21話『泥の中の泥にへばり付いた泥』
刹那、意識が遠のいていき視界が一気に暗くなる。
暗くなるというより、何かに視界を遮られているような感じ。
ドロドロした何かが顔にへばり付いている。
いや、顔どころではない。
全身だ。
頭、体、手足――全身にぬめりのある何かがへばりついている。
それになんだか、息が荒く呼吸が乱れているようだ。
今まで意識したことがなかったが、こんなに自分が呼吸をしていると感じたことはない。
いや……そもそも手も足も私にはない。
何故そういう風に感じたのかまるで分からない。
辺りは静かで何も聞こえない。
「マイ……ラ……」
ガサガサした声何処からかが聞こえた。
その声は私から発せられてるかの如く近くからした。
体の下部分が痒くなり、顔にへばり付いたドロドロした何かが震える。
次にドサッと音がしたと思えば、体の前部分が痒くなり始めた。
何かを撫でているかのような……そんな感覚。
「……すぅ」
誰かの呼吸音が聞こえる。
マイラ、マイラなのか?
どうやら無事だったみたいだ。
「うぅ……」
何かの呻き声がしたと思ったら、私の体が崩れ落ち始めた。
ドロドロした何かが視界から剥がれていく。
そしてゆっくりと体が地面に降りて行くのを感じた。
視界が開ける。
自分の体の周りを見る限り、私は黒い泥に包まれていたらしい。
黒い泥は周りの地面、木々などにも所々へばり付いている。
それは何かがここで暴れたかのような飛び散り方。
そして、私の前にはマイラがうつ伏せで倒れていた。
特に目立った外傷はなく呼吸もしている。
マイラは無事のようだ。
少し冷静になって再度辺りを見回すと、緑色の固体や細い何かがいくつも転がっていた。
それに、黒い泥に交じって赤い液体もかなりまき散らされている。
あの死体はゴブリンか……?
そこら中に様々な物体が転がっていて、判別がつかない。
頭もなければ、手も足も何も付いていない、黒い泥のついた緑色の固体。
傷口と思われる箇所からはドロっとした赤い液体が流れ出ている。
見える限り、その緑色の固体は3つ。
腕や脚と思われる細い何かも、いくつあるかは分からないがそこら中に転がっている。
ふと上に視線をやると、木の枝に何かが突き刺さっているのが見えた。
白いバンダナを巻いたゴブリンだ。
口の奥から枝が突き出ていて、首の切断部分が乱雑なゴブリンの頭。
強い衝撃で突き刺さり、体を頭から無理にもぎ取られたような感じ。
よく見ると、草に隠れて青いバンダナを巻いたゴブリンの頭も見えた。
赤いバンダナを巻いたゴブリンの頭は見えないが、恐らくどこかにある。
これは私がやったのか……?
確か、あの森の中でエルフの少女が言っていた。
『子どもの扱うおもちゃのように、けちょんけちょんに――』
そう、口にしていたはずだ。
しかし、手も足もない私がどうやってこの状況を作り出すというのか……。
分からない。
「おーい、マイラー?」
どこからともなくクラウスの声がした。
そして、暗い森の奥から何かが駆けて来た。
赤い髪のハチマキ男――クラウスだ。
「……っ! なんだこの酷い臭いは――マイラ!」
クラウスがマイラに気づいたのか脇目も振らずにマイラに近寄る。
それから口元に手をあてて何かを確認し始めた。
「……呼吸はしてるか。よかった」
安心したようにため息をつくクラウス。
次に私に目をやる。
「……あ、君は確かマイラの傍にいた子だったね。君も無事でよかった」
クラウスが微笑む。
「それにしても、この状況はなんだ……? まるで凶暴な生物が暴れまわった後じゃないか……」
クラウスが鼻を撮みつつ辺りを見回す。
「一先ず馬車に戻ろう。君もついてきて」
クラウスがマイラを抱きかかえた。
◆
馬車に戻ると、馭者以外の他の3人もそこにいた。
「無事だったか!」
マイラを抱きかかえるクラウスに対し、ガノックが声を掛ける。
クラウスは静かに頷きマイラを馬車の上に寝かせた。
「僕たちの探した方じゃ見つからなかったから心配したよ……」
カルナが胸に手を当てて安心するように息を吐く。
心なしかジゴも息を吐いて安心しているように見える。
「僕が警戒しないばかりに……マイラには謝っても謝り切れないな……」
「……だけどよ。お前相手に気づかれずに背後を取るってなかなかのモンじゃねぇか。よくマイラは無事だったな」
「ああ……。たぶん、ゴブリンだ」
「……ゴブリン!?」
眉を顰めるガノック。
「死体が転がっていたよ。恐らく3体分」
「そこまでの身のこなし……もしかしたら、盗賊ってそいつらじゃねぇか?」
「……それは分からない。けれど、変な黒い泥と血、ゴブリンがばらばらに千切れた死体があったのは事実だ」
「……なんだそれ。他に何かいなかったのか?」
クラウスが首を横に振る。
「そうか。それと、そのちっこいのがいたのか?」
私を指さすガノック。
「ああ。でも、この子はマイラの近くにいたよ。恐らく、マイラがいないのに気づいて馬車から跳び出したんだろう」
「……そうか。そう考えるのが自然か。それにしても本当、よくゴブリンたちが殺されてマイラは無事だったな」
「……それは僕も思った。けれど無事なことに越したことはない。きっとこの子が守っていてくれたんだろう。僕はそう考えるよ」
「……そうだな」
何か言いたげなガノックだったが、クラウスの話に頷いていた。
「今日はこのまま起きていよう。陽が昇るまであと少しだし、無事だったとはいえマイラのことは心配だ」
「そうだな」
「僕も賛成です」
ジゴも他の3人に同意するように頷いた。
それから私は、馬車の中でマイラの隣にいつつ、朝になるまで眠らずに過ごした。
これから毎日泥パックしようぜ?
次話もよろしくお願いします!




