第048話 大海嘯
地上の各所『魔物領域』で異変が発生していることが明確になった以上、マスター・ハラルドもヤン老師も迷宮ではしゃぎつづけているというわけにもいかなかったのだろう。
さすがに即時帰還を決定し、すでに今は冒険者ギルドへと戻ってきている。
というか正式任務を発令していたということは、昨日の時点から異変の発生が確定されることも予測の範疇にあったはずである。
責任者というものは常に最悪も想定して動くものだ。
運よくそうでなかった場合は「よかったよかった」で済む。
その前提であらゆるリソースを効率的に振り分けられてこそ、責任者はそれにふさわしい権限と対価を与えられるのだ。
その上で俺の実験に付き合ってくれていたのだと考えれば、なかなかに剛毅ではある。
いや確認されている異変がレベルを上げて物理で殴ればどうにかなる類のものであれば、もっとも正しい行動をしていたということもできるのだが。
だが残念ながら、どうもそういう感じではない。
そしてその発生原因は今ちょっと嫌な汗をかきつつ、責任者として真剣極まりない対応を行っているマスター・ハラルドとヤン老師の様子を伺いつつ、気づかわし気なターニャさんと二人で豪奢なソファに座って出された紅茶を飲んでいる状況である。
当たり前のようにターニャさんの膝の上にのっているクロはどうかと思うが、俺がこの世界で出会ったすべての女性に大人気だな、うちの従魔殿は。
「攻略対象魔物領域、管理№001から№027まではすべて確認済み、全区域に魔物は存在していません!」
「間違いないな!?」
「はい、派遣パーティーすべての報告を確認済みです。書類は本日中に提出できます!」
「観察対象魔物領域、管理№01から№11についても境界域から目視できる魔物は一体も確認できず。通常時平均は5から6体の確認実績があります」
「管理№04と管理№09についてはB級パーティーによる部分侵入も行われています。結果は接敵、目視による確認の双方ともにありません!」
対策室として開放されているらしい1階の広大な会議室は、報告へと戻った冒険者たちやそれを取りまとめ、張り出されている巨大な迷宮都市周辺の地図へ反映させるギルド職員たちでごった返している。
できるだけ多くの人間が情報を共有できるようにするためか、やり取りの声も怒鳴り声のように大きいものになっている。
だが活気があるというよりは、誰もが殺気立っていると言った方がしっくりくるだろう。
誰もがみな真剣極まりなく、昨日の大型S級魔物による壁内侵入時と何ら変わりない危機感が場に満ちているのだ。
「……あの、ターニャさん?」
「なんでしょう?」
よって原因としてはかなりいたたまれない。
それにこの冒険者ギルドに満ちている危機感から察するに、一週間ほど狩るべき魔物がいなくなるための経済損失程度の問題とも思えない。
報告の内容を聞いているだけでも狩場ではない魔物領域の調査も行っているようだし、そもそも迷宮には常と変わらず魔物が湧出しているのだ。
今日は少々ハイペースでマスター・ハラルドとヤン老師が狩っておられたにせよ、1500名前後と訊いているギルド所属の冒険者たちが狩るのに困ることはないだろう。
つまりはそれ以外の、この異変から連なって発生すると看做されているなにかがあるということになる。
「魔物領域から魔物が姿を消すのは、そんなに拙いことなのですか?」
「えー……っとですね……」
問いかけた俺に対するターニャさんの最初の「えー」は、間違いなく「知らないのか雷〇!?」といった呆れの要素を含んだものだ。
だが俺の正体をある程度は理解できているターニャさんは、気遣いのもとにそれをのみ込んでくれたというわけである。
それが当人にバレていては意味がないとは言わない。
気遣いをされているという事実こそが重要なのだ。
そしてターニャさんが丁寧に説明してくれた内容をまとめると以下のとおりとなる。
世界にいくつも存在している『迷宮都市』では数十年に一度、今回のように周辺の魔物領域から一斉に魔物が姿を消す事態が発生する。
