12話『ポーション……?』
ポーション…………?
私、ポーション!?
「美容用のポーション……ですか?」
「ええ。基本成分が酷似していますから」
「……基本成分?」
「簡単に言えば材料です」
「はあ……」
何も分かっていなさそうな返事をするマイラ。
私としては言っていることが分からなくもないが、色々と期待外れが多い。
魔物でもないのか……?
「マイナムスキンというのをご存じですか?」
「……あ、知ってます。美容薬とかで使われているやつですね。成分表の所に書いてあるの、見たことあります」
「そう、その生物にはそのマイナムスキンが含まれているのです。しかも結構な量」
「へえ……この子に……」
「ですから、まあ美容用のポーションで間違いないかと。美容薬もポーションの一部ですからね」
最初にポーションじゃないとか思っていたのが恥ずかしい。
違和感はあるが、ポーションが震えたり跳ねたり体を伸ばしたりできるというのだ。
……意味が……分からない……。
「ただ、他の成分に関しては普通には手に入らないようなものばかりです。なので、何か目的をもって作られた美容用のポーションかと思います。例えば……若返り――とか?」
「え、若返りのポーションとかあるんですか?」
「さあ……そんな代物、私は見たことも聞いたこともありませんね」
右肘を机に乗せて、手を開いたまま仰向けにするケルコニー。
そのたとえ話が本当であれば、マイラの体が縮んだのもある程度納得がいく。
しかし耳が長くなるということが不可解だ。
若返りだけでなく、加えて種族の変更――というような感じだろう。
「この例えが事実であれば、マイラさんの体にその子の体液が浸透して若返ってしまった……というのに説明がききます」
「……そうですかね」
「まあ、こじつけみたいなもんですけどね」
マイラはどうも納得がいかないらしい。
恐らく思っていることは違うが、私も納得がいかない。
そもそもポーションだったら何故動き、何故考える力があり、コミュニケーションもとれるというのだ。
いや、そういったものも含めてケルコニーは「こじつけみたいなもん」と言ったのかもしれない。
色々と考えすぎたのか体がぷるぷると震える。
「それでも、ポーションがこんな形状になってそれに震えることができるなんて、普通はありえませんね」
「今朝は跳ねていました」
「――跳ねた……?」
ケルコニーが眉を顰める。
「本当に生きているみたいですね……。ますます意味が分からないです」
「そもそも私は治癒のポーションとしてこの子が入っていた壺を買ったんです。それなのに、何故?」
「……それは私にも分かりません。商人さんが間違えていたか、調合師さんが間違えた品を渡したのかどちらかでしょう。昨日も言いましたけど、いずれにせよその商人か調合師に話を聞かないと何とも言えませんね」
私を頭の上から降ろすマイラ。
そのまま細い太腿の上に乗せて私を手で擦り始めた。
「じゃあ、結論としては生物みたいに動く美容用のポーション……ってことですね」
「ええ。人間やエルフ、将又魔族ではありませんし、とても魔物の部類とも言えないのでそう言い表すしかないです」
「なるほど……」
「それに情報不足で、これ以上マイラさんが若返るのかどうか、それすらも私には分かりません。お時間とその子を私に貸していただけるなら、詳しい検査もできなくないですけど……」
「……どうやって検査するんです?」
マイラが首を傾げる。
「解剖してみたりとか、熱してみたりとか……」
「……グロテスクなのでやめておきます」
「……ですよね。同じ風なこと言ったらセラも断られたって言ってました」
二度頷くマイラ。
そういえばセラとケルコニーの繋がりってどういうものなんだ……。
「そういえば、セラちゃんとはどういう関係なんですか? 知り合いみたいですけど……」
私の思っていることを訊いてくれた。
「……人に言うと、ちょっと引かれる事あるんですけど……聞きます?」
「……はい」
マイラが息を呑む。
「私とセラは、『異種同好会』というものに所属している仲でして……」
「……いしゅどうこうかい?」
「何というか、魔物とか、他の種族とかが好きな人たちが集まる会ですね」
「はあ」
「彼女はその会の長でして、とあるオフ会の時に異形の魔物好きというので意気投合してしまったのが始まりですね……」
「…………」
終始真顔のマイラ。
「え、引いてます?」
マイラが小刻みに首を振る。
「い、いえいえ。とんでもない」
絶対引いてる。
「なんかこう……すごいなあって。個性的だなあって思いました」
引いてる人がよく言う常套文句。
ケルコニーは右手を後ろの首元に置き恥ずかしそうに「あはは」と笑う。
けれど、なんだか私はケルコニーに共感できるような気がする。
異形の魔物――というのにはロマンのようなものを感じる。
私は丸っこいだけだから、ケルコニーのいう異形とは程遠いかもしれないが。
「もちろん、その子のフォルムも好きですよ。なんか、この世にいそうでいない雰囲気とか」
手を少しバタバタさせながらそう話すケルコニー。
そして私の顔を覗き込むマイラ。
「……嬉しい?」
それ、私に訊く?
