33話『せいれいさま』
「端に追いつめられるとマズい! とりあえず広がるぞ!」
ガノックが少し離れた場所に陣取る。
クラウスやジゴも同じ考えらしく、同じように横に広がった。
「弓兵もいるみたいだが……」
弓兵かと思われる守護者はいるものの、うまく扱えないのか弓を落としたり拾ったりを繰り返している。剣や槍などの武器や盾を持っている守護者もいるため、おそらく本来は手が機能していれば弓を扱えたのだろう。しかし、見える限りすべての弓兵は片方の手だけが完全に壊れている。
まるで、意図的に壊されたかのようだ……。
「おらぁっ!」
盾を構えながら迫りくる守護者を押し飛ばすガノック。防御魔法も使えないためか、心なしか戦いづらそうに見える。
「はぁぁっ!」
クラウスが大剣で武器を構える守護者を斬りつける。斬りつけられた守護者はその攻撃によって崩れた。だが、時が巻き戻るかのように同じ形に戻り、再びクラウスに襲い掛かっていた。
「こりゃあキリがねぇな……。再生が不可能になるくらい粉々にしねぇと――おっと」
槍を振り回す守護者の攻撃をかわすガノック。
「こいつら、武器の使い方もわからないのか……?」
本来、槍は突くために使うものである。しかし、この遺跡にいる守護者は槍を振り回したり剣で突いたりと、あたかも武器の使用方法を知らないかのような動きをしていた。……守護者によって扱える武器が違うのだろうか。問題はそれを守護者自身が認識できていないから、こういう風に武器を上手く扱えない奴らがいるということだ。おそらく、事前に教え込まれた戦闘方法しか知らないのだろう。
「……セイ…………サマ……」
「それに、さっきからブツブツと何かを話してるみたいだ。おそらく……『セイレイサマ』と言っている」
クラウスが襲い掛かってくる守護者に斬りつけながらそう言った。
「セイレイサマ…………精霊……?」
守護者は精霊を知っているのか……? 聖域にいると言われる精霊を知っているということは、聖域に通じる道を知っている可能性がある。本当にすべて破壊してもいいのだろうか……?
「それにしても、なんだか弱々しいですね……」
再生する守護者を見つめるマイラがそう言った。
「時が経ちすぎて碌に動けないのかもしれないな。少なくとも動きにキレはない。もしこれがこの遺跡を守るために作られたのだとしたら、かなり心もとないな」
「……そうですね」
――ガタッ!
その瞬間、後ろの方から壁の崩れるような音が聞こえた。
「……サマ…………」
私たちの背後から掠れた機械音が鳴る。
「危ない――!」
私が後ろを見たときには、すでに守護者が武器を構えて空中を舞っていた。……というより、武器を構えながら二階の通路から落ちてきていた。それも、マイラめがけて跳んできているように見える。
「……!」
マイラが気づいたときには、既に守護者は寸前までやってきていた。
「――間に合わん……!」
ガノックが数体の守護者を押さえながらマイラの方に振り向く。
もう間に合わないと思った瞬間、
「とりゃあ――っ!」
マイラの隣にいるユウアがすぐさまマイラの前に出て剣を横に振った。
――キィン!
