第007話 成長連鎖
さてと。
意識を常に視界の片隅には表示されている拡張現実っぽい便利地図へと向ける。
と同時、すぐさまそれは俺の視界の中心に移動し、大きすぎず小さすぎない一番見やすい大きさへと調整された。
まさに理想的な仮想現実ゲームの具現化といった感じだ。
自分を中心に表示されているその地図には『時間停止』を発動するまでとなにも変わらず、リィンと行商人のおっちゃんが青い光点で、今のところ手も足も出ない『影狼王』が金の光点で示されている。
双方ともまったく動かないというだけだ。
拡大へ意識を向けるとシームレスに拡大を続け、およそ半径5メートル程度まで拡大される。
もはやゲームの地図というよりは、超高性能な静止衛星による地表映像のような代物だ。
いや、「ような」というよりも「そのもの」だな。
実写映像、しかも動画として捉えられており、試しに俺が上を向いたらちゃんとその仕草をもリアルタイムで捉えている。
ただこの状況で動画である意味を持たせられるのは、俺とクロのみなのではあるが。
まさか鏡代わりに衛星映像を使う経験をすることになるとは思わなかった。
キャラクター・クリエイトの際に作り込んだ、笑えるくらい整った少年の精悍な顔が表示枠には映っている。
この世界での俺と同じように上を見上げている、クロの不思議そうな様子も。
…………。
人間離れしたステータス値やそれを前提とした武技や魔法、それにまさに今その片方を行使している不正行為能力『時間停止』を除外したとしても、異世界仕様の俺は規格外が過ぎないかこれ。
この地図能力ひとつだけでも、大国に召し抱えられるのには十分すぎる能力だ。
武技や魔法が存在するにせよ、いかにも中世風のこの世界における戦争において、ほぼ完璧に戦況を把握できる能力というのはやはり破格だろう。
戦争以外であっても、あらゆることに応用が利くのは間違いない。
まあそのあたりについても後日考えればいいことだ。
今度は拡大ではなく、逆に広域を捉えるべく地図をズームアウトしてゆく。
最初に表示されていた縮尺から無段階で引いていくに伴い、当然地図が捉える範囲も広くなっていく。
だがそのほとんどは地図解放の規則に則り、まだ真っ黒でしかない。
いずれ黒塗りの部分をすべて解放できさえすれば、この地が大陸なのか半島なのか、あるいは島なのか、それに異世界においてもやはり世界は星であるのかすらこの地図で確認することが可能となるだろう。
将来的に飛翔魔法なり、発動地点から一定範囲の地図を解放する魔法なりを身につけられれば効率的に地図を広げていくことができるのだが。
まあハリアーはないので、巨大な亀の上に世界が乗っているということはないだろう。
そんなことを考えつつ、俺は地図の広範囲化をある段階で一旦停止する。
その理由は青と金以外の光点を、未だ地図化されていはいない位置に確認することができたからだ。
その光点とはつまり、非敵性存在であるリィンと行商人のおっちゃん、当面の脅威である敵性存在『影狼王』以外のナニモノか。
新たに地図が捉えた光点の色は黄色。
おそらくはまだこちらに対して敵対意志を向けていない魔物か野獣の類とみてまず間違いないだろう。
人なのであればリィンや行商人のおっちゃんと同じく、青で表示されるはずだ。
いや野盗とかそういうのだったら、人でも黄色で表示されるのかもしれないのか。
とにかく地図として開放されてはいなくとも、その場所に存在する生命体に類するものは光点で表示してくれるということがこれで確定した。
よしいいぞ、これで俺のやろうとしていることは格段にやりやすくなった。
今対峙している敵に歯が立たないのであれば、歯が立つまで己を成長させればいいだけの話だ。
それこそがゲームめいた法則に支配されている異世界の理と言ってもいいだろう。
そのためには今の俺の強さに対して適度な敵――いわゆる「ちょうどいい相手です」が必要になるのは言うまでもない。
そしてこのいかにもゲームっぽい異世界である。
そこへこれもまたいかにもプレイヤーらしい能力のみならず、不正行為能力まで付与されて放り込まれたからには、強くなるための導線は用意されていて然るべきだ。
