34話『Sanctuary』
光に入ると、そこは見覚えのある空間だった。
私がゴブリンを殺した時に入った森。
そうか。ここが聖域だったのか……。
「綺麗……」
目の前の景色にマイラが口をぽかんと開けている。
白い木々や草木に、透明度の高い泉。そして、奥には巨大な崖から水が大量に流れ落ち、滝になっている様子が伺える。透明な球体が至る所に浮いており、それはあたりの景色を反射していて鏡のようだ。
「ここが聖域――って、マイラさん。手……」
ユウアが頬をポリポリと掻く。
「え、あ、ごめんなさい! なんか手が勝手に……」
すぐに手を離して顔を隠すマイラ。
ここでも親子でのろけるのはやめてほしいな。私の気分にもなってほしいなあ……。
「それにしてもこんな綺麗な場所……。あの子たちがここを守る理由は、もしかしてこの景色を守るためなのかも」
マイラが近くにあった切り株にちょこんと座る。よく見ると、マイラの横にはもう1つ切り株が並んでおかれている。まるで、私たちが来るのを見越していたかのように……。
「ユウアくんも座った方がいいんじゃない? ちょうどほら」
マイラが隣の切り株をポンポンとたたく。
「ここ、空いてるよ。ユウアくん」
ユウアは軽く頷き、その切り株に座った。
「…………」
少しだけ沈黙が訪れる。
時折吹く風は春風のように温かく私たちを包み込む。心地いい。いれることなら、ここにずっといたいと思えるほど心地いい。
「リースのひいおばあさん――メアさんは何処にいるんだろうね」
「……何処にいるんだろうな」
私はもう気づいている。
メアさまとは一度、ここで出会っていた。
あの時のあのエルフ……あの人がメアさまだ。ただ、メアさまは私がひ孫であることは気づいていなかった。私の姿が聖物だったからなのか、それとも単純に知らなかっただけなのか……。
「……どこかで見ているんだろう」
私はポケットから出てマイラの太ももの上に立った。
「分かっているんだ。何となく、気配を感じれるから」
私は後方にある林に向けてそう言った。
「……あら、バレていたんですね」
林から今にも消えてしまいそうな綺麗な声がした。
「区域へようこそ。ここに人が来るのは千年ぶりくらいです」
林の奥から姿を現したのは、あの時のエルフだった。
「……え、誰ですか?」
マイラが後ろに振り向く。
「……初めまして。確か……マイラさんでよろしいのでしょうか」
「そ、そうですけど……」
「私は……そうですね。大精霊――いえ、管理者とでも言っておきましょう」
「管理者……? ということは、リースの――」
「…………リース? ああ、その聖物のことですね」
どうやら、本当に私がひ孫であることを知らないらしい。
「それにしても、メアなんて懐かしい名前……久々に聞きました」
「やっぱり……! リースのひいおばあさんですよね……?」
「…………私がひいおばあさん?」
そのエルフは一瞬何かを考えるかのように顎に手を当てた。
「ああ、そういうことですか。その聖物――いえ、リース。あなたは私の子孫なのですね。ということは、メルサの――――あっ、それよりもミムは……あの子は元気にしていますか?」
「……おばあさまは、私が国から出ていくときには既に他界していた。重い病でな」
「……そうですか。でも、血は途絶えずにメルサは続いているのですね。……よかった」
エルフが胸をなでおろす。
「さて、積もる話もあるでしょう。……どうでしょう。せっかくなので、歩きながらお話しませんか?」
エルフが私たちの前に出る。
「……ああ、わかった」
▽
この森には泉や滝などの自然で形成されているものしかない。少し歩いてみても、見えるものは木や草木、湖であったり遠くにそびえる山であったり……。ただ、何も変わらない光景であるにも関わらず、不思議と飽きてはこない。
「それにしても驚きました。まさか親子で来るなんて」
「……えっ」
ユウアが立ち止まり、マイラの顔をじっと見つめる。
「もしかして、母さんなの……?」
「…………うん」
「じゃあ、そのリースさんって……」
「この子は、ユウが冒険に出るときに壷から出てきたあのぷにぷになの」
「そう……だったんだ……」
「ごめんね。本当は隠すつもりはなかったんだけど、色々と複雑で……」
容姿が前のそれとはまったく異なっているのだから、それも当然だろう。
「……ううん、いいんだ。何となく、そうじゃないかって思ってたから」
「うん……」
少し気まずい空気の中、再びマイラとユウアは歩き始めた。
「それにマイラさん。あなたには『精霊の血』が通っています」
「…………え?」
「私が見る限りでは、あなたは人間でもエルフでもない。精霊そのものです」
「……ど、どういうこと? リース?」
「い、いや、私に訊かれても……」
「きっとあの子の子孫なのでしょう。おそらくは人間の子と交配して、子孫を残した結果、人間の血の方が強くなったと……」
「あの子……ですか?」
「…………ええ。およそ千年前の話ですから忘れてください。けれど、あの子もあの子なりに家庭を持って子どもを育んだのですね……よかった……」
そのエルフは小さくため息をついた。
「私が人間からこんな姿になったのとも関係があるんでしょうか……」
「ええ。おそらく、聖物であるリースに触れることにより、精霊の血が活性化したのでしょう。その結果、体が変容してしまった……といったところでしょうか」
「……なんというか、運命なんですかね」
「…………さあ、どうでしょう」
体や顔を触るマイラを見てから、遠くの空を見つめるエルフ。
「さてと、そろそろ本題に入りましょう。あなたたちがここに来た理由を――話していただけますか?」
次話もよろしくお願いいたします!




