17話『急襲』
口をポカンと開けてマイラを見つめるガノック。
マイラは恥ずかしそうに下を向いている。
「いやいやそれはないだろ! だって嬢ちゃんまだ子どもだろ!?」
「これには色々と深い事情がありまして……」
半信半疑といったところだろうか。
「深い事情があるとしてもな……。法的にどうなんだ?」
「……さて、次はガノックさんの番ですよ」
「良い所なんだけどな」
確かに事情を知らない者にとってはおかしなことかもしれない。
大人と子どもの夫婦って、それどうなの? という意見が出てきてもおかしくはない。
元々は大人だったのだ。
いや今も年齢的には大人だ。
32歳だし。
「依頼の内容については分かったんですけど、その変な格好の人ってどんな人だったんです?」
「ん、ああ。そうだな……。言葉では言い表しづらいんだが……女だったような気もする」
「気もする?」
マイラが首を傾げ、ガノックが腕を組む。
「ああ……。黒いフードなのに白いドレスを着ていてな。格好だけを見れば、秘密で飛び出してきたどこかの姫様にしか見えなかった」
「え、本当に姫様なんじゃないですか?」
「……でもな」
自分の口の前に手をやって前にピーンと伸ばすガノック。
それに上目で変顔をしている。
「……何してるんですか」
「いやな、唇がこんな風に尖がってるお面をつけてたんだ」
「え」
マイラが苦笑する。
「それも俺たちの目の前に急にパっと出てきて依頼してきたんだよな」
「……確かに変な人ですね」
「だろ? ちらっと耳は見えたんだが、確か横に長かったから恐らくエルフだろう。それ以外の情報はない。……俺からは教えられることはこれで終わりだ」
「ふぅ」と口から息を漏らすマイラ。
「ということは、2対2――これで情報交換は終了ですね」
「あ!? 教えてくんねぇのかよ! ガイアさんとの関係ってヤツを!」
「交換ってこういうものですから」
「……くぅっ」
握りしめた拳を太腿に何度も叩きつけるガノック。
何故マイラとその夫、ガイアが夫婦関係にあるのかが知りたくて仕方ないらしい。
こういうのはどこかで見たことがある。
「この先は有料です」みたいなの。
「……あ、クラウスさんたち帰ってきましたね」
そうこうしているうちに、体を洗い終えた3人が暗闇の奥から姿を現した。
ガノックとは違い、他の3人は昼間と同じ衣服を着ている。
「川で魚を取ってきた。これでも食べるとしよう」
クラウスがピクピクと痙攣する魚を何匹か片手にやってきた。
ジゴも同じように魚を1匹、左手に持っている。
「冒険者の皆さんって魚取るの上手ですよね」
「君もすぐにできるようになるさ。冒険者には必要なスキルだからね」
「うーん、できてもなぁ……」
取ってきた魚の口に長い木の枝を突っ込み串刺しにするクラウス。
ジゴも同じように魚に木の枝を刺しこみ、焚火の横に木の枝を突き刺した。
「マイラさん……でしたか?」
ローブの青年がマイラの横に来て、ひと息置いてからマイラに声を掛けた。
「え、はい? 何でしょうか」
「あの……教えていただけませんか」
「え? 何をです?」
カルナが深呼吸をする。
「魔法を……教えてほしいです」
「…………え、私に?」
「はい、どうかお願いします」
深く頭を下げるカルナに、目を点にしてそれを凝視するマイラ。
「ちょ、ちょちょちょっと頭をあげてくださいっ!」
マイラは立ち上がり胸の前で手を横に振る。
「私、教えるとかできませんよ!? あとさん付けは変な感じがするのでやめてください!」
「お願いします……! マイラさんの魔法はボクの技術じゃ到底使えないようなものばかり……特に『天使の衣壁』なんて、最高位の防御魔法じゃないですか! それをあんな短い詠唱で……! お願いします、その秘訣を教えてください!」
「……ええ!? あれそんな難しい魔法なんですか!?」
「……? それすらも知らないなんて……。高みが過ぎる……」
「何か勘違いしてませんか!?」
「勘違いじゃありません――」
その後、カルナはマイラと夜が更けるまで言い合っていた。
▼
真夜中。
カルナとの言い合いで疲れたマイラは、馬車の中でぐっすりと眠っていた。
鼻提灯を膨らませながら、ぴーすかぴーすか悠長に眠っている。
クラウスたちや馭者はというと、外で見張りをしている――かと思いきや眠っているのだ。
とはいえ、見張りは交代制で行うらしく現在はクラウスが馬車周辺を見張っている。
クラウス曰く、『大人数で旅をするときの基本』らしい。
交代制で見張りをすることにより、見張り役以外の人が休憩することが出来る。
そして役回りを入れ替えつつそれを行うことで、全員が平等に休憩しつつ見張りもできる……と、そういうことらしい。
「ん……トイレ……」
昼からずっと胸騒ぎがして眠れずにいた私を背に、マイラが目を覚ます。
「ふあぁ……」
寝袋のファフナーを降ろして寝袋から出るマイラ。
口から出る欠伸、そして目尻から零れそうになる涙を手で拭き取り、馬車から出て行ってしまった。
「あれ、どうしたんだ?」
馬車のカーテン越しにクラウスの声がした。
「トイレ……です……」
「そうか。あまり遠くにはいかないようにしておくれよ」
「はい……」
土を踏む足音が少しずつ遠ざかっていく。
こんな真夜中に1人なんて……心配だ。
せめて、私が付き添って上げられれば良かったのだけど、それはそれでマイラは嫌がりそうだ。
「…………」
遠ざかる音すら聞こえなくなった頃、カーテン越しにクラウスの欠伸が聞こえた。
そろそろ交代の時間だろうか……。
ドンーー!
突然、鈍い音と共に何かが倒れる音がした。
何だ……? 外で何かが倒れたのか……?
それであればクラウスが何かしら反応を示すと思うのだが……。
…………いや、何も聞こえない。
私は身体の下に力を入れて前に飛び跳ねた。
何度も何度も飛び跳ねて馬車の外に飛び出た私は、体を地面に強く打ち付ける。
「…………!」
横に何か気配を感じたと思ったら、なんとクラウスがうつ伏せに倒れていた。
頭を何かで強く殴られたようで、後頭部の髪がすこし乱れている。
息はまだあるようだが、殴られた衝撃で気絶しているようだった。
(これは……)
地面に視線をやると、1つの足跡に続いて複数のくっきりとした足跡が奥に続いているのが見えた。
恐らく、この靴の足跡はマイラのものだろう。クラウスや馭者を含めた他の4人ほど大きくもなければ、裸足でもないため靴跡がついている。
ただ、まるで裸足で歩いたかのようなこの足跡は一体……?
それも、マイラの靴跡に続いてそれが1、2――少なくとも3人分はついている。
(…………マイラが危ない!)
そう思った私は、地面を蹴るように跳ねてその足跡の方へ向かった。
眠いと集中力が落ちますからね~。仕方ない(仕方なくない)。
次話もよろしくお願いいたします!