18話『無意味な体当たり』
足跡をたどって馬車から少し離れたところにやってきた。
跳びはねるにも疲れがきて、今にも身体が溶けてしまいそうなくらいだが、マイラのことは放っておけない。
もう少し先だろうか。
わき目も振らず草を掻き分けながら前進する。
「スッキリ…………大変…………だなぁ」
異様なくらい静かな森。
その森に静かに響くように奥から聞き覚えのある声がした。
マイラ……?
無事なのか……?
「……え? なに……?」
一心不乱に前に進んだ私は、少し開けた場所に飛び出た。
「わぁ!?」
勢い余り、止まる事ができずに何かにぶつかってしまった。
ドサっという音と共に私は地面に転げ落ちた。
目の前で尻餅を突き、腰を擦っている人物――。
マイラだ。
よかった、何もなかったらしい。
「もう、どうしたの?」
頬をぷくっと膨らませるマイラ。
転げた私を持ち上げてジトーっとした目で睨みつける。
「ほんと、少し離れたらすぐ寂しくなっちゃうのね」
昨日も勘違いされたが、そうではない。
今回に関しては寂しいからではなく、心配で必死に追いかけてきた。
だけど、無事だったみたいで安心した。
「用はもう済んだし……馬車に戻ろっか。次からは置いて行かないからね」
私を抱きかかえてその場に立つ。
そして、馬車の方へ向かって歩を進めた。
「……?」
何かが気になったのかマイラが歩みを止める。
「……何かいる」
周囲の木々や草木が風で騒めく。
私は何も感じないが、マイラは気配を感じ取ったらしい。
「誰なの……? 出てきなさい!」
マイラがそう言うと、木々の裏から緑色の体の生物が数体現れた。
鼻が長く垂れていて猫背、それにお腹がぷっくりと出ている生物。
ゴブリンだ。
ボロボロの布を体に纏わせたゴブリンが、マイラを取り囲むようにして現れた。
「女の勘は鋭いなァ」
赤いバンダナを巻いたゴブリンがにやりと笑う。
「あの見張りの男はちょろかったっスね~」
私たちの後ろにいる青いバンダナを巻いたゴブリンがケラケラと笑う。
「命までは取りはしない。ただ、大人しく金目の物を出せば手荒な真似はしない」
次に、鋭い目つきの白いバンダナを巻いたゴブリンがそう言った。
3人分の足跡はこのゴブリンたちのものだったのか。
「え、いいんスか? 女の子どもだし、攫ってコイツの親に身代金とか要求しましょうよ」
「それは俺たちがすることじゃない。アオは黙っていろ」
「……はーい」
そのままではあるが、青バンダナのゴブリンはアオという名称で呼ばれているらしい。
「貴方たちは何者……? ……もしかして、盗賊?」
「巷ではそう言われているみたいだなァ……だが、俺たちも生きるためにはこうするしかねェんだよ」
「もしかして、クラウスさんたちが探している……?」
「え、俺たちもうお尋ねモンなんスか。いやぁ、てれるなぁ」
アオというゴブリンが照れくさそうに頭を掻く。
「お尋ね者ってそういうのじゃないだろうよ……」
ため息を吐く赤バンダナのゴブリン。
「アオ、アカ。漫才もいいが少し静かにしていろ」
白いバンダナのゴブリンが2匹のゴブリンに目を配る。
すると2匹とも大人しくなった。
力関係的には、アオというゴブリンが一番下。
アカというゴブリンが中間で、白バンダナのゴブリンが一番上か。
「お嬢さん。俺たちは争いを望んでいるわけじゃない」
「……何で私なんですか?」
「そうだな……。色々と話すのは面倒だが、商人の馬車に乗れるようなモンは大抵金持ちだ。ただ、強そうな奴が護衛にいたから一時的に手を引いていた」
「数日前から狙われてたんですね……」
「……そういうことだな」
腕を組み静かに目を閉じて頷く白バンダナのゴブリン。
「森の前で現れたあの大きな魔物って、もしかして――」
「ああ、アレは俺が仕向けたものだ。アレだけでも十分いけると思ったんだが計算が甘かったらしい。なら俺たちが出るしかないだろう。無防備になるこの夜に」
