16話『守秘義務事項交換会』
森へ入って数時間。
休むことなく歩き続けた馬は、疲れ果てて動けなくなってしまった。
そこで私たちは、一昨日利用した泉を使うことを提案した。
夜のうちに魔物が現れる事がなかったということもあり、馭者やクラウスたちもそこが良いだろうということになった。
そして、その泉の前で馬車を止めた私たちは今、泉の前で一昨日と同じように焚火をした。
昼間とは一転、空は黒い雲が立ち込めており、一昨日のように星々は一切見えなかった。
その影響なのかどうか、一昨日よりも森は暗く静かだった。
妙に生温かい風が木々の隙間から吹いてくる。
まるで誰かの吐息みたいな……。
うっ、いや考えたくない。
身の毛がよだつ。
……よだつ毛はないけど。
「ふう、少し洗うだけでも気持ちいいな」
チクチク男が泉の水で上半身を洗い終え、小さなタオルを片手に焚火の前にやってきた
鎧で見えなかったが、この男もなかなか筋肉がある。
いや、あの巨体の突進を抑えるくらいだから当然か。
ちなみに、他の3人は少し遅れて体を洗いに行き、御者は馬車の近くで馬の面倒を見ている。
「嬢ちゃんは身体洗わなくていいのか?」
デリカシーとかそういうのないのかお前は。
「え? いやぁさすがに……」
「…………まあ、そうだな」
「…………」
……気まずい。
そういえばこのチクチク男の名前はなんというのだろう。
あのハチマチ男が『クラウス』、筋骨隆々で左目に傷が入っているのが『ジゴ』、そしてローブの青年が『カルナ』……といったか。
私はそう記憶しているが、マイラは覚えているだろうか。
「ええと……」
「ガノックだ」
「あ、ありがとうございます。ええと、ガノックさんたちは、何故フェデロニーにいたんですか?」
「ん? ああ……ここらに現れた『盗賊集団』を探してたんだ」
「盗賊……」
マイラが太腿に右ひじを置いて頬杖をつく。
「まあ、ちょっとあってな」
「ちょっと……?」
「……依頼だ」
「どんな依頼なんですか?」
「……嬢ちゃん。大人には守秘義務ってもんがあってな」
「…………」
マイラがガノックをじぃっと見つめる。
「確か――マイラだったか」
「はい」
コクリと頷くマイラ。
「一体どこであんな便利な魔法を覚えたんだ?」
「…………え?」
顎に手をやり、目を細くするガノック。
「……話題、すり替えましたね」
「大人の事情ってもんがあんだよ。で、答えは?」
「そうですね……。『ある人』から教わりました。まあただの友達ですけどね。それ以上は『しゅひぎむ』です」
「……カルナから聞いた。あれは高度――いや、高度とかそういう比ではない魔法だってな」
「……」
「お前こそ一体何者だ?」
「いや、普通の人です」
「……嘘はバレないようにしろと習わなかったか?」
「本当です」
「……本当か?」
「……はい」
マイラに問い詰めようとするガノックに、私は飛び跳ねて攻撃し抗議した。
「うわっ!? そいつ動くのか!?」
驚いたガノックは私を両手で抑え込み動けないようにした。
「あ、やめてください。潰れてしまいます」
「そう言われても、仕掛けてきたのはコイツだからな……」
「まあ、何といいますか……たぶん想いの強い子なんです」
「……わかったわかった」
私を解放したガノックは不満げな表情をしている。
再びマイラの隣によこされた私は強く身震いした。
「よし。じゃあこうしましょう。私はこの魔法を誰に教わったか、そして私の正体……というより私の事を教えます。その対価といっては何ですが、ガノックさんはその依頼の内容を教えてください」
「……何で依頼の内容なんて気になるんだ?」
「田舎人の性なんです。そういうの隠されるともっと訊きたくなっちゃうんですよね……。つまるところは『守秘義務事項の交換』。どうでしょう?」
