25話『守りたいという渇望』
「ごめんくださーい」
マイラが玄関の扉についた呼び鈴を鳴らす。
しかし反応は返ってこない。
「……いないみたいね」
あの男の子の店主の話は本当だったらしい。
「鍵は――」
マイラがドアノブに手をやり時計回りにひねる。
ガチャっという音とともに木の軋む音が鳴り、扉が少しだけ開いた。
「……わお」
扉の隙間から見えたのは見覚えのある巨大な釜だった。
それに何かしらの液体が入った小瓶が並んだ棚。
奥には長机やキッチン等が見えた。
「よいしょ、と」
少し引っかかりのある扉を開けて、マイラが中に入る。
「お邪魔しまーす……」
足音が鳴らないようにそっと入っているが、それ意味あるのか。
「……何かに荒らされたみたい……」
床には液体の入った小瓶やクッションなどの物が散乱しており、まるで何者かが暴れまわった後のようだった。
棚の上に並んでいる小瓶もいくつか倒れている。
それに1つだけ、液体の入っていない小瓶が落ちている。
「タンスとかが空いてる訳じゃないから、泥棒が入ったとかじゃなさそうかな……? どう思う?」
マイラが私を胸の前で抱える。
私はぷるぷると震えた。
「……どうしたの?」
……私は今、少し混乱している。
それをマイラはすぐに感じ取ったらしい。
「わっ」
私は自分で跳ねてマイラの腕から飛び降りた。
この家、やはり見たことがある。
夢の中ではない。
実際にこの目で確かに見た記憶のようなものがある。
これは一種のデジャヴ……?
ずっと前からこの家にいたような……そんな気がする。
「…………」
地面に降りた私のことを静かに見つめるマイラ。
「……何か思い出した?」
……何も思い出せない。
物凄く大切なことを忘れていることは確かだ。
だけど何も思い出せない。
私が壺に入っていた理由、私がこの世界にいる存在意義――。
私は誰なんだ……?
「あれ……あの写真……」
マイラが奥にある長机に乗せられた写真立てを手に取る。
「エルフの女の子の横に男の子…………。これ、メルサの王様と王妃様、それに王子様と王女様じゃない……? なんでこんなものがここに……?」
じっくりとその写真を眺めるマイラを横に、私は何かを思い出そうとしていた。
メルサ……聞き覚えがある。
ここから北西の森林奥にある共和国。
エルフ、魔族、そして人間。
これらの3大種族が初めて共同に生活したと言われる和平の国。
遠い昔は互いに啀み合っていたが、とあるエルフ、魔族、人間の3人が協力して造り上げたと言われる国。
私はその国の存在を知っている。
そしてその建国者のエルフのことも……。
「これ見て、何か思い出せる?」
マイラが私に写真を見せる。
煌びやかなドレスを身に纏ったエルフの女性の服をつまむエルフの女の子。
それに少し固い表情の人間の男性にその隣にいる男の子。
全員、見たことがある。
いや「見たことがある」どころの話ではない。
私のお母さんにお父さん、そしてお兄ちゃん。
全部、私の家族だ。
「…………」
マイラは反応せずに固まっている私を持ち上げて机の上に乗せる。
また、私の目の前に写真立てを置き埃の下部った椅子に座った。
「この人たちのこと、知ってるの?」
マイラ体を手前に傾け、頬杖をつきながら私の目を見つめる。
知っているも何も、私はこの写真に写るエルフの女の子。
それだけは覚えている。
だけれど、何故こんな姿になって、どうしてこんな事になっているかは思い出せない。
何か大事なものを見落としている。
それを、マイラに伝えないといけない。
「……え」
私は身体に力を入れて1本の細い棘を出した。
それを写真立てに向けて、エルフの女の子の顔に棘の先端を合わせた。
「……この人が、どうしたの? もしかして……この人があなたを作った人……とか?」
私は少し震えてから、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。
「……え」
マイラが目をパチパチさせる。
「もしかしてあなた――いや、でも……」
写真立てを手に取るマイラ。
「もしかして、王女様なの……?」
私は身体を大きく震わせた。
「…………確かに、王女様は自立したって聞いたことあるけど……。でも、あなたが本当に王女様だったとして、何でそんな体に……?」
マイラが首を傾げる。
――あの日、私はとある目的のためにあるポーションを調合した。
その目的とはメルサの建国者の1人である、ひいおばあさまに会うこと。
マキアと呼ばれる聖地に行き、その地の後継者として引き継ぐことを決めた、ひいおばあさま……。
その人に会うために、『聖物になる薬』もとい体質変換薬を作りあげた。
私の考案した美容ポーションに加えるように、聖物の砕片を入れることで、自分の体質――いや、体そのものを聖物に変えてしまう……。
そんなポーションを作ったのだ。
「……何も言えないのは分かってる。けど、どうしても信じられない」
マイラの言うことは分かる。
こんな時に、私にも話せる口があれば、手があれば……そういう風にも思う。
「…………」
ふと、あの不思議な空間で白いドレスを着たエルフの女性が言っていたことを思い出す。
――『……貴方は自分自身を理解する必要があるのです。そして自分の体を、感情のコップを上手く操る方法を知る必要があります』。
――『渇望を……そして決意を持ってください――』。
感情のコップ、渇望、そして決意。
自分を操る方法……。
彼女は『貴方なりの答えが見つかるその日が来るまで――』とも言っていた。
私が何を望み、それを叶える決意をして、それに力をどこまで出し切るか……。
そうだ。
私がこんな風に棘を出すことが出来るようになったのは『マイラと何とかコミュニケーションを取りたい』という強い願いを、自分の体が飛び散ろうが構わずに続けたから出来たこと。
私が『マイラと話すこと』を強く望みそして決心をすれば、もしかしたらマイラと話すことも……。
いや、そんなのではダメだ。
もっと強い願いを持たなければいけない。
あの時みたいに、感情のコップから感情を溢れさせて暴走させるくらいでないと話すことはできない。
……そうか。
暴走を操ること。
それが――答えだ。
聖物は他者の感情に加えて自分の感情をも吸収する。
それを感情のコップに入れるのであれば、私の感情だけでそのコップを満たし、そして漏らせばいい。
そうすれば私の意思で暴走を生み出すことができる。
それにはもちろん、大きな渇望を……他者に負けない強い願いを持たなければいけない。
私が一生掛かっても叶えたいと思う強い願い。
……暴走した時はどう思ったんだっけ。
マイラが襲われていて、『助けないと』と思って……。
だから――私は――。
マイラを一生かけて守る事を願おう。
この命をかけて。
もう二度と、あんなことが起こらないように。
もう二度と、あんなことは起こさせない。
私がいる限りマイラには寂しい思いをさせないし、絶対に危険な目には合わせない。
そう思った瞬間、体から何かが噴き出した。
次話もよろしくお願いいたします!




