パソコン越しの愛しい人
ほのぼのしたお話は書けば書くほど癒されますね。
ポチッとボタンを押すと、ブゥンとパソコンの起動音がする。
ピカッと真っ暗だった画面が白く光って、映されていた僕の姿が光にのみ込まれた。
毎日使っているアプリを開いて目当ての人物のアイコンを探す。
まぁ、探すと言っても一番上にあるから一瞬なんだけど。
カチッとマウスの左ボタンをクリックすれば出てくるトーク画面。
【行ってきます】の文章で終わっているその画面に、【今からおk?】と造語交じりに打ち込んで送信する。
お供のピーナッツとお酒は用意しているし準備万端だ。
数分もしないうちに画面にしゅんっと新しいメッセージが浮かび上がる。
【おk】と同じように返された言葉に口角が上がる。
直接話すときはそんなことないのに、メッセージだとちょっとだけお茶目になる相手のことを思い出し、可愛いなと目を細めた。
通話のボタンにマウスのカーソルを当てて左クリック。
呼び出し中の画面になってすぐに呼び出し音が途切れる。
『お疲れ様』
画面には0:08と通話時間が示され、画面いっぱいに広がった黒髪の男の口から声が出て、無機質な機械を通したとは思えないほど雑音もない音声となって聞こえてくる。
同じように「お疲れ様」と返し右手に水滴の浮かぶグラスを持つ。
画面に映るように持ち上げると、画面の中の男はほんわかと笑った。
『今日は梅酒?』
「そう、とっておきのやつ」
『いいね』
「お前は何飲むの?」
『僕はワイン』
「赤?」
『残念、白だよ』
画面の中の男はお茶目な顔をしてグラスを掲げながら笑う。
その顔は俺が大好きな顔で、会いたいなと思ってしまった。
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気づけばパソコンは熱を帯びていた。
たっぷり三時間繋いだままだったようだ。
そろそろ切り上げないと、と顔を赤くした男に声を掛ける。
「そろそろ寝るか」
『もう寝るの?』
「結構遅いぞ」
『あ、ほんとだ』
「時間間隔狂うよな」
『楽しいから仕方ないね』
「違いない」
切り上げる話をしている割に、お互いなかなか終了の赤いボタンに手をかけない。
名残惜しいのはお互い様なんだ。
『……会いたいな』
画面の向こうでぽそりと呟された声は、ばっちりマイクに拾われた。
バッと口を手で覆ってバツの悪そうな顔をする。
『ごめんね』
間髪入れずに囁かれた声に、嫌味に聞こえないように返す。
「仕方ないだろ」
『楽しみにしてくれていたのに』
本当は昨日今日と二人で会う約束をしていた。
遠距離でなかなか会えない恋人に会えなくなったと知ったのは、一昨日のことだった。
飛ぶはずの飛行機が天候の都合で飛ばなくなったと。
仕方のないことだと理解はしている。
寂しいが、仕方のないことだ。
「俺よりお前だろ」
『君も楽しみにしてくれてたろ?』
「まぁ、そりゃ……久しぶりだったし」
『ほんとごめん』
「あー、怒ってなんかないからそんなしょんぼりしないでくれよ」
『でも、……うん』
納得できないような返事をする男は、しゅんと肩を落としている。
せっかく楽しい空気のまま寝れるはずだったのだ。
何より、恋人の悲しそうな顔を見たままじゃ眠れない。
「……じゃ、次会うときは丸一日甘やかしてくれよ」
『え』
「それでチャラな」
画面越しにニヒルに笑ってやれば、一拍置いてアハハと笑い声が聞こえてきた。
涙を拭うような仕草を見て、あ、もう大丈夫だなと思った。
『君は本当に僕に甘いね』
「惚れた弱みってやつだろうな」
『僕の方が先に好きになったんだよ』
「ま、順番は関係ねぇだろ」
『そうだけどさ』
もう一口梅酒を飲めば、喉をスッキリとした甘さが支配する。
一目惚れされたのに気づかず好きになって告白したのは俺だ。
今でも思い出せる。
告白したら、禁断の果実のように真っ赤っかに熟れてとてつもなく可愛かった。
『次会える時はいっぱい甘やかさせてね』
「おう」
『なにしようかな』
「俺は何もしなくてもいいけど」
『何もしないのもいいね』
「だろ」
そう言いながらワインを呷っていた。
最後の一口だったようで、ごくんと喉仏が動いて透明なグラスが現れた。
『あ、そうだ』
「どうした?」
閃いたと言わんばかりに身を乗り出し、キラッキラな表情で画面に近づいた。
『君が好きなフレンチトーストを作る』
「ふはっ」
キメ顔での宣言につい笑いが漏れる。
俺の一番好きな料理を覚えていてくれることにも、それを甘やかしに使ってくれる優しさにも。
あぁ、好きだなぁと実感する。
「ほんっと、お前は可愛いな」
『190超えてる男に可愛いなんて言うのは君くらいだよ』
「そういうとこが好きなんだよ」
『……はぁぁ、僕も好き。大好き』
「知ってる」
『……いますぐあいたい』
「俺だって」
愛おしそうにこちらを見つめる一対の瞳。
早くその瞳の中に入りたくて、少しじれったい。
『次の連休は二ヶ月後かな』
「あー、その時期なら俺も比較的暇だわ」
『ほんと?』
「多少は論文とかあるけど、いけるだろ」
『じゃあ二ヶ月後は絶対帰るね』
「待ってる」
『本当はこっちにも君を呼びたいけど、そういうわけにもいかないからね』
「別に大丈夫だと思うけど」
『ダメ。僕が君の話ばっかりしてるからみんな興味津々なんだよ。僕らの時間を邪魔されるくらいなら僕が飛ぶ』
自慢してくれるのは嬉しいが、俺だって自慢の恋人だとドヤ顔したいんだけどな。
サプライズで会いに行くか、なんて考えた。
「独占欲の塊だな」
『……いや?』
「……嬉しいよ」
『…………へへ』
画面越しだから叶う上目遣いで見つめられれば、答えは一つしかないわけで。
……仕方ない、サプライズ訪問はやめておこうか。
「ん、さすがにそろそろ寝ないと。明日一限からなんだよ」
『それは大変だ』
「起きれる気しないわ」
『モーニングコールは必要?』
「七時に連絡がなかったらしてほしい」
『了解』
ニコニコと微笑みながら話す。
終わってしまうのがやっぱり寂しくて、でも、寂しいで終わりたくはない。
「……しゅん」
『どうしたの?』
名前を呼べば、キョトンとした顔が画面いっぱいに映る。
息をスッと吸い込んで、想いを届けるように吐き出した。
「愛してるよ」
『!ふふ、僕も愛しているよ。はる』
「おやすみ」
『おやすみ。よい夢を』
ちゅっとリップ音が聞こえて画面が元のアプリのトークに戻る。
はぁと息を吐き出しながら頬に手をやれば、ほんのりと温かくなっていた。
留学生としてフランスにある学校に通っている恋人は、日が経つにつれ外国式の愛情表現も身に着けて手に負えなくなっている。
キスどころか手を繋ぐだけで汗をだらだら流し続けていた姿は幻だったのかと思うほどだ。
次に会えるのは二ヶ月後。
会ったら思いっきり甘えてやろう。
それで、このベッドで二人一緒に眠るのだ。
パソコンを閉じて電気を消す。
ベッドのかけ毛布を捲り中に入れば、ひんやりとした温度が心地いい。
異国にいる恋人を思い浮かべながら、ゆっくりと目を閉じた。
読んでくださりありがとうございました。