はじまりの街の周辺で最弱の魔物を倒し、徐々に遠出が可能になってゆく。
あるいは迷宮の低階層の魔物を繰り返し倒すことによって、より深い階層を攻略することが可能になっていく。
ゲームっぽいというのであれば、そういったいわゆる『成長連鎖』が繋がるようになっているハズなのだ。
いや考えてみればゲームでなくてもそういうモノなのかもしれない。
勉強や仕事でも極簡単なモノからこなせるように己が身につけていき、その積み重ねによってやがてより高難易度のモノもこなせるようになるのだから。
そこを無視して急に高難度の仕事をさせても、逆に単純な仕事ばかりをさせていても人は成長できないのだ。
一方で何事にも才能の壁――個々の成長限界という現実があるのも確かだが。
この世界でも成長限界はあるのかもしれないが、まだレベル3に過ぎない現状で憂慮する必要はおそらくあるまい。
とにかく狩るべき獲物たちがいくらでも存在しているのは確認できた。
地図の広範囲化に伴い、黄色い光点が多数存在している位置までけっこうな距離はあるのだろうが、今の俺の身体能力をもってすれば23時間以上かけて行って帰って来られない距離ではない。
同時に『時間停止』効果中の連続稼働可能時間――いわゆる体力の限界やその回復、H.P、M.Pの回復も試すことが可能だし、木の実や川の水を摂取することが可能かどうかも試してみたいところだ。
いや食べ物に関しては行商人のおっちゃんの備蓄を拝借させてもらった方が無難か。
とりあえずこの場でできることはもうないので、全力で黄色の光点へ向かって移動を始める。
本来であれば黄を赤にしないような慎重さも求められるはずだ。
だが時間が停止しているこの状況であれば、黄色がこちらを発見し、敵対意志を以って赤色化することはあり得ない。
それだけではない。
当面の脅威である『影狼王』のレベル31ほどではないとはいえ、現状の俺のレベルである3では勝てない魔物かどうかを確認し、勝てそうもない相手であれば避けることも本来は重要だろう。
よしんば1対1であれば勝てる魔物であっても、至近距離に密集しているようであれば敵意共有によって魔物列車化し、多対1で轢き殺される危険性も無視できない。
通常の『狩り』とはそういうもの。
釣り役が適切な敵を安全な場所まで誘い出し、理想的なパーティーによる1対多でボコるもの。
いやそれはゲームの世界においてさえ、もはや古臭い代物だということを承知してはいる。
だがどうしても俺にとって、狩りとはそう言うものだと沁みついてしまっているのだ。
とはいえそれも『時間停止』の効果中であれば気にする必要もない。
大事なのは攻撃が通るかどうかであって、ほんの少しでも通すことができるのであればノーリスクで倒すことができるのだから。
問題なのは先刻試した『影狼王』への攻撃がレベル差、ステータス差によってH.Pバーを削ることができないのではなく、『時間停止』の効果下にあるものがみな無敵化している場合くらいか。
その場合は一切の干渉を拒むように動かすことすらできなくなっていそうなものだから、言うほど心配はしていない。
そんなことを考えながら疾走を続けていると、視界に表示されているH.Pバーが一定量ポコッと回復した。
つまり俺にとっての時間経過でH.Pは回復してゆくということだ。
じっとしゃがみこんでいたらその速度が上がるのであれば、俺はけっこうはしゃいでしまうかもしれない。
魔物の再湧出を待ちながらしゃがんで回復をはかり、その間狩りのために即興で組んだ仲間たちと無駄話をするのはとても楽しいものだったから。
おそらくこの回復はM.Pにも適用されるであろうから、これで武技や魔法の再使用可能までの時間と、それに必要なリソースの回復も『時間停止』効果中であっても可能だということがほぼ確定した。
これで後は『時間停止』の効果下であっても適正な魔物を狩ることさえできれば、俺はこのまま成長限界まで強化することも可能だということになる。
さて。
地図上の黄色い光点を肉眼でも確認できた。
