君への贈り物ー②
「それじゃ。また明日」
「おぅ。また明日」
朝の一幕から数時間。オレンジ色に光る太陽が煌々と照りつける放課後の帰り道。
朝と同じく、二人でダラダラとしょうもないことを話しながら歩く帰り道。
それでも、いつかは別れの道に差し掛かる。
街の大通りの交差点を境に烈火と翔は別々の道を通って家に帰ることになる。
信号が、赤から青になるまで話すと別れの時間。
お互いに手を振って別々の道に歩みを進める。
しばらく歩いて烈火は自分の家に帰るための小道に入る。
角を曲がった瞬間、心臓が何かに掴まれているような不安な気持ちが襲ってきた。
朝はそこまで気にならないのだが、夕方になると恐怖心が沸々と湧いてくる。
ゆっくりと歩くのは耐えられず、思わず走り出していた。
烈火の家は小さな山(丘と言った方が正しい気がする)の上に作られている大きな和風建築の建物だ。
別にお金持ちなわけではなく、昔は旅館を経営していたらしく、営業が終わった今はその建物を家としてプチリフォームして暮らしている。
最も不気味な階段を走り抜けて、錆やらなんやらで少し動くだけでギィギィと音がなる門を開ける。
「ただいま〜。早く門を買い替えようよ〜。開けるたびに錆が手につくの嫌だよ」
玄関のすぐ横に設置されている畑で作業をしている祖父、茂雄の姿を確認し安心した烈火は軽口を言いながら敷地に入った。
「おう帰ったか。門の買い替えはなぁ。音が鳴った方が防犯になるだろ?」
茂雄は、祖父であり、育ての父でもある。烈火の両親は烈火が物心つく前にそれはひどい交通事故によって他界しているらしく、そのまま父方の祖父である茂雄に引き取られ育てられたのだ。
今、片手には瑞々《みずみず》しく輝くトマトがごろりと入ったバスケットを。もう片方の腕で、額の汗を拭っているその姿は体格も相まって貫禄があり格好良い。
烈火は親を失っても喪失感を感じないのは、かなり大きな愛情を注いでくれる茂雄のおかげなのは確定だと思っている。
「そのトマトそんなにたくさんどうしたの?」
「ん〜?・・・あぁ今日の夜町内会の集まりがあってな。そこに持っていこうかと思ってる。ほれ、もう洗ってるからどんなもんか味見してみぃ」
言うと、茂雄は大きく実ったトマトをソフトボールのようにぽぉーんと投げる。
烈火はそれを受け取って一口齧り、トマトの甘さをガッツリと感じて、美味しいよと感想を伝える。
「そうか。そりゃあ奴らも喜んでくれそうだ」
「そうだねー」
言いながらも烈火は不安になっていた。
これまで、不気味な視線を家の中では感じたことはないが、それでもその他各所で視線を感じているので怖いし、老舗の旅館をそのまま家として使ってるため、変に軋む床や、真っ暗な空き部屋、さらには日本人形すら置いてある。
いつもならなんとも感じないのだが、こう言う状況で一人だと必要以上に怖がってしまう。
とはいえ、何を言ったところで変わるものではないので、畳ばりで特に人形などがないリビング(元は宴会用大広間)でテレビを爆音で流したら怖さも幾分収まるだろうと納得させた。
ーーー。『と、言うわけで、本日のゲストは映画『君の脛を齧りたい』に出演する、丸岡丸々さんでした〜。ありがとうございましたぁ』
和の結集とも言える畳と障子の部屋には、似ても似つかない高性能薄型テレビからバラエティ番組の黄色い声が聞こえてくる。
時刻は二十一時を少し過ぎた頃。
烈火はここぞとばかりに撮り溜めしていた番組をじゃんじゃん消化していた。
こちらも和室に似合わぬ大きなソファに行儀悪く寝っ転がり、時々スマホに目を落としながらテレビを見て、机の上に置かれている煎餅やらを摘んでいる余裕ぶりだ。
茂雄が家を出て、しばらくは怖かったかものの、動画を見ながらオムライス作ってテレビを見始めてからは徐々に恐怖心は消えていった。
自分の部屋は二階にあるのだが、動くのが面倒臭いし、何より怖いので、電気をつけ、今日はこのまま寝てしまうか時々考えていたその時。
ピンポーン!
