伯爵令嬢ですが両親を亡くしたので、独身男子寮に住んでいる母の従弟の部屋に押しかけました!
プロローグというか、決意表明
人生を生き抜くことは大変だ。
この間まで気楽な令嬢とも思っていたが、両親が馬車の事故で亡くなってみれば、相続権のない私の居場所など一瞬で消えてしまうものなのだ。
私の生家のはずの屋敷は爵位を継いだ父の従弟の自宅となり、私は寄宿舎から帰る家を失った。
そんな私が求めるものは、とりあえず、雨風をしのげる場所、となるのだろうが、こんなにバタバタを不幸を経験した私にはそんなものでは不十分だ。
いやいや、いつ追い出されるのか不安に身を震わせるのは私の性には合わないだろう。
十六歳の乙女として下半身の処女性に拘ることも一興だろうが、その処女性も若いからこそ持て囃されるものなので、ここを使ってはどうかと私は考えた。
何のとりえも後ろ盾もない女が望める安泰が約束されるには、永久職ともいえる誰かの花嫁になる、では無いだろうか。
そして私が出した結論は、身内でそれなりの金と肩書を持つ独身男性、母の親戚筋であるレイ・アルファ大佐の押しかけ女房となることである。
レイ・アルファは、母の叔父の愛人の子として産まれた庶子である。
身内と言えども、伯爵令嬢の私を妻にできる立場ではないはずの男だ。
そんな男に私が嫁いでやるのだ。
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その一、見合い
「嬉しいでしょう?」
レイの外見はまずまずだった。
いや、今まで見たどの男よりも整っていた、と言っても良い。
無精ひげに疲れ切ったクマのある目元、ぼさぼさの黒髪、そんなものをもってしても、レイの顔立ちの方がイングヌス伯爵家やアルマー子爵家のどの人間よりも優れていたのだ。
体たらくすぎる我が血こそ情けない思いですけれどね!
しかし、美しいとは言えない伯爵令嬢である私でも、私は十六歳という結婚適齢期のぴちぴちなのだ。
そんな女が三十代近い疲れ切った男に対し、胸を突き出して、さあどうぞ、とドレスをまくってやっても良いと言っているのだ。
バタン!
なんということ!
私の目の前でドアを閉めるとは!
「ちょっと!何をなさるの!このリオナ・メロー、イングヌス伯爵令嬢の眼前でドアを閉じるってどういう事よ!開けなければ今すぐに、この建物全室中に響くソプラノで歌い上げますわよ!」
私は厳密にはアルトの音程だが、女の甲高いだけの耳障りな歌声などいくらでも出せる。
この脅しにはレイも慌てたか、閉まっていたドアが小さく開いた。
私はその開いたドアの隙間に、必死になって自分の旅行バッグを突っ込んだ。
「おい!」
「お黙りなさい!遠路はるばる挨拶に来た親族を放り出すおつもり?さあ、中にいれなさい!」
ドアの隙間から覗く事の出来る室内は、長い出張からレイが帰って来た事を示すように外よりも暗い部屋となっており、私には彼の表情が全く見えなかったが大きなため息は良く聞こえた。
これは妥協を示す溜息ね!
違った。
私の荷物を思いっきり蹴り飛ばすために、奴が大きく息を吸い込んだだけだった!
「きゃあ!」
バタン。
出来うる限りの悲鳴を上げて廊下に荷物と一緒に転がってやったが、レイのドアは閉じ切ったまま静かなままだ。
いや、室内からレコードを鳴らす音が聞こえて来たではないか!
「あなた!おかしいんじゃないの!嫁の来てが無い庶子のあなたに、このリオナ様がお嫁になって差し上げるって言っているのよ!ここは私の申し出に這いつくばって喜ぶべきよ!」
ドアは再び開き、レイがのっそりと出て来た。
うわ!
手には銃が握られている!
うわあ、大音量に奏で始めたレコードの曲は、私の叫び声さえも掻き消しそうなソプラノだ!
しまったと思ったとおりに、銃口は私を狙っている!