「「…………」」
2人がじっと私を見つめる。
私は静かに身震いをした。
「ダメだそうです」
「え」
口をポカンと開けたまま静止するケルコニー。
何も思わずに震えたのだがマイラはそう受け取ったらしい。
けれど、褒められているようで褒めていない事を言われてもあまり嬉しくはないのは事実。
マイラの解釈は何も間違ってはいない。
それから暫しの間、沈黙が流れる。
「んー、とりあえず話を戻しますけども……」
ケルコニーが話を変えた。
「深く検査する事が無理であれば、次は商人さんに訊くことをオススメしておきます。ポーションの入手ルートはその商人さんしか知らないでしょうし……。そこから調合師さんに繋げるというので良いと思います。……確か、チコフィの商人さんでしたっけ」
「そうですね」
「ここからだと……ええと、徒歩で5日から6日くらいはかかるでしょうか。馬車で行けば少し楽できるかもしれませんね。確かチコフィまでの馬車があるはずですから、利用した方が良いと思います」
「おお、いいですね! その馬車ってどこにあるんですか?」
「町の入り口の近くに酒場があるんですけど、そこで確かお願いできるかと。普通は冒険者専用の馬車ですが、最近出た魔式小型転送装置のせいで不景気なので、喜んで乗せてくれると思いますよ」
「魔式小型転送装置……?」
「転送装置を基に作られた、瞬時に別の場所に飛べる手持ち道具です。魔素が豊富な場所なら何処からでも、座標を登録した場所に飛べるという代物です」
魔素というのは空気中に含まれている魔力の源だ。
たしかそう言うものだった気がする。
「へえ……すごい」
「ただ、なかなかに値が張るので、そこまで持っている人はいないと思うんですけど……。この町、結構お金持ちの冒険者がやってくる事が多いので……結構持っている人多いんですよね」
「……馬車経営も大変ですね」
ケルコニーが腕と脚を組んで何度も頷く。
「魔科学発展の怖い所ですね」
深いため息をつくケルコニー。
机の上にあるコップを手に取り、ズズズと中身を啜る。
「ふう」
ケルコニーがため息を吐いたかと思うと、マイラが椅子から立ち上がり私を再び頭の上に乗せた。
「それじゃあケルコニーさんの言った通りにしてみます。とりあえず馬車への乗車をお願いできる酒場へ行ってみます」
「それが良いと思います」
マイラは丁寧にお辞儀をした。
私はその際に落ちそうになったが、何とかマイラの頭に張り付くことで落下は防いだ。
バッグの紐を結び忘れていて、深くお辞儀をしたときに中身が飛び出てしまう現象の気分を味わった。
「あ、最後に2つだけいいですか?」
昨日と同じように、ケルコニーが部屋を出ようとするマイラを呼びかける。
「その子なんですけど、あまり長い間は肌に触れないようにしてください。一応、マイラさんがそれ以上に若返って赤ちゃんにでもなったら困ると思うので」
「……確かにそうですけど、どうすれば……」
「例えばですけど、帽子を被ってその上に乗せる……とか、とりあえず肌に触れさせなければいいと思うので――あ、そうだ」
ケルコニーが部屋の角にある白い箪笥を下から順に開け始めた。
「……ん。これこれ、と」
一番上の段を開けたかと思うと、そこから白い布製の麦わら帽子を取り出した。
白い大き目のリボンがついており、とてもケルコニーが着用するとは思えない代物だった。
「これ、丁度良さげなのであげます。一度も使っていないので実質新品です」
実質……。
マイラがケルコニーから帽子を受け取る。
初めにマイラがとった行動としては、被るのではなくにおいを嗅ぐことだった。
そして、どうやら臭い面に関しては大丈夫そうだったのか、私を一旦地面に置いてから麦わら帽子を被って私をその上に乗せた。
「似合ってます……?」
「変には見えませんね」
「……そうですかね」
「ええ、たぶん。私のセンスでの話ですけど」
マイラは少し不安を隠しきれない様子であったが、仕方なさそうに小さくため息をついてケルコニーに礼を言った。
「ありがとうございます。それから、2つ目は何ですか?」
「それなんですけど、1枚だけ写絵いいですか?」
「……え? またこの子のですか?」
マイラの顔は見えなくなってしまったが、恐らく目をぱちくりとさせていることだろう。
「いえ、マイラさんとその子です」
「え、何で私も?」
「いやあ……可愛いので取っておきたくて」
「……私、子どもじゃないんですよ」
「まあ、合法なので」
「…………合法?」
「はい」
何喰わぬ顔で徐に四角い箱を取り出すケルコニー。
合法って……何?
「では撮りますね。はい、笑ってください」
ケルコニーが四角い箱を自分の顔に寄せて、右手の人差し指で小さな凸を押す。
そして、カチッと音が鳴り、四角い箱の下部から薄い紙が出てきた。
それを見たケルコニーは少し満足そうにニコニコとしていた。
「ふへ、へ……」
寒気のするような小さな笑い声がケルコニーから発せられる。
何故か、体の上部に少しだけ痛みが生じた気がする。
「あ、私からは以上です。また困った事があったら来てくださいね。いつでもお待ちしていますので」
そして急に正気に戻るケルコニー。
「は、はい」
マイラは少し食い気味に返事をした。
――それから私たちは、ケルコニーの家を出て体臭と大衆を気にしつつ、言われた通り町の入り口近くの酒場へと向かって行った。
まだまだ旅は続きそうです。
次話もよろしくお願いいたします!