唐突にインターホンチャイムが鳴り響き、ぼーっとしていた烈火の意識は一気に恐怖の支配する領域に引き戻された。
ここで、真っ先に浮かんだのは自分でも馬鹿らしいとは思っているのだが幽霊がインターホンを押して中に入ろうとしている可能性だ。
脳内のビションでは足のない前髪の長い女性が絵の具を塗りたくったように白く、細い腕輪に真っ黒の指でインターホンのボタンを押し込む姿が鮮明に写し出された。
どれくらいの時間が経ったのかは分からない。一瞬のような気もするが、同時に長い時間が経ったような気もする。
脳内の葛藤が導き出した答えは、硬直。
何をするでもなく、ただ何となく息を潜めて固まっていた。
すると、ピンポーン!
再びチャイムが鳴る。時間は二十一時過ぎ、宅配はまずありえないし、ウーバーイーツやらも頼んでいない。近所の人がわざわざこんな時間に訪問しくる線も薄い筈だ。
「・・・・」
ピンポーン!
三度チャイムが鳴った。どうやら立ち去る気はないらしい。
ここまで来た時、不思議なことに烈火には、好奇心というものが湧いてきた。
この好奇心に理由は無い。ただ、湧いてしまったものは仕方ない。それに抗えないのが人間なのだから。
所々黒ずんだ所をカーペットで隠した畳を歩いて、インターホンのテレビ画面を、怖いもの見たさと恐怖がひしめき、結果として薄目で覗く。
果たして、そこに映っていたのは。
乱れた髪で、肩で息をし、所々から血を流した女性であった。
それを見た瞬間、烈火は駆け出していた。
それは、心の底に眠る正義感であったか、両親が亡くなった悲しみが心の隅にあったのか。
細かい理屈は棚に上げ、扉を開けて、廊下を駆けると、サンダルに足を通して外に飛び出た。
立て付けの悪い扉を強引た開いて、女性の元に走る。
「だっ、大丈夫ですかっ!」
烈火がぱっと見ただけでもかなりひどい怪我であった。
ピンクの服の殆どは真っ赤な地に染まっており、露出している腕で足からは今もドクドクと血が溢れ出ている。
素人目ではあるのだが、今死んでしまってもおかしく無いように思えた。
「聞こえますか?大丈夫ですか?」
呼びかけるも返事はない。もう話す元気もないのかもしれない。
「今から、救急車を呼びますんで安心してくださいねっ!」
烈火はポケットの中に入っていたスマホを取り出して、番号を入れようとする。
「あり・・・」
その時、初めて女性が言葉を発した。
「ありが・・・」
「え?」
烈火が聞き返した時、女性は立ち上がった。
そして、震えるその手を烈火に向かって伸ばす。
何か、伝えたいことがあるのだろうか。そう思って歩み寄った烈火の横腹に手が触れたと認識した瞬間。
烈火の体は大きく真横に吹き飛んだ。
野球ボールのように飛んでいき、視界は大きく揺れ、脳は震え、雑に放られたボールに着いたカメラが写した映像のようにぐわぐわと動き、何があったのかを理解する前に目の前に地面が広がり、どうにか着地しようと試みるが失敗し、ロクに身構えることもできないまま激しくぶつかった。
勢いそのままにゴロゴロと転がって、畑の周りを囲うフェンスにぶつかりようやく止まる。
「ごはっーーー」
喉を熱い何かが逆上したのを感じ、数秒後に目に見えてわかる形で吐き出された自らの血に幽霊などとは別の恐怖を感じる。
あの、血まみれの女性のどこにこんな力が?というかそもそも人間にこんなことができるわけがないじゃないか。
そう思って、先程まで、女性と烈火自信が立っていたところを見る。
すると、その女性は両手を空に上げて言葉にならない何かを叫び、みるみるうちに巨大化していった。
まずは、腹が風船のように大きくなっていき、足、腕、と順番に大きくなる。
最終的には頭までもが肥大化する。その姿に、先ほどまでの面影はなく、体は泥のような色に変色し、赤子のような見た目で血管の浮き出る反応が危険だとします異形の存在が、そこにいた。
「なんだ・・・コイツ・・・」
絶望を運ぶその生命体は烈火の顔を覗き込み、不気味にニヤリと笑った。