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第036話 契約成立

「承知致しました。赤竜(レッド・ドラゴン)の対価に関しましては、後日こちらからの提案を一度お聞き願えればと思います。またそれ以外にも我々ができることがあれば忌憚なくなんでもお申し付けくださいますよう。可能な限り対応いたします故」


 ターニャさんの言葉をさえぎって、完全に俺の意を酌んでくれている感じなのはまたしてもヤン老師である。


「助かります。落ち着いたらいろんな情報の提供をお願いすると思います。今はそれくらいですね……」


「承知致しました」


 この世界の歴史とか、自分で調べることと最終的にリィンに聞くこと以外にも、魔法使いとしてそれなりの立場にあるヤン老師からの視点で聞いておくのは無駄ではないだろう。

 エルフに対して否定的である理由にしても、市井の者たちや簡単に読める書籍などよりも明確な根拠に基づいているであろうことは想像に難くないからな。


 それが史実かどうかは置くにしても。


 というかたったこの数分間の間に、嘘だろというくらいにヤン老師の俺に対する態度が、「(うやうや)しい」と俺でも理解できるほどのモノに豹変している。


「ヤン老師……」


 それをターニャさんも理解できているのか、どこか戸惑ったような表情になっている。

 マスター・ハラルドも珍しいモノを今見ているという表情を隠そうとしていない。


 だいたい歳経た妖怪みたいな好々爺がこういう態度の時って、腹に一物も二物もありそうで怖いんですけど。


「図々しいことは百も承知してはおりますが、そのうえでも一つお願いがあるのですが聞いてはもらえますまいか?」


「構いませんよ、俺は冒険者としてこの迷宮都市で暮らしていければそれでいいので、そこから外れない限りはできることには協力するつもりですから」


 ほらきた。


 だがよほどおかしな要求でもない限りそれを俺がのみさえすれば、ヤン老師は俺にとってこの世界の権力者側に立っている最初の協力者とすることができるはずだ。

 少なくとも俺がヤン老師にとっての利益を提供し続ける限りにおいては、向こうから裏切る必要がないのでこっちも要らん心配をする必要がなくなる。


 そういう意味では「己がなにを一番欲しているのか」を初手で晒してくれる相手とはやりやすい。

 交渉としては下策かもしれないが、圧倒的な立場の差がある場合は悪い手とも言い切れないと思う。

 こちらはそれが本当かどうか、常に判断を更新しておく必要はあるだろうけれど。


「では御赦しを得て申し上げます。マサオミ殿には迷宮都市(ヴァグラム)の守護者ではなく、ターニャ王女殿下()()()守護者となっていただくことは叶いましょうや?」


「……俺の利害と一致する限りにおいて、でよければ」


「それはもちろん」


 正直意外な要求が来た。

 それにサラっとターニャさんがこの国の王族である事を晒している。


 俺なら知っていると確信しての判断か、俺が不在の数分のうちにターニャさんから聞いたのかはまだ分からないが、少なくとも今ヤン老師は俺に対してカード(情報)を伏せるつもりはないという表明(アピール)だ。


 俺の方は()()する必要はないが、こっちは腹を晒していますよという。


 ちなみに要求については、今の俺が格闘士に見えたとしてもものの数分で赤竜(レッド・ドラゴン)を斃し、あまつさえ迷宮(ダンジョン)前広場とこの部屋を一瞬で移動していることから、魔法の深奥を知る者と看做した上でのものかなと予想していたのだが。


 先刻(さっき)まさにそのような会話をヤン老師としていたこともあったし。


 その知識を与えてくれとか、そういうやつ。


 成長(レベル・アップ)に伴って魔法も武技も自動的に取得する俺には教えようもないから、お約束ではあれども厄介案件だなとか想像していたらまるで違うものだったでござる。


 だが一応条件を付けてそれを了承してみせた俺の応えに、ヤン老師は我が意を得たとばかりの満面の笑みを浮かべている。


「こういうのは縁もありますからね。承知しました」


 だったら俺にも否やはない。

 それにこれでなんとなく、今のエメリア王国の内部状況が分かったような気もするし。


 こちらから踏み込んだら詳しく聞かせてはくれるのだろうが、今は()()()よりも優先したいこともある。

 アホだと思われないようにカマかけがてらに、ある程度釘を刺しておいた方がいいかもしれないな。


「ただし。できれば()()()から行動を起こすのは、半年ほど待ってもらえたらありがたいです。()()()から仕掛けてきた場合はターニャ王女の守護者として対応することは約束しますけど」


「……承知致しました」


 俺の言葉に好々爺めいて微笑んでいたヤン老師の目に鋭いものが一瞬宿る。


 なるほどこれはこれでお約束展開とはいえるのか。


 王族であるターニャさんがその身分を隠してこの迷宮都市(ヴァグラム)にいる意味。

 冒険者とは一線を画した雰囲気を持っているヤン老師。

 そのヤン老師とは旧知の仲であるらしいマスター・ハラルド。


 まあ考えられるのは定番の御家騒動あたりか。


 迷宮都市(ヴァグラム)をターニャさんにとって安全な場所として選んでいることから、お家騒動も含めたエメリア王家と冒険者ギルド――というよりは『迷宮保有国家連盟(ホルダーズ・クラブ)』との軋轢という線もあり得るな。


 これは棚からぼた餅といえるかもしれない。


 上手くすれば迷宮保有国家(ホルダーズ)であるエメリア王国一国ばかりではなく、この世界ではおそらく二大世界組織の一方である『迷宮保有国家連盟(ホルダーズ・クラブ)』をも味方にできるかもしれない。