その現象は『凪』と呼ばれ、それ自体にはさほど大きな問題があるわけではない。
だが『凪』が確認された後、必ず『大海嘯』と呼ばれる魔物の大量一斉湧出が発生し、それらはなぜか近隣の迷宮都市を目指して大侵攻を開始する。
まさに津波の如く押し寄せる魔物の大軍は迷宮都市近隣の村落悉くを
呑み込み、時に時代錯誤遺物である城壁すら砕いて迷宮都市をして廃墟となさしめる大厄災となる。
それは神話や伝説ではない。
実際に『迷宮保有国家連盟』に属する諸国や世界組織である『冒険者ギルド』、『聖教会』において正式な記録として残されている、現実に起きた厄災なのだ。
『冒険者ギルド』や『聖教会』の全面的な協力もあって生き延びた迷宮都市もある一方、『大海嘯』に呑み込まれてそこにあった迷宮ごと新たな魔物領域となってしまった迷宮都市もいくつもあるらしい。
なんとか生き延びた迷宮都市であっても、その被害がとんでもない規模となるのは想像に難くない。
そしてここ、迷宮都市ヴァグラムは百数十年前に一度、『大海嘯』を経験して生き延びたという歴史が存在している。
生き延びたればこそ、その際につけられた傷痕の生々しさはただの記録として知っている者たちとは比べ物になるまい。
だからこその、この切羽詰まった空気なのだ。
「――というわけなのです」
あかん。
原因は間違いなく俺だし、『凪』からの『大海嘯』という流れも、プレイヤーである俺からすれば、よくあるトリガー判定からの特殊イベント発生ということで説明がつく。
要はプレイヤーの強さに応じた、経験値や入手アイテムという観点から見れば「おいしい」イベントのひとつだ。
大量の魔物を屠り、その経験値とドロップ・アイテムを大量に収取できるという感じの。
ついでに巻き込まれる村落や城塞都市を救い、わかりやすく英雄として祭り上げられる。
救いきれなかった者たちは、哀しいスパイスとしてイベントに色を添えるというわけだ。
ゲームであればそれでよかろうが、現実となれば冗談ではすまない。
いやゲームであっても仲間になるN.P.Cの取捨選択などという、わりと容赦ない要素が内包されているイベントの場合もある。
それがプレイヤー不在で発生すれば、そりゃ大厄災にもなろうというものである。
逆にプレイヤー不在で『大海嘯』を凌ぎきっている事例があるということの方が、実は驚くべきことだとすら言える。
だが『大海嘯』の規模が、一定期間で一定範囲の魔物をどれだけ狩れるか――どれだけの範囲に『凪』を起こせるかによって左右されるというパターンもある。
一か所の魔物領域を一定期間に狩り尽くせば、それに応じた『大海嘯』が、複数となればその規模も、魔物の強さも上昇するというやつだ。
となれば今回の『大海嘯』は、未曽有の規模となる可能性が高い。
なにしろ俺は半径百数十㎞圏内に及ぶあらゆる魔物領域の魔物を、片っ端から狩り尽くしたのだから。
なまじ便利な拡張現実地図があったものだから、半ば以上意地になって光点を一つも逃すことなく丁寧に磨り潰した。
冒険者ギルドが把握している魔物領域程度の範囲では収まらない。
竜種や巨人種が湧出していた山岳地帯の一か所だけでも、過去のあらゆる『大海嘯』を凌ぐ規模となってもなんの不思議もない。
もしもそうであれば、『迷宮保有国家連盟』や『聖教会』からの救援があったとしても、迷宮都市ヴァグラムが生き残れる目はまずないだろう。
なまじ救援が間に合ってしまった方が、徒に犠牲を拡大する可能性の方がずっと高い。
ただしそれは俺がいなければ、だ。
いや俺がいなければそもそも発生していないとか、とういうのは今は置いておく。
とにかく俺がいるからには、そんな大厄災にはさせない。
自作自演もここに極まれりとしか言いようがないが、ここはきちんと自分のやらかしたことに対する責任は取らねばなるまい。
俺のせいで迷宮都市一つと周辺の村落すべてが壊滅致しましたとか、そんな最悪の展開で異世界生活をスタートさせるつもりはないのだ。
