の汚れた感情が必要になりました」
「他の方法はなかったのか?」
「……それが簡単に思いつくのであれば、今頃私は聖物を救えていますよ」
「でも――」
「これ以上は何も出ません。……あなたの方が絶対的に正しいのですから」
「…………」
「さて、次の質問に参りましょう」
次話もよろしくお願いします!