『四枝角神鹿:レベル9』
それが十頭前後の群れを成しており、水辺で水分補給をしているところだったらしい。
草食系っぽいが図体は『影狼』よりも大きく、レベルも高い。
その名の示すとおり四つの巨大な枝角による直撃を喰らえば、普通の人間であればひとたまりもあるまい。
本来であればこの距離まで人が近づけば確実に察知し、逃走するか迎撃態勢に入っていて然るべきなのだろう。
1対1であれば狩るのに適正な同レベル前後であったとしても、この状況では敵対共有による多対1となることが確定しているので手を出すべき相手ではない。
たとえパーティーを組んでの狩りであったとしても、釣り役がよほどうまくやるか、敵対共有を起こさせない特殊スキルでも持っていなければ同じことだ。
ましてや今現在レベル3でしかない俺にとっては、格上であるレベル9の魔物の群れともなれば論外である。
だが『時間停止』が発動している今、『四角神鹿』の群れは発動された瞬間となにも変わらぬまま呑気に佇んでいるに過ぎない。
最悪攻撃が通らなかったとしても、別の黄色の光点へ向かえばいいだけなのでとりあえず通常攻撃で一番大きな個体へ攻撃を仕掛けてみる。
はじめて『影狼』に攻撃を仕掛けた時と同じ、硬質な手ごたえと澄んだ高音の破砕音が連続して響く。
それと同時、『四角神鹿』のH.Pバーがほんのわずかに減少した。
よっし、レベル3でもなんとか攻撃は通る!
あとは削りきるまで殴り続ければいい。
厄介なのは結構派手に殴った対象が吹っ飛ぶことで、その度に追いかけて殴っていたのでは効率が悪いので、馬乗り状態で地表に向かって連打する。
けして格好はよくないが、誰が見ているわけでもないし良しとしよう。
最初に一匹を削り切った時点でレベルが4に上がり、異層保持空間に『四角神鹿』が一体格納される。
あとは同じことの繰り返しである。
この場にいた『四角神鹿』は全部で11体、そのすべてを狩り尽くす頃には俺のレベルは7にまで上がり、それに伴って各種ステータスは上昇、一体を削りきるまでに要する打撃数も目に見えて減少していった。
武技も『連撃』だけではなくレベル5の時点で『通殻掌』を取得している。
名前からしておそらくステータス等から算出される防御力を無視して一定のダメージをH.Pに与える技っぽい。
ある意味これが『影狼王』にも通るのであれば当面の目的は達成可能だが、『時間停止』という不正行為能力を駆使してノーリスクで強くなれる状況は正直面白い。
どちらにせよまだ23時間以上残っている『時間停止』の効果時間が切れるまでは任意に解除することもできないので、残りが5時間を切るあたりまでは不正行為能力による狩りを続行することにする。
レベルが7にまで上昇したことで各種ステータスは『格闘士』の職特性に伴って相当に上昇している。
『四角神鹿』一体を削りきるまでに必要な通常打撃数の減少はもとより、移動速度も自分でそれとわかるほどに上昇しているのだ。
あとステータスとは別にスキル値も当然のように存在し、『格闘士』として鍔拳を装備して戦闘を繰り返している現状、『格闘』スキルが上昇していっている。
これらは各種装備や魔法といったスキルごとに存在し、それが上昇することによってさまざまな恩恵を得られる仕組みというやつだ。
古き良きM.M.Oのシステムを踏襲しているのが俺にとっては素晴らしい。
だが攻撃系であれば『時間停止』の状況で格上を相手にしていれば上限値まですぐ上がるのであろうが、回避やガード、受け流しや盾の類はそうもいくまい。
このあたりは後々安全に上げる方法を模索する必要もあるだろう。
おそらくはステータスに基づく人間離れした身体能力を駆使する際、自動的に思考をも加速していた要素に絡んでいそうだし。
回避やガードなんかはいかにもそんな感じだしな。
相手の動きが必要に応じてスローモーションになるのであれば、己の身体が反応可能な速度域においては躱すこともガードすることも容易いというのは当然だ。
そんなことを考えながら、地図に表示される黄色い光点を片っ端から狩って回る。