第008話 乱獲
街道からそう離れていない大森林エリアでは、最弱のスライム系は例外として兎系、栗鼠系、鳥系、狼系、鹿系、熊系といったような野獣ベースの魔物が多く、レベルも10台前半までのものがほとんどであった。
稀に色違いの希少種も湧出しており、レベルも10台後半かつ取得経験値の多いものもいた。
今のところ倒した魔物そのものが異層保有空間に格納されているだけなので、希少拾得物はアイテムではなくその魔物自体といった感じだな。
魔物がなぜか自身を斃せる冒険者にとって適正レベルの装備品を落としてくれるという、プレイヤーに優しい世界ではないのか、ここは。
いやまだ異層保有空間については詳しく調べていないから、なにかあるのかもしれないが。
だがそれらを狩り尽くし、『時間停止』の効果時間を5時間くらい消費した今の時点で、俺は大森林エリアから山岳エリアへと狩りの範囲を拡大することにした。
ちなみに4時間経過した時点で『時間停止』は再使用可能状況になったが、『時間遡行』は変わらず使用不可能なままだ。
24時間が経過するまではなんとも言えないが、『時間停止』中の『時間遡行』は不可能とみておいた方がよさそうか。
つまり『時間遡行』を使用してから最短でも4時間の間、俺は不正行為能力の使用を封じられると言わけである。
とにかく現時点で俺のレベルは17に達し、1の頃と比べれば相当な強化が果たされている。
今の時点でも主目的である『影狼王』に攻撃を通すことくらいは可能になっているかもしれないが、不正行為による無限レベル上昇連鎖が楽しくて、まるで中断する気にならない。
まだ時間も充分にあるしな。
レベル及び格闘スキルの上昇に伴って、当然武技も新たに複数取得している。
中でもお気に入りなのが移動系武技である『砕拍子』――いわゆる縮地とか瞬歩の類の技である。
これが使ってみるとえらく気持ちいい。
もはや視界に映る表示枠によるコマンド選択を意識することなく発動可能なくらい慣れてきている今、『砕拍子』を発動すれば自分が思っている10メートル以内の位置へ、己の望んだ方向を向いて瞬時に移動できるのだ。
間に岩や木などを挟んでいても問題なく発動できたので、使い方としては超短距離の空間転移魔法となにも変わらない。
コマ落としのように瞬時で切り替わる自分の視界に最初こそ少し戸惑いはしたが、加速された思考も相まって、慣れて使いこなせば即応できる魔物などまずはいないだろうという挙動が可能になる。
停止している魔物相手にではなく、『時間停止』の効果が解けたら一度実戦でも使ってみたいものである。
というか対人で使用したら達人クラスでもなければ、なにをされたかすら理解させないうちに倒してしまえるだろう。
初見殺しはもちろんのこと、知ってはいてもそうそう対処できる代物ではない。
この手の肉弾系の技を駆使すること自体、いつもであれば魔法使い系を使っている俺には新鮮で、余計に愉しいのかもしれない。
現実としか思えない状況で『魔法』を使えるということにも強い魅力を感じもするが、かめ〇め波系の武技も使えるとなれば、普通の人でしかなかった俺にとっては魔法を使うこととなんら変わらないともいえる。
あとは〇空術が使えるようになれば「あの戦闘」を再現することも可能かもしれないと思えば、ワクワクするなという方が土台無理な話である。
この歳になって悟〇の気持ちが理解できるようになるとは夢にも思わなかった。
いやこれは夢なのかもしれないが。
それに武技やスキル単体でも十分に愉しいのだが、俺の知るゲームではあまり見なかった武技やスキルの合わせ技のような使い方がこれまた面白い。
『累』というスキルは今の俺のレベル、格闘スキルであればそれを発動した後6つまで武技を文字通り累て発動することが可能となるものだ。
『砕拍子』であれば6連発動で相手を幻惑することが可能だろうし、間に突進系の武技である『残影掌』を挟めば『砕拍子』→『残影掌』の連携をほぼ一瞬で3セット叩き込むことが可能になる。
『累』自体もスキルレベルが上がればその可能数も上がっていくようだし、将来的にはかなり見栄えが良く、それでいて破壊力も伴った格闘士らしい乱舞系の使い方が出来そうなシロモノなのだ。
