覚悟
「急ですまないとは思う。けれど、大切な話だから聞いてほしい。
我々は協議の末、これからの君たちの護衛を取りやめることが決定した。
・・・つまり、君たち自身にも戦ってもらうことになったんだ」
その声は、何故か耳の中で無限に反芻している、気がした。
「え?!」
隣から、声が聞こえる。
美空も驚いたような声出せるんだな。
だがまぁ、それもそうだろう。いきなり戦えなんて意味不明だ。
烈火をかなり困惑している。
「いきなりだとびっくりするよね。すまない。もちろん、今すぐ戦えとは言わないし、ゆっくりと訓練をしてコツコツと強くなってもらうよ」
「それはそうでしょうけど、そもそもなんで私たちが戦う必要があるんですか?」
「それはね、継島の力が理由だよ」
「継島の力?」
「うん。継島は代々優秀な術師を輩出していると言うのは君たちも知るところだろう?そしてその血はきちんと君たちに受け継がれている。つまり、下手な護衛をつけるより、君たちが対抗できる力をつけたほうが安心なんだよね。戦力にもなる。
それに、恥ずかしながら陽術師の業界は常に人手不足。
だから優秀な人材がずっと君達にべったりなのはこの世界にとってかなりの損失だ。その間に失われる命というのも出かねない。だから理解して欲しい」
天翔は頭を下げる。
きっと、彼なりにかなりの葛藤があったのだろう。
烈火は昨日の件で穢塊の怖さを身をもって知ったのであの魔の手が友人に伸びないように戦うという覚悟ができているが、美空は違う。
先日いきなり陽術やらなんやらの説明を受けて、此処に来ただけで、まだ肉眼で穢塊も確認したこともないただの少女だ。
きっと、混乱してるはずだ。
「・・・わかりました。戦います」
それは、凛とした声だった。
そのはっきりとした意思表示に度肝を抜かれたのはどうやら烈火だけではなかったようだ。
「本当にいいのかい?こんなすぐに決めて」
自分で言っておきながら天翔も混乱している様子が伺える。
「ええ。先輩の顔を見ると、穢塊というのがとっても恐ろしいものであるということはわかりますし、一昨日おばあちゃんに見せてもらった資料を見ても、怖い生き物だなって思いました。
だからこそ、私を守るために優秀な陽術師の方がが本来の任務に付けないことで、死んじゃう人が出るのはとても、嫌です。だから、私は戦います。
それに、既に先輩は戦う覚悟ができているみたいですし」
キッパリと言い切った。この少女は何かが違う。そう思わされた。
「・・・俺は実際に怖さを知って、その上で守るために闘いと思った。もちろん生半可な覚悟で務まる世界じゃないってことは分かってるし、いつか後悔する可能性も高いと思います。けど、やらないで安全圏から人が死ぬのを眺めて後悔するくらいなら、大切な人を守って胸張って死にたい・・・そう思います」
小っ恥ずかしいことを口走った。だが、何処か気持ちは晴れ晴れとしている。
「・・・ははっ。二人とも凄いね。どう思いますお二人さん?」
天翔は、茂雄と美代子に話しかける。
言われた茂雄は手を口に当てて口元を隠しながら笑う。
「ええ、まさに血は争えないということでしょうな」
「そうですね」
「・・・言えてます。さすがあの二人の子供達だ。どちらとも、いい意味でぶっ飛んでますよ。これはいい術師になる」
どうやら、烈火たちの両親はかなりぶっ飛んだ人達だったようだ。想像も付かないけれど。
「うんうん、やっぱり君たちには素質があるようだね」
にこりと微笑む天翔。
「それじゃあ、君達にはこれから一週間。基礎訓練をしてもらう。学校にはうまくいっておくから安心してね」
「え?今すぐ?いきなり過ぎないです?」
「うん。やるときまったら、早くやっておくほうが良いでしょ?それじゃあ、私はお暇させてもらうよ。
あっ、最後に一つだけ。
今は君たちにその頃の記憶はないだろうけど、陽術が元に戻るにつれて記憶も少しずつ戻ってくると思うよ。それが、幸せかどうかは分からないけどきっとそれは・・・記憶を消した私達が言うことではないかもしれないけれど重要なことに違いない。だからというのはおかしな話かもしれないけど・・・頑張って」
天翔は空気に溶けるように徐々に薄くなってシャボン玉のように消えていった。
「えっ、最後急に態度変わんなかった?」
「彼はそうゆうお方なのだ。気にしたら負けだと思え」
「え〜」
烈火があの態度の変わり身は流石にさぁ〜と思いながら立ち上がった時。
ガタンっ!大きな音が鳴り、先ほどまでは何の変哲もなかった広間後方の壁に線が一本入っかと思うと、それは門のように左右にスライドして開いた。
その中には、先程烈火たちを案内した男性が出てきて、手招きしている。
「烈火様、美空様、お二人は此方へ」
「え?あ、はい」
「分かりました」
烈火と、美空が男の方に向かう。
とん。と肩に手が乗せられた。
誰じゃろな?と見てみると、心配そうな顔の茂雄。
「暫く会えんと思うが気をつけてな」
「・・・うん。わかってる。行ってきます」
烈火はにこりと微笑んで、エレベーターに乗り込む。
にしても、やっぱ修行の開始早いなぁ。
ポォーン。もはや聞き慣れた穏やかリズムが鳴って扉が開く。
さて、次はどんなフロアかなと目を凝らしてみてみる。
果たして目に映り込んで来たのは、目を凝らしても奥が見えないほど広いスペースに木が生い茂っている光景であった。どう考えてもそのフロアは森にしか見えない。
「森?」
「ええ、森です」
案内の男性、さっき名前を聞いたら安西というらしい。が答える。この質問を予測していたのだろう。
「少し歩きます。足元が悪いので気をつけて着いてきてください」
烈火たちは自慢の起伏を意にも介さずズカズカとスピーディーに動く安西の後ろをついていく、森のフロアの天井は高く、軽く二十メートルはありそうだ。
室内。正確に室内なのかは分からないが、こんな大規模な森を作るとは陽術師の世界には金があるのか?もしくは陽術でここまでの森そのもの構成したか・・・。どちらにせよとんでもないことに違いない。
デコボコの細く険しい一本道を歩き続けて早数分。
ようやく森の中にぽっかりと、木が一切生えていないエリアが見えてきた。
そのエリアは、薄く草が茂っていているのみで、歩きやすくその奥にキャンプ場にあるようなログハウスがポツンと一軒建っている。
「それでは、私はここで。あとは彼らの指示に従ってください」
言って一礼すると、安西は踵を返し、入口の方にスタスタと去っていった。
彼ら?
烈火は一瞬疑問に思ったが、その答えはすぐにもたらされた。
「ほぉーん、これが継島の子供達ですか〜」
「ああ、素質は十分。これからどう成長するか。この才能を活かすかそれはこれからの一週間の過ごし方に大きく左右される」
「そだねぇ〜まっ、取り敢えず」
「「ようこそ。陽術を学ぶ始まりの場所。始元の森へ」」
ここからは修行編です。
とは言ってもそんなに長くはないですが、修行編が好きなので頑張ります