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スライム育成論  作者: 桜木はる
神聖、穢れを知らず
20/39

20話『綯い交じる感情のパラドックス』

「貴方は、『()い交じる感情のパラドックス』を知っていますか?」


 ……何の話?


「何も反応がない……ということは、知らないということでしょうか?」


 私は肯定するように身震いした。


「……前提とした事柄に対して、期待していない答えが返ってきてしまうこと――。それをパラドックスと言います。言い換えると背理とも言います」


 これまでの話に何か関係してくるのか、それともまた別の話だろうか。


「綯い交じる感情は、『複数の感情が合わさっている状態』のこと。それが実際に1つになっていなくとも、それ自身を綯い交じる感情というのです」

「…………」

「……分かりませんよね。では1つ例え話をしましょう。『憎悪からは憎悪しか生まれない』、という言葉を知っていますか?」


 少し考えて、私は静かに震えた。

 『憎悪からは憎悪しか生まれない』というのは、憎んだ相手に仕返しをしたからと言って、その仕返しをされた相手も同時にその人を憎むという負の連鎖のことだろう。

 それがあってか、復讐をしようとする人を止める時に使われる常套文句だともいう。


「例えば、『姉を殺した犯人に復讐するために、姉を殺された者は姉を殺した犯人を殺した』とします。姉を殺された者はもちろん家族を殺された訳で、殺した者を恨み憎しみます。そして復讐者となり犯人を殺します」

「…………」

「しかし、その犯人にも家族がいます。もちろん、犯人を殺された家族は『殺した者』を恨み憎しむでしょう。そして、犯人の家族はその犯人を殺した復讐者に復讐を誓う――その負の連鎖が通常の論理です」


 このエルフの少女が言っていることは理解できる。

 ただ、それがこの少女の言う『綯い交じる感情のパラドックス』とどう繋がるのかは不明だ。


「……さて、ここで本題です。この物語からは憎悪の連鎖しか感じられませんが……本当に()()()()生まれていないのでしょうか」

「……?」

「まず初めに、姉を殺した犯人の動機が何にせよ、人を殺したという事実に対する恐怖の感情、もしくは悦楽等の感情が多く生まれるでしょう。もちろん、それは復讐をする者も同じです。犯人に対する怒り、姉を殺された悲しみ、犯人に復讐したという事実に対する喜び……そして人を殺したという恐怖――。そういった感情が生まれます」


 エルフの少女は胸に手を当てながらそう言った。


「憎悪からは憎悪しか生まれない……。そんな1対1の感情付与論理は(はな)から破綻しているのです。憎悪からは複数の感情が生まれますし、他にも何かの事象に対して『()()()()()()()()()』こともあるでしょう。これを『綯い交じる感情のパラドックス』と呼んでいます。私が…………いえ、先代が残した言葉です」


 ……確かに、そう言われてみればそうかもしれない。

 憎悪からは憎悪だけが生まれる訳ではない。

 細かく見れば他の感情も複数生まれている訳で、全ての感情が1つに纏められているわけではない。

 だからと言って、今までの話に何が関係あるというのか。


「……聖物(スライム)というのは、そういった隠れた複数の感情をも吸収するのです。自分自身や他人が気づいていなくともそれを吸収する……。それが、聖物(スライム)という生き物です」


 エルフの少女がゆっくりと歩き始める。

 私の手前に来たかと思うと、手を後ろで組んで静かに目を閉じた。


「もちろん、その聖物(スライム)にも感情のコップはあります。そのコップには感情をため込むことができますが、ため込み過ぎてコップから漏れ出てしまうと暴走してしまうのです。現実の貴方は今、その状態です」


 現実の私の状態……。

 今だに実感はない。

 ここに来る前に何か言葉を発せたような気もするが、それも事実かどうか分からない。

 私は今、どうなっているのか……。


「体が熱くて、痛くて、息苦しくて……暴走する前の予兆は物凄く辛いです。もちろん、何かを傷つけてしまうという行為自体も――。だからこそ、私は貴方の()()()()をここに隔離しました」


 私の心と感覚の隔離……。


「……貴方は自分自身を理解する必要があるのです。そして自分の体を、感情のコップを上手く操る方法を知る必要があります」


 「ふぅ」と息を吐くエルフの少女。

 それと同時に柔らかな風が吹き、金色に輝く草木が風で(なび)く。

 その風は、私にとっても心地の良いものだった。


「貴方には期待しているのです。いつかこの世界に…………いえ、ここで言うのは止めておきましょう。いずれお伝えします」


 エルフの少女が大きく深呼吸する。


「……さて、そろそろ良い頃合いですね」


 エルフの少女が胸の前で手を合わせて微笑む。


「私のことについても、いつかお話する時がくるでしょう。きっと、必然的に」


 エルフの少女は私を持ち上げて抱えると、体を優しく撫で始めた。


「渇望を……そして決意を持ってください。貴方なりの答えが見つかるその日を待っています。……さようなら、()()()――またいつか、会える日がくるその時まで……」



スライムの存在意義って何でしょう。

次話もよろしくお願いします!

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