正直クッソ楽しい。
これが格闘系の職だけの話であり、まだ王道である剣や大剣、斧、槍、短剣系、各属性の魔法系もあるとなれば、各職で狩りを繰り返しているだけで相当な期間楽しめそうである。
経験上、序盤から楽しめるゲームは神ゲーの可能性が高い。
できることがまだまだ少ない状態でストレスを感じることなく楽しめるということは、できることが増えるにつれ、「あんなこともしたい」「こんなこともしたい」とより楽しくなっていってくれるからだ。
極論すれば、ただスキル構成をあれこれ突き詰めていくこと自体が楽しい。
最悪物語部分がわりとグダグダでも、ハック&スラッシュ部分の出来が良ければ、延々と繰り返すことそのものが楽しさになり得る。
それがコントローラーを介して画面越しに操作するのではなく、現実としか思えない状況で自分自身が行使できるとなれば楽しさの桁が違っている。
完全仮想現実ゲームの目指す究極のカタチとは、きっとこういうものなのだろう。
魔物が木偶状態の今でもこれだけ楽しいのだ。
大前提として充分な安全域を確保した上で、襲い掛かってくる魔物を叩き伏せることができるようになれば、この爽快感は今の比ではないはずだ。
そのうえ今現在も際限なく俺の異層保有空間に積み上げられて行っている拾得物――魔物そのものを冒険者ギルドなり、それこそ俺を馬車に乗せてくれていた行商人のおっちゃんがそれなりの値で買い取ってくれるのであれば、この世界での暮らしも安泰になる。
現代社会ほどの快適さを望むのは強欲が過ぎるかもしれないが、あっちでは望むべくもなかった大金を手に入れての中世風の街での暮らしというのもまた楽しそうである。
ゲームベースの中世風異世界であれば、妙に発達して便利な街である可能性も充分にあるわけだしな。
なあに魔道具と魔力がほとんどの便利なインフラを実現してくれるさ、きっと大丈夫。
『生活魔法』という、大概のことを成立させてくれる便利概念が適用されていることを俺は信じる。
冗談はさておいて、少なくとも旨い飯や酒にありつくことはできるだろう。
冒険者たちが集う街に、娼館などがあるのは当然だろうし。
愉しんで狩りをしながら己を強化し、その過程で手に入れた拾得物で贅沢な暮らしをする。
冒険者としての名を馳せ、権力者たちから一目も二目も置かれる。
そんな風にして「ゲームの世界で暮らせたらいいのになあ」という、ゲーマーであればだれもが一度は妄想したであろうことが実現可能な状況なのだ、今は。
たとえこれが夢だとしても、少なくとも目が覚めるまでは。
もしもここで目が覚めでもした日には、「そこで目覚めんなよ!」と喚きたくなるパターンってやつだな。
馬鹿なことを考えながらも、山岳エリアに入ってから確実に等級が上がっている魔物たちを片っ端から仕留めてゆく。
野獣を基としていた大森林エリアとは違い、山岳エリアではいかにも魔物といった小鬼や大鬼、幽鬼系の個体が主となっている。
小鬼や大鬼は野獣系とは異なり知恵を持つ魔物ゆえか、人と同じようにパーティー単位で群れていることが多い。
魔物にも職は存在するようで、特に小鬼には弓や魔法を使う個体も存在しているようだ。
幽鬼系はただの物理攻撃が一切通じない厄介な魔物だ。
動死体は生系、骨系共に砕けば倒せるが、幽鬼には一切攻撃が当たらない。
最初攻撃がスカったときはつんのめって倒れそうになってしまった。
だがスキル『纏勁』を使えば普通に当たる。
こいつは一定時間通常攻撃を強化するという地味目のスキルだが、物理攻撃特化職である『格闘士』でも幽鬼系を殴れるようになる便利スキルでもあったわけである。
もちろん自分で気づけたわけもなく、一撃スカった直後に視界の表示枠で『纏勁』を点滅させてくれたので判ったのだ。
誰がさせてくれたのかは不明だが、おそらくは涼しい顔で俺の超高速機動についてきている『従魔』――クロなんじゃないかとアタリをつけている。
クロはあくまでも小動物の態を取っているが、俺の知っている猫とはいかに機敏とはいえ、今の俺の人間離れした動きに苦も無くついてきて息切れひとつしないようなトンデモ生物ではない。