「俺に殺されたく無きゃとっとと去れ。君は趣味じゃない。俺は君みたいな煩い女にはうんざりなんだ。」
「ま、まああ!男が好きって方でしたのね!」
私の言葉が真実だったのかレイは顔を真っ赤に染め、私に向けていた銃を取り落としかけた。
「うわ、っと。」
真っ赤になって自分の失敗に慌てる大男。
激高して撃ち殺されたら大変だわ。
私は今のうちにと荷物を抱えると、次の目的男性、父の従弟の嫁の弟となる中年の独身男性の家に行くべきと立ち上がった。
その男はお金があるから貴族の縁者に姉を嫁がせることができたという、今や紳士階級に属してもいるのだが、結局は商人でしかない家柄の人間なのだ。
彼と結婚すれば私は完全に貴族社会から抹消される事になるが、背に腹は代えられない。
一週間以内に結婚できなければ、イングヌス伯爵となった男の命で私はフェロー男爵家に嫁がされる。
フェローだけは嫌。
三十代の男は我慢できても、六十代のお爺ちゃんとベッドを共にしての夫婦生活、なんて考えるだけで死んじゃいますわ。
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その二 思い付き
私は郵便馬車の停留所で次の目的地、名前は忘れたが金持ちの商人の家がある港町までの切符を買おうとした。
しかし、神様は私をあざ笑うが如き存在らしく、停留所のベンチに座っていたでっぷりとした男、その男が人様の邪魔になるぐらいに開いた新聞に、なんとまあ、私の結婚相手の結婚発表が載っていたのである。
「まあ!しがない商人の癖に!貴族専用の社交欄を我がものとするなんて!」
思わずの言葉に非難の眼差しが一斉に私に向けられた。
そうね、ここは貴族と縁遠い労働者階級がひしめく界隈だったわ。
貴族ばかりの社交欄に名前を載せるなんて、新聞で名前を思い出したけど、ネッド・ボリスの結婚発表記事は労働者階級には素晴らしき明星みたいなものだったかもしれないわね。
私は仕方なくすごすごと停留所を後にした。
ここは仕方が無いと六十代と結婚し、頑張って一年か二年でくたばって貰う算段をするべきか?
待ってよ、待ってよ、リオナ。
友人の結婚式で、八十五歳の紳士にお会いしたことを思い出しなさいよ!
彼は九十までは必ず生きるって、豪語していた人じゃない?
嫌だ。
三十年も好きでもないお爺ちゃんと暮らすの?
あのお爺ちゃんは、健康の秘訣だって言って、お風呂に入るのを止めていたわ。
皺と皺の間に垢が詰まっていた、あんなお爺ちゃんと一緒のベッドを使うの?
いやよ、いや。
ああ、私の人生はとんでもない岐路に立たされてしまったわ。
「ああ、ファレル。君はこのまま逃げてくれ。僕はもう駄目だ。」
「そんな!アーネスト様!私はあなたとどこまでもお供するつもりです!私の親友が住まう場所まであと少し。それまで堪えてください。」
「だが、ああ!ファレル!僕達は囲まれてしまったじゃないか!」
どうしたこの三文芝居は!
しかし芝居のような台詞でも聞こえるか聞こえないかの囁き声だったので、私は後方で起きた会話を訝しく思いながらその方角に振り向いた。
まあ、なんと、身分が上だと一目でわかる少年とその従者にしか見えないが、どちらも見た事が無いくらいに煌びやかな美形が別れる別れないと愁嘆場を演じていたのである。
ファレルと呼ばれた従者は、召使いには勿体無いぐらいの豊かな金髪に青い目をしており、体つきだって背が高いが無骨という所はなく、宮廷の吟遊詩人と評した方が良いすらっとした姿だ。
そしてそして、私の目を引いて離さなくなった少年は、私と比べようもないくらいに美少女顔でしたけどね、私と同じ輝ける金髪に目の色は私と同じエメラルドのような緑色、そして背も同じぐらいという、私に悪知恵をもたらせるぐらいの外見だったのよ。
すいません、私の髪は金色になり切れていないベージュ色でしたし、私の瞳だって緑でもエメラルドと言えない程度のものでした。
ですが、人間ここぞという時には、思い込みや勢いって必要だと思いません?
私が彼らに一歩踏み出したのは、私こそ切羽詰まっているからでもあったけれど、少年の囁き声にあったように、彼らがならず者っぽい大勢に囲まれかけているのも事実だったのだ。
「あなた方、ちょっとお耳を拝借できるかしら。」
「あの、私どもは……。」
「いいから!私の名前はリオナ・メロー。イングヌス伯爵令嬢です。両親の死で急いで結婚をしなきゃいけなくなったの。」
「あの、わたしも、こちらのおうじ、じ、お坊ちゃまも!女性に興味は!」
「まあ!女性に興味は無いって最近の流行り言葉かしら。いいの、そんなのは良いから黙ってお聞きなさい。あなた方も私と同じく進退窮まっているご様子。いいこと、そこのお坊ちゃまと私は似たような背格好よね?」
まあ、見るからに少年と従者は目を輝かせて私の言葉に耳を傾けたじゃ無いの。
これならば、溺れる私だって藁どころか丸太を掴めるわ!
