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50年ピースの管理者たち  作者: 宮寺絹
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前章 / 白眉

 時代ごとに関わってきた人の営みと歴史はあるが、やはり始まりを語るなら千五〇〇年前まで遡る。大陸から仏教が伝来してくるより前の、古墳時代中期のころだ。


 少年の住居にある(かまど)より少し大きい薄い板に、四十九(たくさん)の純白が窪みの中へ敷き詰められていた。


 それらはどんな土器よりも滑らかで光沢があるように見えた。一切の汚れを知らず、いつだって触れるのも躊躇うほど冴えわたっていた。少年がもっとも白く綺麗だと思っていた貝の内側など、比べるのもおこがましいだろう。


 これが何であるのかはっきりと聞かされていない。知っていたはずの大人たちは、名前も知らない人の墓を作りに行ったきり帰って来なくなった。

 ただ知らされていることは一つ。

 少年が生まれる前から闊歩するようになった黒くおぞましい厄災を消すには、五十個(たくさん)の中から消えてしまった一個(のこり)を完成させる必要があるという。


 なるほど然もありなん。この純白を間の当たりにすると、身震いがして背筋を伸ばさずにはいられない。有無を言わせない力と凄みを感じる代物だった。


 十人が入れるほどの竪穴式住居の中で、大人たちが躍起になって作ろうとした残骸に囲まれながら、少年は今日も粘土を捏ねている。


 もう誰も、傷付きませんように。みなが安心して狩りをして、稲が穫れますように。


 厄災が音もなく現れると、屈強な男でさえ穴という穴から水を垂らして足を止め、最悪引き裂かれてしまう。食事目的ではないようだ。事切れた肉を齧っているのは決まって野生動物だけだった。

 そしてあの夜より深い黒は、苦労して風穴を開けても跡形もなく蒸発する。あれだけ害があって苦労しても、食料にもならなければ肥料にもならないのだ。

 あれは何も生まない。少年はよく知っていた。だからまだ戦うことのできない己が何とかしたいと思ったのは自然なことだった。


 今日こそは完成しますようにと、ひとつひとつの動作に思いをこめる。


 どうか、どうか。厄災が消えますように。

 願いとするにはあまりにちっぽけな祈りでしかなかった。大勢に影響もなく、ただ煩悩がないだけの気持ちに過ぎない――はずだった。


(あ、あ…………かなえて、やりたい……)


 形になるには不明瞭だった意識が、少年のまっすぐな優しさを通じて粘土に伝わっていく。ずっとずっと注がれていく。


 少年は知らない。これを作るのに、後の数え方を借りて『二十年』かかっていたことを。


 どうか――皆に笑顔が戻りますように!

(それが、己にできることなら――!)


 悲願であった。

 人の声に、ついに粘土が明確な意思をもって応えた。

 五十個目の窪みに嵌るように作られた欠片が白く変色しはじめ、まばゆい光を放ちながら宙に浮いた。欠片は四方に華やぎながら少年より少し成長した姿で顕現すると、音もなく着地する。

 腰を砕けさせて声も出ない少年に、五十個目は向き直った。


「蛻昴a縺セ縺励※」

「ひッ」

「蝸壼他――縺、ア、あ、ああ――」


 少年は知らない。寿命を全うした後に再び作られるようになった一個(よび)は、二五〇年かかっても少年が作ったものに遠く及ばなかったことを。


 五十個目は問うた。

 あの厄災を消し去る事。それは君の願いか。


 少年は最期まで知らない。

 純白は、地球から生まれた力の結晶であった。――到底、人の手で作られる物ではない。

 何も知らぬまま、平穏になってほしいという祈りだけで『消失した五十個目(ほんけ)』に近い逸品へ昇華させたのだ。


 蒼白させた指先を握り、がたがたと震えながらも少年は意思を宿した双眸で五十個目を射貫いた。ずっとずっと、作り始めてから。粘土に込め続けた想いは変わらない。

 これ以上の願いと奇跡がいるものか。


「是」


 微笑った、ように見えた。


 ――その願い……叶えたり。


 そうして五十個目は、他の純白と他の残骸とともに屋根を突き破って消えていった。

 その日の夜。たくさんの光が遥か頭上を流れていき、集落の人々は恐れおののいというが、


 次の日から、黒い厄災は見なくなった。

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