俺の身に宿っている便利能力、その一切を管制管理しているのがクロのような気がする。
本当にそうだった場合、クロとはぐれでもしたらえらいこっちゃだな。
今のところ完璧に追従してきてくれてはいるが。
クロを率先して狙うような魔物がいるとも思えないが、そのあたりも警戒しておくべきかもしれない。
もっともクロであればしれっと躱しそうな気もするが。
人に近い知能を持った鬼系、通常物理攻撃が通用しない幽鬼系。
とにかくどんな魔物であれ、『時間停止』の効果中である以上脅威にはなり得ない。
ある程度の試行錯誤はあっても、殴って倒してレベルを上げることの繰り返し。
主観的にもものすごい勢いで大森林エリアから山岳エリアにかけての魔物を乱獲していっている状況なわけだが、客観的に見ればものすごい勢いどころかすべては刹那の出来事ということになる。
『時間停止』の効果時間が切れた瞬間、広範囲で魔物が一斉に消失するという状況が発生するというわけだ。
これがM.M.O RPGなどであった場合、運営キャラが即座にすっ飛んできて俺が監獄に収監されることは間違いないだろう。
いや仮想世界の時間が強制停止されている時点で大騒ぎになっているか。
まさに不正行為能力というわけだ。
山岳地帯の標高が高くなるにつれ、魔物の等級はさらに上昇し、とうとう竜種なども現れ始めた。
それでも成長連鎖に沿って段階を追って倒していっているためか、瞬殺こそできないにせよ俺の攻撃は充分通った。
その結果、調子に乗って山頂付近まで狩り尽くしてゆく過程で俺のレベルは40台に届き、魔物のレベルは50に近づきだしている。
もはやレベル31でしかなくなった『影狼王』を倒すことになんの問題もないレベルにまで至っているのだ。
少々ではなく、間違いなくやりすぎというやつだ。
どう考えてもチュートリアル時点で到達可能なレベルからは大きく逸脱している。
これがゲームであれば、自他ともに認める不正行為プレイヤーが成立していると言えるだろう。
だが今の俺にとっては現実としか感じられない以上、手段はどうあれ可能な限りの安全を追求するのもまた当然のことなのだ。
などという理論武装を行いながら、このまま上げられるところまで上げてやれと思っていたのだが――
少なくともこの山岳エリア、というか今俺がいるこの山ではこれ以上は不可能という状況まで、『時間停止』の効果時間を5時間ほど残した時点で行きついてしまった。
山頂付近の魔物は枯れた――すべて狩り尽くした。
『時間停止』の状況下である以上、魔物の再湧出は望めないし、これ以上狩りを続行したいのであれば一度この山を下りるしかない。
山頂に巨大な洞窟が存在し、そのまま迷宮の入り口になっている感じではあるが、その入り口らしきあたりを守るように眠っている馬鹿みたいに巨大な黒竜がいるのであきらめた。
視界に捉えてもネームもレベルも表示されない。
H.PバーとM.Pバーは表示されているが、一通りの武技を叩き込んでみてもピクリとも減ることはなかったし、あまりの巨躯のためかほんの少しすらズラすこともできなかった。
コイツはおそらくはイベントに連動している名在り魔物であり、なんらかのトリガーを引かなければ倒せる対象にはならないのかもしれない。
あまりにもゲーム的にすぎる仕組みではあるが。
逆説的に名前もレベルも表示されている『影狼王』は倒せるということになるので、ちょっとホッとはしたが。
しかし街道からそう離れていない距離にこんなボスキャラっぽいのがいるというのは……いや俺の身体能力による数時間の移動を経ているので、結構距離はあるからいいのか。
いいのか?
まあどうあれ狩りの対象もいない状況ではこれ以上なにができるわけでもないし、一度下山するしか選択肢はない。
ちなみに現在の俺のレベルは48、格闘スキルは青字天井に達している。
いくつもの武技やスキルを習得し、『時間停止』を発動する以前とは文字通り桁違いの戦闘能力を有するに至っているというわけだ。
さて、まずは馬車まで戻って、さくっと『影狼王』を倒すとしますか。