「お坊ちゃまには私の振りをして、そして、あなた、ファレルさん?には私の秘密の婚約者、レイ・アルファの振りをして、アルガ国境近くの教会、有名な駆け落ち婚用の教会ね、そこに向かって欲しいのよ。ついでに、私の振りもして結婚証明書を貰ってくれたら最高よ。ええ、頼まれて下さるなら、私の持っている衣装と宝石をあなたにさし上げても良くってよ?」
そう、独身女には相続権もないが、結婚したら話は別。
私は両親の信託財産を相続し、悠々自適生活だっておくれるのだ。
それにそれに、相手に愛されなくっても、子供を産めばその子は私の大事な大事な家族となってくれるじゃない?
「どうかしら?」
そこで少年は私に右手を差し出した。
「僕はアーネストです。勇気あるリオナ殿、あなたの提案とあなたの希望、ええ、レイ・アルファとの結婚証明書を手に入れて見せましょう。」
「ありがとう。契約成立ね。」
「ですが、僕があなたの振りをしたとしたら、あなたは?」
「私はあなたの服で男の子の振りをしてこちらに留まるわ。そちらの方があなた方が逃げるにも最適では無くて?」
きゃあ!
ファレルが私の目の前に膝を落とし、というか、騎士が姫か女王にするような礼を私に捧げたではないか!
彼も軍人だったの?
「あの。」
「私はジーン・ファレルと申します。あなたにお会いできたことは、人生最高の幸運です。どうぞ、我々が逃げ延びるまでどうぞご無事で。」
「大丈夫よ。私のレイは取りあえず大佐ですもの。」
「そうでしたね。」
私達は笑い合い、それからすぐに服を取り換え名前を取り換え、夜陰に紛れてその場を後にした。
さて、これで私は安泰だ。
持ち金を失ったが、レイ・アルファの部屋のどこかで寝泊まりできれば良い。
レイに拒否権などもう無いはずよ?
だって、アーネスト達が私とレイ・アルファとの結婚証明書を取ってくれるのだもの。
人生、生き残るには頭を使わなきゃ!
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その三 撃ち殺しておくべき女
俺は伯爵令嬢と名乗る小うるさい商売女を追い払うと、友人の到来が待ちきれないと外に出た。
彼らは今夜の最終前の便でこの町に辿り着き、それから俺の警護で、いや、俺が警護してはそれこそ反逆罪となって彼等の死は免れない、か。
だが、親友が必死に守る幼き王子、アーネスト様を亡くなられた母上様の国、アルガに送り届けねば、王子こそ血を分けた兄王子一派に殺されてしまう。
第一王子の王位継承権はゆるぎないものであるのに、第一王子の母親が身分が低い貴族の娘だった事が災いした。
第一王子本人もその亡くなったご母堂も真っ当な性質であるのに、政権に巣くう権力と金の亡者達は自分達の妄想に勝手に脅え、第二王子暗殺の行動を起こしてしまったのだ。
「いや、もしかしたら、これこそ第三王子の母、愛人でしかないデュポン夫人の差し金やもしれんな。」
裏路地を目立たないように歩き、また、裏路地で交わされる噂話に耳を傾けながら歩いていると、数人の男達に追われている少年の姿が目に入った。
月明りでキラキラ輝く金髪に、紺色の上着の袖口には目立つ銀色のパイピングがしてあり、それは近衛見習の少年兵が着ている上着とよく似たものだった。
!!
アーネスト王子が身をやつすために友人、ジーン・ファレルが考えそうな服装だと思い立ち、思い立ったそこで体は勝手に動いていた。
王子を救い出さねば!
それにしてもファレルは何をしているのだ!
あいつはそれなりな腕の、どころか近衛の小隊長だろうに、戦うすべのない幼い王子を一人にしてしまうとは!
