31話『遺跡へ』
マイラの体をよじ登り窓から顔を出すと、馬車が向かっている先には巨木の生い茂る森林があった。
「ラミア森林って写絵でしか見たことなかったけど、実際に見ると圧がすごいね……」
時折森から吹いてくる突風でマイラの髪が乱れる。まるで私たちが来るのを拒んでいるかのような雰囲気だ。森の中は薄暗くて見えず、何があるかもわからない。『森の正式な入口』と謳っているが、入口近くの看板の『入口』という文字は掠れている。それに、支柱にはツタが絡まっていて、どうもここ数年は誰も訪れていないかのような雰囲気だ。
そのまま森の入口を眺めていると、ある程度近づいたところで馬車が止まった。
「さてと」
馬車を降りて荷台にやってきた馭者が、荷台に積まれた飼料を1つ1つ手に取る。
「一応確認ですが、帰りはいつで?」
マイラが馭者の方に振り向く。
「うーん……。どのくらい時間かかるか分からないので何とも……」
「まあ、帰ってくるまで待ってます。その分、追加料金はいただきますけどねぇ」
「はい……」
「それから、待っている間、私1人では魔物を対処できないので、1人だけ冒険者さんお借りしてもいいですか?」
「……私は大丈夫です。ユウは――じゃなくて、ユウアくんは大丈夫?」
「はい! 俺は大丈夫です!」
ユウアは元気よくそう答えた。
「リースも……いいよね?」
私は強く頷いた。
無論大丈夫……というより、私は守られる立場ではない。守る立場なんだ。
「じゃあ一番腕っぷしが良さそうな――カルナさん、いいですか?」
「えっ、なんで僕が!? 絶対ガノックさんやクラウスさんやジゴさんの方が適任じゃないですか!?」
「いやぁ、君は設置系の魔法が得意と聞いているから……」
「えぇ……。マイラさんに色々と魔法について訊きたかったのに……ブツブツ…………」
そうしてカルナは不服そうにしながらも馭者の護衛に付くことになった。
馬車を降り、伸び伸びと育った雑草を踏むマイラ。私は森からの突風で体が吹き飛んでしまいそうになったため、マイラに言ってジャケットのポケットに入れてもらった。
…………私、風に飛ばされそうになるくらいなのにマイラのことを守れるのか……?
「それでは行きましょう。ラミア森林の遺跡へ」
私たちは深呼吸をして森へと足を踏み入れた。
昼間だというのにラミア森林内部はまるで明朝のような薄暗さだった。私たちを拒んでいたかのような突風は吹くことはなく、むしろ受け入れるかのように心地よい風が吹き始めた。
こんな巨木がある中で空も見えないのに風だけ普通に吹くなんて……。少しばかり異質なような気もする。
「わ、本当に魔式地図が機能しない……。なんでだろう……?」
マイラが地図を見ながら口をぽかんと開ける。
「俺の知る限りだと、転送装置も機能しなくなるらしい。というより、魔式道具一式が使えなくなる」
少し目をこちらに向けつつ、前を歩くガノック。
魔式道具が使えなくなるという事は、魔式道具ではない道具は普通に使えるという事だろうか。
「魔式道具以外の道具は使えるということですか?」
「まあ、そりゃあそうだろう。魔式道具は体内や空気中の魔素を使って作動させるもので、それ以外の道具は魔素を使わない。だから、正確には魔素を使わない道具はいつも通り使用可能というわけだ」
「……確かに」
「つまり、この森は魔素そのものを拒んでいる」
「なんでだろう……」
「俺も分からん」
両手を頭の後ろで組んで「ガハハ」と笑うガノック。
もしかしたら、森に入る前からあったあの突風も私たちの体内に存在する魔素を拒んでいたからこそ吹いていたのかもしれない。それでは、何故中に入ったとたんに風が止んだのか……。それに、何故私たちを受け入れてくれるかのようなそよ風が吹いているのか……。まるで森全体が生きているみたいだ。
「あ、ちょっと待ってくれ」
後ろを歩くクラウスが私たちを呼び止める。
どうやら木に白い縄を括り付けているらしい。入る前に少し言っていたが、どうやら「迷わないための策」だとか。
魔素を使った道具が使えないのであれば、魔素を使わない手段で迷わないようにしなければいけない。だからこそ、物理的な方法で迷わないようにする必要がある。そう考えれば、一つの策としては適切なのだろう。
「帰りはこれを辿っていけば間違いないはずだ。縄の長さは十分にあるから、目的地が変に遠くなければ大丈夫……だと思うよ」
「……あれ、何か見えますよ!」
ユウアがおでこに手を当てて遠くの何かを見ている。確かに、色までは判明しないが小さな角張った構造物のようなものが薄っすらと見える。
「確かに見えるな。一先ずはあそこを目指して行くか」
クラウスが紐を結び付けたのを確認したガノック。
私たちは再び歩き始める。
「そういえば……マイラさんはどこから来たんですか?」
隣で歩いているユウアがマイラに声をかける。
突然話しかけられて少し動揺しているのか、マイラは目を泳がせていた。
「え、ええと……。メルサから……」
「メルサかぁ。俺、メイム村出身なんですけど、母さんも『マイラ』っていう名前なんです。同じ大陸に同じ名前の人がいるなんて……偶然もあるんですね!」
同じ名前も偶然も何も同一人物なんだけどな。
「そ、そうですね……いや、そうだね……?」
実の息子とどう話していいかわからずマイラは戸惑っている。
私もこんな姿で家族に会ったらなんて言われるか…………考えたくもないな。
「構造物がはっきりと見えてきたぞ」
ガノックがその構造物に顔を向ける。
その構造物は煉瓦でできており、まるで石造の家が朽ちてできたかのような中途半端な構造物だった。
「……もしかしてこれが、遺跡か?」
「たぶんね」
顎に手を当てるガノックを横目にクラウスが近くの木に縄を括り付ける。
「ここに家屋っぽいのがあるということは、もしかしたらこの辺りにその『聖域に通じる道』とやらがあるのかもしれないな……」
「よし。そうと決まればこの周辺を探し回ってみよう。あまり離れ過ぎずにね」
クラウスが腕を組みながらそう言った。
次話もよろしくお願いいたします!