ユウアの剣はその守護者の胴体を貫通し、体を真っ二つに切り裂いた。空中で砕け散った守護者から剣が落ち、その刃がユウアの腕を軽く擦る。
「いたっ……!」
ユウアが剣を落として腕を押さえる。
「ユウ――!?」
腕を押さえるユウアの肩を支えるマイラ。
「私のためにそんな無理しないで……!」
ユウアの左腕からは少し血が出ている程度であったが、マイラはバッグから細い布を取り出し、怪我をした部分に布を巻き付けて止血していた。
「で、でも……マイラさんは俺が守るって決めたので……」
「私は私で何があってもいいけど、ユウになにかあったらって思うと――」
「マ、マイラさん……?」
マイラの異様な心配っぷりに戸惑うユウア。
「あっ……いや……」
マイラが咄嗟にユウアから手を離す。
「ええと、無理はダメだからね……。ユウ――じゃなくてユウアくんはまだ子どもなんだし、私よりも未来があるんだから」
「…………マイラさん……? ユウって……」
そろそろ、ユウアも気づくのではないだろうか。ここにいるマイラが実の母であると……。
ニックネームで呼んだり異常に心配したり、明らかに初日の反応ではない。
「――いいところ悪いが、まだ襲ってくるみたいだ!」
クラウスが大剣を再び構え、ガノックやジゴが守護者を突き飛ばす。
「……ちょっと、待ってください」
すると、マイラが静かに声を上げた。
「その、話させてもらえませんか……?」
「…………話す!? 何を言っているんだい!?」
驚きを隠せない様子でクラウスがマイラの顔を見る。
「その、なんというか……勘なんですけど……。今私に向かってきた子、私を狙っていたようには思えなくて……」
「それはどういうことだ?」
「……分からないからこそ勘なんです。ガノックさん」
「だけど、こいつらと話すなんてどうやって……?」
クラウスが守護者を斬りつける。
「とりあえず、試させてもらえませんか……?」
「でも、事実君は襲われたわけで――」
「……お願いします」
真剣な眼差しを向けるマイラに、クラウスが目をつむる。
「わかった」
クラウスが武器を構えながら後退する。
「マ、マイラさん……大丈夫なんですか……?」
ユウアが心配そうに眉を顰める。
「……たぶん、大丈夫だと思う。なんとなくそう思うの」
マイラがクラウスやガノックたちの前に出る。
「皆さん、聞いてください」
しんとした空間にマイラの声が響き渡る。すると、それに反応するかのように守護者たちの動きが止まり、全員がマイラの方を見始めた。
「私たちはあなた方と争う気なんてありません。それに、ここを荒らす気もありません。だから――武器を置いてくれませんか……?」
守護者たちの顔が少し下を向く。それから、マイラの提案に答えるかのように守護者たちが武器をその場に落とし始めた。
「な、何が起きてるんだ……?」
唖然として力が抜けたかのように肩が垂れ下がるガノック。
「話が通じている……?」
大剣を構えるのをやめるクラウス。
まるで、守護者たちが命令を聞いているみたいだ。
「セイ……レ…………マ」
1体の守護者が床に崩れ落ちる。
「あっ」
それに気づいたマイラが、その守護者に近寄る。
「だ、大丈夫……じゃないよね……」
「…………レイ……サマ」
「……今まで、ここを必死に守ってきたんだね……もう、大丈夫だから……私たちは何もしないから……もう、眠っていいよ」
赤く光る眼のついた岩を抱きかかえるマイラ。
崩れた遺跡の隙間から、一筋の光がマイラの周りを照らす。薄暗いこの室内でマイラのことを照らす光はとても神々しく、まるでマイラが天使のようにも見えた。
「セイ……レイサマ…………」
心なしか、守護者の声が震えている。
いや……もしかして――
「泣いている……?」
「……なんだって?」
「いや、もしかしたらあの守護者、泣いているんじゃないかって思って……」
「そんなことあるか……?」
クラウスがあたりを見回す。
「……リース、君の言っていることは正しいかもしれない。他の守護者とやらも、うつむいて、まるで泣いているかのようだ……」
「……水が枯れて涙が出てこないんだ、きっと。長い間ここに放置されていたから……」
だとしても、泣くなんてまるで人のような行動……もしかして、守護者たちには感情があるのか……?
「ゴーレムたちが次々と崩れていく……」
武器を背負うクラウス。
「な、何とかなりました」
マイラが抱えている守護者の頭部を優しく降ろし、照れくさそうにこちらに歩いてきた。
「マイラ……君は一体――」
クラウスが口を開けたその時、災壇の円盤が眩く輝き始めた。
「な、なんだ!?」
腕で目を隠して光を遮るガノック。
「…………もしかしてこれって、聖域に通じる道なんじゃ……?」
ガノックがそう言った。
私は試しにその円盤の光に手を伸ばした。すると、手はその光に飲み込まれるようにスーッと円盤を通り抜けて入っていった。
「入れるみたいだ」
その光から手を離す。
「……マイラ、リース。そして、ユウア。君たち3人で行くんだ」
クラウスが腕を組みながら目をつむる。
「……俺もですか?」
「ああ。今回の旅において、君は『マイラを守る義務』がある。そして、僕たちは『この旅を守る義務』がある。そして、今回の目的は聖域に行くこと。聖域に行くのはリースとマイラだ。もちろん、マイラがいくのであれば、君が付いていくのも当然の道理だろう。僕たちは、この旅が失敗に終わらないよう、ここでしっかりと見張っておく。だから、3人で行くんだ」
「……わかりました」
少し変な気はするが、これも師匠としてのクラウスなりの判断なのだろう。
「……じゃあ、行こっか」
マイラは、台座にいる私を再びポケットに入れ、ユウアの手を引いて円盤の光へと入っていった。
ついに聖域へ。
次話もよろしくお願いします!