俺は数歩で、そのぐらいの大股で王子のもとへと駆け付け、王子に剣を閃かせたものをその場で斬り殺した。
三人斬り殺し、二人は切ったついでに致命傷じゃ無かったからと、蹴り飛ばして裏路地のわきを流れる小汚い川に突き落とした。
銃もあるがここで音を出すわけにはいかない。
俺の到来と俺の剣に気付くや伏せてくれたという、俺の邪魔にならなかった賢き王子に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?アーネスト王子。お初にお目にかかりますが、私の名前はレイ・アルファ。先日大佐を任命されたばか、ばかり、ばか?」
俺が手を差し出した少年は少年では無かった。
俺に俺の部屋を追い出されたばかりのあの馬鹿女だった。
俺が男が好きだと勘違いしたばかりに、長くてきれいな髪まで切り落として男の格好に身をやつしたというのか!!!
そんなに俺に惚れていたのか!!!!
「うむ。くるしゅうない。では、僕の身の安全の為にお前の部屋に今すぐに連れていけ。アーネスト王子は安全と温かい部屋と、美味しいお紅茶がご所望だ。」
…………撃ち殺していいか?
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その四 先物買いは銭を失ったけど買って良かった
私は驚いた。
追われていたアーネストの身代わりになったのだから、アーネストと別れた途端にアーネストを狙っていた男達が私を追いかけて来た事は想定内だったけれど、追いかけてきた人たちが尋常じゃない人達だった事に失敗したと後悔しきりだったところなのだ。
もう必死に走っていたそこで、真っ黒い影が私に向かって走って来て、なんと、私の真後ろに迫っていた人達をばったばったとなぎ倒して地獄送りにしたのだ。
それが、レイ・アルファよ。
むさい傲慢ろくでなし、だけでは無かったみたい。
って、待ってよ?
外見よし!
煽情小説並みの騎士的行動も出来る!
これはこれは、素晴らしい物件だったようですわ。
私は先物買いの天才ね!
彼が差し出した手に私は自分を讃えながら手を差し出した。
「初めまして、アーネスト王子、ご無事で?」
そこでレイは言葉を詰まらせたが、私も一瞬だけ思考が止まった。
王子?
あああ!
アーネストって我が国の第二王子の名前だったじゃないか!
と、いうことは、私は王子の御身を助けた果報者であり、そんな私への褒美は王子が私に約束してくれた、レイとの結婚証明書、という事になる。
でも待って。
ここでレイが現れたって事は、レイは王子を警護するために部屋を飛び出して来たってことよね。
あるいは、王子を保護して王宮に連れ帰るつもりだった、とか?
まあ!そうしたら王子に託した結婚証明書が手に入らなくなる!
リオナ、考えるの。
考えて、全員が全員幸せになれる道を見つけ出すの。
あのファレルという男、死んでも王子を守るだろうから、あの二人の旅路に追加の人間の投入などそれこそ無駄な話よね。
でも、レイが彼らを追いかけて行ったら?
よし、ここは私が頑張ってアーネスト王子になり切ろう。
そうよ!
男だけしか好きじゃ無いレイを、男だと思わせて襲わせる、そんな既成事実だって作れるじゃ無いの!
頭の中で今後が決まった私は、自分の未来の夫ににっこりと微笑んだ。
「僕の身の安全の為にお前の部屋に今すぐに連れていけ。アーネスト王子は安全と温かい部屋と、美味しいお紅茶がご所望だ。」
ぎりっとレイが歯噛みしたのは、守るべき王子様が自分の理想の少年の姿だったからかもしれない。
フフフ、私もびっくりしてよ?
髪の毛を短く切って少年の姿になった私、悲しいぐらいに女の格好の時よりも美しく可愛く見えたのよ?
アーネスト王子?
自分がこれから女を続けるのも嫌なぐらいに、絶世の美女におなりだったわ。
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その後(5) 欲しい男は狩れと祖母は言った
俺は妻との出会いとか、その出会いから結婚生活に入るまで、とか、実はあんまり覚えていたくはないし、積極的に忘れる事にしている。
機転でアーネスト王子を助けてくれたことは褒めるべきだし、彼女の働きのお陰で国に仕える軍人でしかない俺が、親友と王子、彼らを殺そうと動いていた王宮一派、それらの間に立って悩むことも無くなったのだ。
単なる怪我の功名でしかないがな!
