混在する絶望と希望
5時45分
ゆみよりも早く目を覚ます
彼女は今無職で別に早く起きる必要も無いだからこそこの瞬間が一番ひやひやする
もしこれで起こしてしまったら朝から雷が落ちる。
雷と言えば雷が小さく見えるほどに
俺は自他共に認める小心者だ
結婚するまでは多少なりとも抵抗していたこともあったが結婚してからは口論した記憶すら無い
ゆっくりベットから出るとゆみは起きずまず一つ安心した
6時
キッチンに立つ
昼飯代は500円もらっているが、そもそもの小遣いが少ないからできればこの500円ですら財布に収めておきたい
だから毎日自分で弁当を作り、家の食費から昼飯代を浮かせている
もちろんわざわざ弁当のために何か買うのでは無く昨日の残りのおかずと冷やご飯、少しばかりの野菜を入れる、これで十分腹は満たされる
またこうやって作るのはコンロを使ったりして無駄にゆみを起こさないためだ
弁当の存在をゆみが知っているのかいないのかわからないが深く言及されないのでこちらからも何も言わないそれが一番波が立たなくていい
もし俺から何か言えばきっと昼の500円すら取り上げられることになるだろう
6時30分
弁当の支度を済ませ
次に朝ご飯を作りにかかる
ここからは彼女が起きてきても文句は言われない
だからこそ違う緊張が背中を伝い出す
もういっそこのまま彼女が起きずただ寝続けてくれればどれほど楽かと思う
そこまでになってもこの家から出て行かないのは自分が小心者なのと彼女のせいだ
もし自分がもっと強い男だったら全く別の行動をしていただろう
もっと言えばそもそもこんな風にはなっていなかっただろう
ゆみがここまで横柄になることも無かっただろうしこんなに緊張した朝を迎えることも無いだろう
こんな風にもしもの話をする自分が本当にいやになる
6時45分
今日はパンにしようと思いパンをトースターに入れた後スクランブルエッグと一緒にハムを焼きだした。
昨日ゆみはあまり酒を飲まずに寝たのできっと朝もそこまで機嫌が悪くなく起きてくるだろう
酒を飲んだ次の日ほど怖いものは無い
眠りは浅くなり小さい音で起きる、二日酔いになれば頭が痛いのを理由に叩かれケータイを投げられる
昔はただ少し気の強い子だなくらいに思っていたが
今となっては恐妻と書かれればゆみを思い出すほどにトラウマだ
だからこそあの時一緒に買い物に行こうと言われたときは嬉しいのか怖いのかわからず曖昧な笑顔で返事をした、なんだその顔はと言われ足を蹴られた。
7時
パンも上手く焼けおかずも美味しく出来た
パンを焦がせば目の前で捨てられるのがオチだが最近はそれも無くなった
日々の努力の賜物だ
さっきの弁当で余った野菜も皿にのせ綺麗な朝プレートのできあがりだ
ゆみじゃ無い女性に出せば毎日喜びながら食べてくれるかもしれない
二人で買い物に行った日近くのスーパーまで車を出た
ゆみと一緒に買いにいくと彼女の欲しいものばかり選ばなければならないのをこの日知ることになる
普段なら値が安いものや量が多いものを買い節制がこの日は彼女が欲しい肉やお菓子をたくさん買った
口を出そうかと思ったが今日一日の我慢と今日から明日に架けて不機嫌な彼女を天秤にかけるとどう頑張っても一日我慢する方にしか天秤は動かない
7時15分
スーツに着替えいつでもでれるように支度をしながら
彼女を起こしに行くか考える
普段なら料理の途中くらいに起き出しテーブルに座るのが常だが今日は少し遅い
もしかすると今日がその日なのかもしれない
もう少し起きるのを待っていることにする
飯が冷めたことに対して怒られるかもしれないなんて少しも頭には無かった
レジに商品を通しやはり普段の会計よりもいくらか高いレシートをもらう
彼女の愚痴を聞きながら車に戻り彼女の愚痴に相づちを打ちながら車を走らせた
