32話『遺跡の守護者』
始めに見つけた遺跡を開始点として周囲を探し回る。ここに来る前まではその遺跡にしか目がいかなかったが、改めて周囲を観察すると案外似たようなものが見つかった。それに加えて、この遺跡の周囲はそれまでの道に比べて草木が一回り小さく、まるでこの場所だけ一時的にくり抜かれていたかのような不自然さを感じた。
「遺跡は見つかるけど、聖域に繋がるものとかそれっぽいのは見つかんねぇな」
自分の後頭部を掻くガノック。
私も注意深く観察しているが、それっぽいものは見つからない。私に何かしら力が備わっていれば、もしかしたら聖域に繋がる道を探せるのかもしれないがそういうわけでもない。『聖域に繋がる道を開くことはできる』がその方法は明確に書かれてはいなかった。
……本当に大丈夫だろうか? 今更だが不安に思えてきた。
「あれ、あの構造物――他のものと比べて一回り大きいですね」
ユウアがマイラの肩をポンポンとたたく。
「えっ、あっ……そ、そうだね」
あからさまに動揺している。……なんか若いな。
「皆さん! あの建造物とか怪しくないですか? 一部欠けてはいますが、中にも入れそうです」
「ん? あれかい? ……そうだね。行ってみる価値はありそうだ」
クラウスがガノックやジゴを呼び寄せる。
「アレか。確かに他のモンよりは可能性があるかもな」
そうして、私たちはその建造物に向かっていった。
その建造物の近くには、いくつか柱のようなものが建てられており、何かを祀っていたかのような台座もひっそりと造られていた。ただ、その台座の上にある石造は殆ど跡形もなく壊れている。何を祀っていたのだろうか。
「なんか変な場所だな……。とにかく入るか」
ガノックが先にその建造物に入って中を確認する。
扉などはなく、大きな魔物が口をあんぐりと開けているかのようにどっしりと構えたそれはとても不気味に思えた。
少し経ってからガノックが「入って大丈夫」と合図を出したため、私たちはその建造物に入った。
中は大きな空間になっていた。奥には災壇のようなものがあり、そこに向かって赤い布でできた道がある。また、あちこちに岩の塊のようなものが散乱している上、少しばかり塵が舞っている。鼻をつままないと咳が出てしまいそうだ。
「あの災壇みたいなの気になるね」
マイラの言う通り私も気になっている。
よく見ると、コケの生えた大きな円状の岩があり、それが扉のようにも見える。もしかしたらあれが聖域に通じる道……になるのかもしれない。何かを供える台もあるため、何かしらを捧げれば聖域にいけるのかもしれない。あくまで可能性の話ではあるが……。
「あの災壇、詳しく見てみよっか」
他の3人が瓦礫や柱、壁に刻まれた文字や絵などを見ている間、マイラとユウア、そして私は災壇に近づいた。
「何かを乗せるような台があるね……。ここで儀式とかしてたのかな」
「壁に書いてある文字や絵が参考になったりしませんかね」
「その可能性はあるかもしれない。これがいつの時代の遺跡かは不明だが、古人は大抵の場合壁に記録を残している。……ただ、それはその記録を私たちが読める文字や絵で書いていればの話だ」
「そうよね……」
「マイラ、ちょっと私を台に降ろしてくれないか。岩の円盤に書かれている絵を近くで見たい」
「うん、わかった」
マイラが私を台の上に降ろす。
円盤に書かれている文字は読めない。だが、直感的に『必要なもの』が書いてあるようにみえる。それにこの絵……。耳の長い種族が祭壇に向かって跪いている。これはエルフか、それとも別の種族だろうか……?
台座の上には丸い物体が置かれているようだ。どこか見覚えがあるような気もする……。しかし、なぜこんなに小さく描かれているのだろう。
「何か分かった?」
「ああ。文字は読めないが、やはり何かを捧げているようだ。丸い物体が台座に置かれている」
「丸い物体? もしかして……聖物――とか?」
「…………試してみるか」
全身の力を抜いてその場に座る。
…………いや、どうすればあの体に戻れるんだ。あの変な空間にいたエルフは感情を操るだの決意を持つだのと言っていたが、あれはおそらく『この姿になるための方法』だろう。戻る方法までは示されていない。それとも、普通に戻れるのか?
…………普通に戻れるってなんだ……?
「そっちは何か見つかったかい?」
クラウスが私たちに駆け寄ってきた。それに続いて、ガノックとジゴの2人も腕を組みながら悩んでいるような面持ちでやってきた。
「一応、試してみようと思っていることはあるんですけど……リース次第かもしれません」
「リース?」
「あ、この子のことです」
私に指をさすマイラ。
「その子、リースって言うんだね。君が付けたのかい?」
「いえ。この子には名前があったみたいで……」
「そうなんだ。前から思っていたけれど不思議な子だね。丸い物体だったり人型だったり」
「まあ、そうですね」
そんな話をマイラとクラウスがしていると、ガノックが口を開いた。
「どうやら、ここにはどこかに繋がる扉があることは間違いないみたいだ。それに、ここを守る何か(・・)がいることも描かれている」
「ここを守る何か……?」
マイラが首を傾げる。
――ピン!
その時、何か音が鳴った。まるで金属と金属がぶつかり合った時のような音――。
その音が連続してこの空間中に響き渡る。
「なんだ? この音……?」
クラウスがあたりを見回す。
「地面が揺れてる……わっ」
マイラがよろけて転びそうになる。
「あっ」
咄嗟にマイラの方に腕を伸ばすユウア。
転びそうになったマイラをかろうじてユウアが支える。
「あ、ありがとう……」
「いえ! 守れと言われた以上、絶対にケガはさせられないので!」
マイラの顔を見つめるユウアに、顔を赤くするマイラ。
なんで吊り橋効果みたいなの発生しそうになってるんだ。あんたの息子だぞ。
「地面が揺れているんじゃない。この遺跡内の瓦礫が動いている」
クラウスが背負っている大剣を手に取る。
「……この遺跡には、何かを守るための何かがいるみたいだ」
そこら中にあった瓦礫の山が次々と一つの形になっていく。それは手足や頭を持っており、まるで人間のような姿だった。あれはおそらく、守護者だろう。
「みんな、武器を構えるんだ。さっき少し試したんだけど、この森は魔法を使えない。だから、素の力で勝負するしかない」
魔素が遮られているということは、魔素を基にした魔法が使えなくなると同義。それは何となく感じていた。……そう考えると、カルナはここに来なくて正解だったかもしれない。
「私、どうしよう……」
マイラが左手で頬を押さえる。
「大丈夫です! 俺が守ります!」
ユウアがそう言って、マイラの右手を握りしめた。
「う、うん。ありがとう」
マイラが顔を下に向ける。顔も耳も赤くなっている上に、どうやらにやけが止まらないらしい。
「でも、あいつらは何で動いてやがるんだ……? 魔法でもない限り、何もなく物が勝手に動くなんて……幽霊でもいるってのか?」
「……それは僕にも分からない。ただ、僕たちの知らない特別な力が働いていることは確実だろう」
「……チッ。こっちに向かってきやがる。やるしかねぇか」
「そうみたいだね」
ガノックやジゴも続けて戦闘態勢をとる。
「……レイ、サマ…………」
守護者たちが何かを言っている。頭となっている岩の一部分が赤い光を放っており、その様子はさながら深い傷を負った兵士がよろよろと歩いてきているかのようだった。
何が守護者たちを動かしているのだろう……。
「……!」
「くるぞ――!」
クラウスがそう叫んだ。
次話もよろしくお願いします!