どこぞのゲームの実質7歳のように
「誰も教えてくれなかっただろっ! 俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!」
とか叫ぶハメになることなど、なんとしてでも御免被りたい。
「……『凪』から『大海嘯』までのおおよその期間はわかりますか?」
「記録によれば確認されてから3日から5日とばらつきがあります」
間違いないな。
魔物を一定期間で狩った数に応じて、その再湧出のタイミングに合わせて『大海嘯』は発生している。
『凪』はその流れの過程で必然的に発生せざるを得ない空白期間に過ぎない。
だが現実となっているこの世界では、その期間にできることも数多くあるだろう。
なによりも二つの不正行為能力を有する俺にとって、数日間の猶予は無限の準備期間が与えられているのとそう変わらない。
またしても自分の考えなしから大規模イベントを発生させてしまったことには忸怩たる思いもあるが、発生するのであれば完璧な結末に導いて見せる所存である。
犠牲者なんか、ただの一人も出さずに収めてくれる。
「ちょっと着替えてきていいですか?」
そしてそうとなれば、最大限に有効活用するべきだ。
ただの『竜殺し』というだけでは少々インパクトに欠けるかもしれないと思っていたところでもある。
単騎で伝説の大厄災である『大海嘯』、それも歴代最大の規模のそれを凌ぐという『大英雄』の誕生に利用させてもらうとしよう。
良かった、昨日のうちに『竜殺し』の存在を仕込んでおいて。
「あ、はい。昨日の部屋をお使いください」
「マスター・ハラルドとヤン老師には、俺が着替えてくることをお伝え願えますか?」
「承知しました」
「ターニャさんはそのあと部屋へ来てもらっていいですか?」
「え!? あ、えっと……はぃ」
いや、なにを動揺されてるんですか?
赤面するとか止めてください。
この状況下じゃなくても、そんな誘いを冒険者ギルドで王女様に対してするなんて、文字通り冒険者が過ぎませんか?
危険を冒せばそれでいいってものじゃないと思うのですが。
そういうシチュエーションをやたらと好む層がいることは知識としては知っていますが、まさかターニャさんそうじゃないですよね?
――もしもそうなら、高貴な血の闇が深すぎて怖すぎる。
「『竜殺し』が余計なことを話さない方がいいと思うので、ヒルシュフルト監察官から説明してもらった方がいいでしょう。その内容について説明させてください。あとそのあたりの判断はお任せするしかないのですが、ターニャさんが王女であることをみんなに明かすタイミングとしては、ちょうどいい機会かもしれません」
冗談はさておき、ターニャさんにはこのイベントにおける、ある意味においては『主役』を張ってもらう。
新人冒険者である『真岐 匡臣』が普通の冒険者暮らしを楽しむためには、『竜殺し』に厄介な初期イベントの仕込みをすべてすっ飛ばしてもらって、イベント・トリガー待ちの停滞期間に突入するのが手っ取り早い。
「それは……」
だからこそ俺のまたしてものやらかしを奇貨として、この世界の裏で蠢動している連中を、表に出て来ざるを得ないような状況に引きずり込んでやる。
今回の『大海嘯』は、確かに俺のやらかしだ。
だが勇者無きこの世界において、正確に記録に残されるくらい直近に『大海嘯』が起こっているという事実。
つまりそれは、魔物領域を意図的に『凪』の状態にできるだけの戦闘力を有した存在がいるということに他ならない。
そしてその存在の意図するところは、間違いなく迷宮都市の崩壊。
つまり人の弱体化だ。
実際にいくつかは、それに成功もしている。
だからそれを、ここで止める。
いろんな迷宮都市を攻略して回るのは楽しそうだし、これ以上減らされるのは勘弁願いたいからな。
最悪の場合、数百年の育成を経た存在と相対する可能性もあるので、わりと本気で俺の不正行為能力を全開する必要はあるだろう。