「……ヒヨっ子だと思っていたんだが、なかなか面白いことを言う嬢ちゃんだな。……いいだろう」
ノってくれるんだ……。
「と言っても、どちらかが全て話し終えた後に『はい私は教えませーん』なんてなっても困るので、どちらも断片的に情報を出し合っていくのはどうでしょう?」
「……これが田舎の交渉力か」
それはなんか違うと思う。
「じゃあまずは嬢ちゃんから言ってもらおうか」
「……はい。単刀直入に申しますと、この魔法は『魔導国ジェイム』の魔導研究室の長に教わりました。まあ色々とありまして、魔導国ジェイムに行った時に」
「……なるほど」
ガノックが少しの間目を瞑る。
何か考え事をしているのだろうか。
「じゃあ次は俺だ。依頼の内容についてだが、俺も詳しいことは知らない。ただ、変な格好の奴から『盗賊に盗まれたモノを取り返してほしい』。そう頼まれた」
「変な格好……? 大事なモノ……?」
「次は嬢ちゃんの番だぜ。そうだな……何故ジェイムに行く必要があったのか――それを聞かせてもらおうか」
「……分かりました。それは――」
マイラが深呼吸をする。
「とある『火竜』の討伐隊の補助役を任されたからです」
「……どういうことだ?」
「簡単に言えば勉強です。とりあえず、その火竜を討伐するために必要になるかもしれない補助魔法・治癒魔法は全て習いました。いや、教えてもらっていない魔法がない程度には教わりましたね」
「……火竜、か」
ガノックがひと息ついている。
何か心当たりがありそうだ。
「さて、次はガノックさんの番です。その変な人から言われた『大事なモノ』って、何なんですか?」
「……さっきも言ったが、詳しい事は知らない。ただ、それだと「何を取り返せばいいのか分からない」と言ったら、カギと言っていた。それだけだな」
「……なるほど。では次に私から――」
「その前に1ついいか」
ちょっと待ったと手を開いて見せるガノック。
「さっきの火竜……恐らく10年前に討伐された『バジラマリク』だろう。違うか?」
「そうです。まあ有名ですからね」
「……そういうことじゃねぇ。確かあの討伐隊、火竜を討伐した者たちとして皆表彰されていたはずだ。だけどそこに女の姿はなかった。ましてやエルフの子どもなんていなかったはずだ」
「……まあ、無理もないと思います。私、表彰断りましたから」
マイラがにこりと笑う。
「……なに?」
そんなマイラの言葉を疑ったのか、ガノックが更に目を鋭くさせる。
「変な噂がたって頼られるのもコリゴリでしたし、もう冒険に行くなんていうのも当時はコリゴリでしたから……」
「……もしそれが本当だとしたら、冒険者の証が銅であることにも説明がつかなくはない。表彰を受け取らないということは、『自分は一切関わっていない』と言ってるようなものだ。そのような者が証の昇級を受けられるはずがない」
「……そうですね。そうでした。むしろそれでよかったです」
「それに、それはあくまで10年前の話……。もし嬢ちゃんがその時いたら、今は22歳以上のはずだろう。でもその見た目だ。おかしいだろ」
「まあこれにも色々とワケがありまして……」
ガノックは腕を組み、眉間にしわを寄せながら目を瞑る。
「あ、次は私がお話する番ですね。さて、では次に私の正体をお話しましょう」
「……ほう?」
「私の正体ですが……。マイラ・オリキスと言います」
「オリキス……? どこかで聞き覚えがあるような……」
「火竜の討伐表彰を知っているガノックさんはご存じないですか? ガイア・オリキスって」
「まさか、あのガイアさんの娘……?」
「……いえ、あのー……妻です」
「なるほど、妻か。…………妻――!?」
ガノックは驚きのあまり後ろに仰け反った。
会話、多めです。
次話もよろしくお願いいたします!