26話『溶けたエルフ』
「え、ええっ!?」
マイラが驚き声を上げる。
自分の姿が見えている訳ではないが、私に何かしらが起きていることを察する。
マイラはその私の変化に驚いているのだと思う。
「まさか……」
私は近くにある鏡を見た。白い長髪。そして長く尖がった耳。
高い鼻に、つるんとした色白の肌。紛れもなく私だ。
写真に写っている私――いや、体質変換薬を使う前の私そのもの。
両親の反対を押し切って国を出て、一人で調合師として生きていた私。
「リース……」
「……え?」
私の言葉にマイラが反応する。
「リース……『リース・ヘルエイル』だ!」
私は高らかに声をあげた。
そんな私を見て、マイラは目をパチクリとさせる。
「うん、さすがに名前は知ってるけど……なんというか……」
「やっと話せるようになった!」
私は大きく深呼吸した。
おそらく私の体内にあるであろう肺に空気が入り、胸が大きく膨らむ。
空気がこうも気持ちよく吸えるなんて久しぶりだ。
「そうだね」
静かにうなずくマイラ。
それから、私の腰のあたりを優しくつまみ、手のひらの上に乗せる。
「それにしても小さいね……人形みたい」
「……仕方ないだろう。原材料が少なければ変体後の姿も小さくなるのは必然だ」
「そういうものかなあ……」
「それよりもマイラ。会話ができる!!」
「うん……」
私はマイラの親指に抱き着き、頬を肌に擦りつけた。
「マイラ~」
「う、うん……? とりあえず、服着よっか?」
▽
その後、私たちは家にある布を寄せ集めて、薄紅の簡素なワンピースを作った。というより、マイラが布を縫って作ってくれた。
「いいね、似合ってる」
「そうか?」
机の上でくるりと回る。
スカートがふわりと浮かび上がり、冷たい風が脚に触れる。
「うんうん。こういうの、子どもの頃によくやってたなぁ」
人形遊び……人形に服を着せて自分の創作物語の登場人物として動かす遊びだ。
私も幼いころに人形遊びをしたことがある。
「……あ、私って今見た目的に子どもなのかな?」
マイラがぱーっと明るい顔をする。
「そうかも……?」
「……まあ、だからと言って失われた過去はもう戻らないけどね」
なんか急にシリアスになったな。
「さてと……改めて、リース……さま?」
「様なんてつけなくていい」
「……そうかな?」
「私はもう一国の王女という立場を捨てた身。ただの一般人だ」
「……そう」
マイラは少し残念そうに顔を下に向けた。
ただ、すぐに顔を上げて私の目をじっと見つめた。
「色々と聞きたいことはあるけど……とりあえず、あなたはこの家の持ち主である調合師……でいいのよね?」
「ああ」
「じゃあ、依頼の件はそれで良いとして……。なんであの液体みたいな姿に?」
「……そうだな……。話せば少し長くなる」
「うん。大丈夫」
私はマイラに背を向けて、壁に飾ってある古い写真に目をやった。
そこには、車いすに座った若いエルフが1人。後ろ姿で顔は見えないが、私が唯一知っている『ひいおばあさま』の姿だ。
「私にはひいおばあさまがいた。顔も知らない。声も知らない。どのような人格なのかも想像がつかない。そんな人だ」
「壁に掛かっている写真の人?」
「そう。共和国メルサの建国者だ」
「確か名前は……」
「――メア・ヘルエイル」
私は手を後ろに組み、机のささくれを避けながらゆっくりと歩き始めた。
「私はメアさまに会うために、これまで研究を続けてきたんだ」
「研究って?」
「……『聖域に入る方法』。それが私の研究だ」
「聖域? メアさんとはどう繋がるの?」
「……子どもの頃、私はメアさまが使っていた部屋で手記を見つけた。そこには、メアさまが聖域に入った記録と、聖域の管理者になる……といった内容が書いてあった」
「聖域って、あの商人さんが言っていた精霊見聞録の?」
「……私にも実態が分からないのだ。そもそも聖域とは何のためにあるのかも知らない。だからそれを調べたかった。メアさまはなぜ聖域の管理者になろうとしたのか。聖域は何のためにあるのか。そもそも、聖域は本当に存在するのか――ただ、それを知りたかった」
「聖域の存在理由とメアさんのことを知りたかったのね」