 ヤン老師は確実に『迷宮保有国家連盟(ホルダーズ・クラブ)』側の人間だろうし、そうなればターニャさんもそっち側だということになる。


 それに迷宮都市に逃げてきていて、俺というイレギュラーに個人的な取引を持ち掛けてくるということは、少なくともエメリア王国内においてはターニャさんの方が弱い立場なのだろう。


 王家本流の背後にあるのはもう一方の世界組織である『聖教会』ってあたりか。


 世界宗教vs冒険者ギルドという図式は結構燃える。

 どちらかといえば大好物。


 ターニャさんが『迷宮保有国家連盟(ホルダーズ・クラブ)』の後ろ盾を持っていながらも弱い立場におかれるということは、この今の世界において『聖教会』の方が『迷宮保有国家連盟(ホルダーズ・クラブ)』よりも力を持っていると看做すこともできるな。


 絶対に勝てる力を持った上でどちらかの味方につくのであれば、道義的な問題さえなければ弱者に付く方が利が多いのは言うまでもない。

 今の俺くらい突出してしまえば一緒かも知れないが、協力者としてあくまでも裏方にいて前に立ちたくないのであれば、本来勝てないはずだった側を勝たせた方がなにかとやりやすい。


 のだが。

 これはこれでグランド・クエスト開始の引き金(トリガー)くさいのだ。


 これは一本道展開ではなく、マルチ展開系RPGのあれだな。

 プレイヤーが介入できる大筋は一つで、選ばれなかったルートは定められたとおりの結末に至るというやつだ。


 強くてニューゲームが実装されていれば、新鮮な気持ちで何度も遊べる。

 ただし現状は俺にとっての現実である。


 よってこの世界を冒険者として楽しみ、自分なりに理解できるようになるまではできることならこれ以上進めたくはない。

 実際どうなるかはわからないが、ヤン老師はそれも含めて俺の条件だと理解してくれているだろうから、こちらから無理に進めることはないはずだ。


 向こうが仕掛けてきたらまあその時はしょうがない。


 袖振り合うも他生の縁、関わった以上はターニャさんがお家騒動の敗者として退場するのを放置するのも気分が悪い。

 よほどターニャさん本人やその背景に仄暗いところがないのであれば、「先に知り合った」という理由で味方するのも悪くない。


 多少面倒にはなるだろうけれど、圧倒的な力を背景にすれば一方を叩きのめすだけではなく無理やり和解させることすらも可能なことだし。


「よっし、これで契約成立ですね。俺はこの後この迷宮都市を見て回ってから適当に宿取って明日また来ます。それまでに真岐(まき) 匡臣(まさおみ)としての冒険者登録を完了しておいてくれればありがたいです。【39】のほうは問題ないよね?」


はい御主人様(イエス・マスター)。すでにシステム上の登録は完了しております』


「ありがと」


 『籠護女(かごめ)』のことはこれから【39】と呼ぶことにした。


 クロと【39】が今のところの俺の異世界パーティーメンバーだ。

 小動物(にゃんこ)と映像だけど。


 【39】は俺を独り言野郎にしないため、モノリスの代わりに三人にも見える表示枠を映して答えてくれている。


 モノリスが中の人の映像に変わっていたので、三人はかなりびっくりしているようだ。


 いや俺の趣味とかじゃないですからね。

 もとから中の人として設定されていた映像ですからね。


 肩上だけでもなんとなく全裸だと想像できる感じなのがなんかアレだが。


「では今日のところはこれで。明日は冒険者としての基本的なレクチャーとかしてもらえるとありがたいです」


「宿の手配含めてすべてこちらで行うことも可能ですが」


「こういうのは自分でやってみたいものなので……もしも身元確認が必要になったらお願いしてもいいですか?」


 『時間停止』中、暇にあかせていろいろ確認して回ったからはやく行ってみたい店が結構あるのだ。

 食べ物屋や呑み屋に関しては、用意してくれた食事をたらふく食べた後なので明日以降になってしまうわけだが。


 いきなり不動産取得をするつもりもないが、今から行こうとしている店では「身元不明」はいかにも拙そうなので、その件だけはお願いしておく。


「お任せください」


「あ、そうだ。この街のおすすめを教えてもらっていいですか?」


 快諾してくれるマスター・ハラルドに、ちょうどいいのでお勧めの店を聞いてみる。


 ヤン老師の思惑もわかっているようで、そりゃエメリア王国の国民とはいえギルド・マスターともなれば『迷宮保有国家連盟(ホルダーズ・クラブ)』側で当然か。

 つまり今の俺はそっち陣営にとっては最敬待遇者というわけで、マスター・ハラルドのおススメくらいは惜しみなく教えてくれるだろう。


 さすがにこれは御高齢が過ぎるヤン老師に聞いてもアレだしな。


「それでしたら受付嬢の誰かに案内をさせましょう。ティファという貴族出の者が……」


 聞きたいお店の分野(ジャンル)を告げる前に言葉を重ねられてしまったが、いや違います。

そんな女性を連れて行くような店のおすすめ聞いてどうするってんですか。


 俺が聞きたいのはそうじゃないです。

 女性が待っていてくれる方の店です。


 軍資金も充分あることですし。


 実際に自分の脚で調べたから、かなりの規模の『夜街』がこの迷宮都市ヴァグラムにあることはすでに知っている。

 だが規模が大きすぎて、なにも知らない素人がその中から「いい店」を選ぶことはほぼ不可能だと思ったから、失礼ながらまだギリギリ現役であるだろうマスター・ハラルドに聞いたのだ。




「いやそうじゃなくて。マスター・ハラルドおすすめの娼館ってどこですか?」




 ……あれ、ターニャさんがいる前で聞くのは拙かったか。


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