さて結婚に関しては、あの夜から数日後、俺のもとには親友からの手紙がやって来て、そこで俺の未来が決定してしまっただけの話だ。
手紙には異国の人間となった彼が二度と俺に会うことは無いという寂しい前置きと、彼が愛して命を捧げる王子が無事に母親の国に帰れたという報告と、俺と妻との結婚の祝い言葉がしたためられていた。
妻には?
ハハ、彼女が彼らに渡した彼女の宝石に見合う金貨と宝石、そして、当時は結婚などした覚えもない俺の結婚証明書だった。
立会人は親友と王子の連署だ。
覆せるはずもない。
な?忘れたいと普通の男だったら考える結婚騒動だよな?
「ねえ、レイ!どっちが格好いいと思う?」
俺の書斎の戸口に妻が立った。
そろそろ女の格好に戻っても良いと思うが、彼女はあれから二年たっても男の子の格好しかしない。
実はそれなりな胸だって、包帯で縛って男のような胸板に見せているのだ。
しかし社交界では彼女は奔放な麗人として人気者だ。
奔放?
夫となった男に指一本触らせてもいないのに?
まあ、それも仕方が無いだろう。
あっちは伯爵家のご令嬢。
俺はそれよりも爵位が低い家柄の、そのまた庶子でしかない。
彼女が俺と結婚したかったのは、伯爵家遺産の相続と望まない結婚からの逃亡、それだけだ。
「ねえ、レイ?あなたはどっちが好きなの?どっちが私に似合うと思う?」
「――君はどうしていつまでも王子の格好をしているんだ?変装している必要はもうないだろう?」
面倒くさそう、どころか、俺は吐き捨てるようにして言ってしまった。
結婚している事に諦めどころか、俺は二年間妻を見つめている事で、へこたれないどころか失敗を成功に持って行こうとして失敗するような所に、実は散々に笑わせてもらっているのだ。
いや、言おう。
扇で口元を隠して臭い香水塗れの女よりも、石鹸の匂いをさせるリオナこそ腕に抱きたいと二年経つうちに思ってしまっているという真実だ。
そう、俺はリオナと結婚している状態を完全に受け入れているのだ。
いや、語弊があった。
本当の夫婦になれていないことには不満が一杯だ。
先ほどの言葉に、夫婦になれない鬱憤の気持ちがかなりこもっていた、と白状しよう。
まあ、リオナ本人にいえるべきことでも無いだろうが、って、あ?
書斎の戸口に佇むリオナが、いつもと違って俺の言葉に打ちのめされていた。
「どうした?」
「そろそろそう言われる頃だって思っていたの。もう二年も経っちゃったのよね。男の子が好きなあなたを解放するべきかもしれないわね。どんなに頑張っても、私にはあなたは欲情しないみたいだし。」
俺は机をバンと叩いていた。
思い出せ、この女に出会った時と、一緒に住み始めた時のことを!
そうだ!
俺が必死に忘れようとしていたのは、結婚証明書が届くまでの当時の彼女が、いやなぐらいに積極的に俺を襲おうとしていた事じゃないか!
「ひとつ聞きたい。お前は俺に今も襲われたいって思っているのか?結婚証明書が届いたから、俺を誘惑する必要が無くなったのでは無いのか?」
「え?だって、私が、あの、結婚証明書で王子じゃ無いって知られちゃったから、あの、女だってバレちゃったなって、だから、せめて男の子の格好をしたら、間違いが起きてくれるかしら、なんて、あの。え、きゃあ!」
俺は妻を抱き締めていた。
ああ、こいつは思い込みの激しい馬鹿だったと思いながら!
いや、俺こそ馬鹿か、馬鹿者か!
「俺は男より女の方が好きだ。それで、俺はお前が好ましいと思っている。」
「まあ!わたしは男の方が好きよ!それでね、裏路地であなたが無頼者に剣を振るったでしょう、そこからあなたが好きなの!」
俺は妻を抱き締めて、彼女が俺に惚れたと言った日に、俺こそ彼女を撃ち殺さなくて良かったとジンときていた。
いや、今の俺こそ彼女に撃ち殺されてしまったのだろうか?
「こんなことが起きるなんて!行動は大事なのね!行動あるのみって亡くなったお婆ちゃんが言っていた通りだわ!ああ、二年も無駄にした!好きになったら待たずに狩れば良かったのね。」
「本当にそうだな。」
俺は小うるさい女房を肩に担いだ。
今すぐにでも本当の女房にするために。
誤字脱字、多すぎて修正何度もすいません!