「商人さんと一緒の時の夜は襲わなかったんですね」
「あの護衛、一晩中目を光らせていたからな」
あの護衛の男、寝ずに見張っていたのか。
威勢だけかと思ったけど、そうでもなかったらしい。
「さて、話はおしまいだ。嬢ちゃん、早く金目の物をそこに置くんだ。そうすれば何もしない」
「…………」
マイラが黙り込む。
「何もあげません!」
高らかにそう宣言するマイラ。
いつにもなく真剣な表情をしている。
「……ほう。ならば……アカ、アオ!」
「「はい!」」
青バンダナと赤バンダナのゴブリンが瞬時にしてマイラの背後に回り込む。
「少々手荒になるが――」
「……!?」
背後に回り込んだ2匹のゴブリンがマイラの腕を片方ずつ掴む。
私はその影響で地べたに落ちてしまった。
「我慢してくれよ……!」
白バンダナのゴブリンが、マイラが魔法を唱える間もなく懐に入り込む。
そして、右手を握りしめてマイラのお腹を勢いよく殴った。
「うっ……!」
一瞬だけマイラの呻き声が聞こえたと思ったら、マイラは首を人形のようにだらーっとさせて動かなくなってしまった。
「よし、降ろせ」
ゴブリンたちの手によってマイラが地面に降ろされる。
それから仰向けになったマイラを横目に、バッグの中を青バンダナのゴブリンが漁り始めた。
「あ、これ、銭袋っスよ! それに小型のセンタクキも……。これは高く売れそうっスね!」
「ああ、そうだな――」
――あっ、マイラ…………?
色々と込み合い過ぎて混乱していた。
マイラが――倒れている。
そうだ、さっきの白バンダナのゴブリンがマイラを…………。
……た、たすけ、たすけないと……?
そうだ……私にもできることが…………何か…………。
「ん? なんだコレ」
何もする間もなく、ゴブリンに蹴り飛ばされてしまった。
木にぶつかって体液があたりに飛び散る。
「バッグも――」
今、私には何ができるのか……?
よく……よく考えるんだ。
…………。
ダメだ、何も思い浮かばない。
とりあえず、マイラを助けないと、マイラを守らないと――。
あいつらを倒して、マイラを助けて……。
――どうやって?
どうやって倒せばいい……?
どうやったらマイラを救うことができる……?
私は何をすればいいんだ……?
こうやって、マイラが危ないとかいう正義感で自分を突き動かして来たのに、いざって時に何もできない。
私ができること……棘を出して、跳ねて……そして……体を痛めて――?
体を痛める――?
い、いや、そんなことはどうでもいいんだ。
今はマイラを助けることに集中しないと。
そう、そうだ。
あいつらにぶつかって、何とか倒そう。
そう、それしかない。
体はものすごく痛いけれど、今私にできることはそれだけだ。
「服も売れ――」
私は起き上がって何も考えずにゴブリンたちに向かって飛び跳ねて行った。
「うわっ!」
青いバンダナを巻いたゴブリンに勢いよくぶつかる。
しかし、簡単に振り払われて弾き飛ばされてしまった。
「なんスか、これ!」
「どうした?」
「いやぁ、変な水色のブヨブヨがぶつかってきて」
「……放っておけ。俺たちの目的はあくまでコレだ」
「ん~、そうっスけど……ま、いっか」
ああ、無力。
呆れる。
マイラを助けたいのに、何もできない。
クラウスたちを呼ぶ暇はないし、このままだと全て盗られてしまう。
それに何でこんなに体が痛いんだ……?
これまで強い衝撃があっても体が痒い程度だったのに……。
変な気分だ。
まるで私が私でないよう。
体が痛くて、熱くて……早くしないといけない。
……?
何を早くする必要があるんだ?
そうだ、私は早くあいつらを――。
あいつらを……。
あいつらを――。
「ころさないと――」
次の瞬間、私の視界が閉ざされた。
◇
そう、〇さないと! ね!
次話もよろしくお願いします!