パートで働いている薬局での愚痴だ
彼女が怒る理由が理解できることもあるが、大体はゆみが完全に悪い
もちろんそんな時でも彼女の否定はせずただただ周りが悪いと頷く
それしか俺にある選択肢はない、普段なら
なぜかこの日俺は自然に口から彼女の理不尽を正した
それはおかしいゆみが怒るようなことでは無いと言い放ってしまった
買い物まで我慢していたのになぜこのときに限って反抗したのか車の中で怒鳴られながら必死に反省した
7時25分
まだ彼女は起きてこない
先に食べてしまおうかとも考えたが何か小言をきっと言われる
そう思うと手が伸びない
あと5分、5分待って起きなかった起こしに行こうそう決めた
出勤は8時を少し過ぎても間に合う、俺はこれを食べるだけで出て行ける
そう自分に言い聞かせて落ち着かせようとした心臓の音は自分の気持ちとは裏腹に気持ち悪くなるほど早く鼓動している
車を降りた後もゆみはひどかった
こちらが何も言わないのを知っているので一方的に攻められる
お前は収入が少ない、出す飯はまずい、気が利かない、ブスだ、汚い、臭い
言われていることは普段となにも変わらなかった
我慢すればいいんだ、かみ殺して何も考えなればいつも通り過ぎていく
そう思って家に帰り、飯を作り、風呂に入る
いつもならどこかで収まっているはずだった
けれどこの日言われた言葉たちは頭の中でミキサーにかけられたような早さで脳をぐちゃぐちゃにしながら駆け巡っていた
風呂を上がり寝室に行くと何も知らぬ様に寝ているゆみを見て急激に殺意がこみ上げてきた
きっと限界だったのだろう
枕を押しつけ多少の抵抗は見られたがゆみが自分の手の中で動かなくなるのを感じた
このとき俺が思っていたことと言えば自分にはこんな抵抗する力があることに対する驚きだった
この力をもっと早く自覚していれば何か起きたのかもしれないそんな風にも思った
ゆみが動くなった後俺は枕とシーツ、ゆみの服を軽く洗い洗濯機にいれた汚れていたけど洗えば匂いもとれるしまた使えるだろう
その後寝室に戻りもう一度由美の顔を見つめる
もっと苦しい顔をしていると思ったがどこか安らかだった
この死体をどうするか、逃げるか逃げないのか、これからの人生がどうなるか色々考えていたが途中で俺は力尽き気がつけばその場で寝ていた
次の日俺は蹴られて目を覚ました、時間は7時30分
見上げるとそこにはゆみが立っていた
嘘だろと動揺し様々な考えが頭を巡る
殺したはずだ、動かなかったじゃないか、呼吸だってしていなかった、死んでなかったのか、もう警察に連絡したのか
そんな俺を尻目に彼女がいつものよう蹴りながら
「起きたんだったら早く朝ご飯」
と言った
「え」
何も覚えてないのか?
事実ゆみは昨日のことを何も覚えてないようだった、あんなことをして発狂しないゆみでは無い
最高だ!忘れてくれているのなら警察に行く必要も無い
会社を辞めることもないし周りの人間に後ろ指指されることも無い
よかった本当によかった
少し探りを入れてみると昨日一日の記憶がまるまる無いがそれは酒のせいだと思っているようでゆみ自身それを気にかけるようでも無い
それよりも朝起きていなかった俺に対しての怒りの方が大きいようだ
助かった。
いや、、、助かったのだろうか
もしゆみが昨日のことを思い出せば俺は捕まる、思い出さなければこのままの日常を続けなければいけない
それも前よりもずっとゆみのことを気にかけなければいけなくなる
自首しようにも彼女は全て忘れているのだ
何より俺は小心者、そんなことを自分で決めれる訳が無い
気づけばいつの間にか俺はゆみが殺されそうになったことを思い出して目覚めることを祈るようになった
7時28分
彼女が起きてきた
ああ、頼む頼むから思い出していてくれ
もう俺は何が幸せかわからなくなったんだ