「簡単に言えばそういうことになる。そして、私はその手記から、聖域に繋がるとある情報を見つけた」
「とある情報?」
マイラが首を傾げる。
「――聖物と聖域の関係性だ」
「聖物……それも商人さんが言ってたね」
「聖域は、『聖域に通じる者のみ開くことが許される絶対神聖領域』であり、『聖物は聖域にのみ存在する生物である』こと。そこから導かれる答えは、『聖物は聖域に通じる者であり、聖物は聖域の道を開けることができる』ということ」
「なるほど……」
「そこで私は、『自分自身が聖物になることで、自らの手で聖域への道を開くことができるようになる』と考えて、『聖物になる薬の研究』を始めた」
「執念を感じるなぁ……。あ、でも手がかりって何かあったの? 聖物が聖域にいて、聖域が見つかっていないのであれば、そもそもこの世界には聖物はいないってことよね?」
「ああ。普通に考えればそうなるのが必然だ。だが、聖物のようなものがこの世界に存在したという史実と証拠があった」
「……え?」
「『魔導国ジェイム』を知っているか?」
「うん。確か、メアリム大陸の北方にある国だよね?」
「そう。そこで約1000年前にある事件が起こったんだ」
「ある事件?」
「謎の生物が城内で暴れたんだ。その事実は公にされていないが、少なくとも、その事実は精霊見聞録に記述されている。そして、その生物の一部分はジェイムの秘密機関に保管されていた。私はその生物の一部を買い取ったんだ」
マイラは頬杖をついて少し唸った。
「うーん。それって、本当なの? 精霊見聞録って、あくまで伝説じゃなかった?」
私はその場で立ち止まり、マイラに目を向けた。
「唯一の手がかりなのだから、事実であるかどうかはどうでもよかった。それを逃すわけにはいかなかったし。……まあ、結果論ではあるが、こうやって聖物のような姿になったのだから、間違いはないだろう」
「……たしかにね」
「話を戻すが、それからその生物の一部分を利用した『体質変換薬』の製作を始めたんだ。私自身が聖物になるために」
「体質変換薬……? もしかして、ポーションだったりする……?」
「厳密には違うが、美容系のポーションを基にした薬であることは間違いない」
「そっかぁ……」
マイラは自分の肌と耳を触り、ため息をついた。
「なんでこんなに幼くなった上に、耳まで長くなっちゃったのかなぁ……」
「……それは私にもわからない。エルフの私が溶けたポーションにマイラが触れて、そのエルフの成分とか遺伝子とかがしみ込んだとか……?」
「そんなことあるの?」
「…………ともかく、私は数年かけて体質変化薬を制作し、それを飲んだ。その後の記憶はない」
「たぶん、その時にツボの中に入っちゃって、そのまま聖物になっちゃったのね」
「自信はないが、おそらく」
「それであのお店に出荷されたと」
「……不甲斐ない」
落ち込む私を励ますように、マイラは私の頭を指でなでる。
「こうやって自由に話せるようにもなれたし……気を取り直していこう?」
「……そうだな」
「さてと、なんか予想以上に色々聞けたことだし……次はどうしたい?」
私をつまみ、手のひらに乗せるマイラ。
次に何をするか……すでに決まっているのだが、とてもそうとは思えないような楽観的な笑顔をしていた。
私も次にやるべきことは決まっていると考えている。
ただ、それにマイラを巻き込んでもいいのかという疑問もあった。
聖域に入る具体的な方法が分からなければ、聖域があると言われている場所はかなり危険な場所だ。
そこにマイラを巻き込んでもいいのか……?
「あなたはこれまでの間、『聖域の意味を知ること』と『メアさんに会いに行くこと』を目的として研究を続けてきたの。そして、聖域に入るために必要な条件が『聖物になること』だとしたら、次は?」
私の顔をじっと見つめるマイラ。
「何を考えてるかわからないけど、あなたの希望を教えて」
その真剣な眼差しが私の口を開かせる。
「……聖域に入って…………ひいおばあさまに会いに行きたい」
マイラが私の言葉に「うん、うん」と言って何度も頷く。
「そうこなくっちゃね」
次話もよろしくお願いいたします!




