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 私は呆然としている。


 それどころではないのに。

 魔王様に助けてもらったのに。

 起死回生のチャンスなのに。


 魔王様は笑っていなかった。


 微笑んでくれるかと。

 またあの柔らかい微笑みが見れるかと。


 別人も呆然としている。殴られたショックか、戦闘中に横入りされたショックか。

 私をどうこうできなかったのは正直どうでもいいのだろう。

 いたぶりたかっただけだ。恐らく私でなく魔王様を。

 勇者(プレイヤー)を危機に(おとしい)れて魔王様をヤキモキさせたかったんだろう。

 あそこまでされて、そこまで冷静に判断できるのに、やっぱり私は動けない。


 どうしてあんな顔してたの?

 笑うどころか、淡々としてさえしてなかった。

 ―――苦しそうだった。


 私がダメだから。私が情けないから。私が弱くてマヌケで下手くそで。

 たくさんの自虐が沸く。いつもの悪いクセだ。

 でもダメ。今はダメ。負けるな私。

 私は無理矢理顔をあげる。


 せっかくできた敵のスキ。何をすれば倒せる?

 考えろ。考えるんだ。

 今の呆然とする別人はいわば『ボンヤリ』状態という事だろう。

 『ボンヤリ』状態中は攻撃は来ない。

 だが天使はそもそもラッパ使用時以外で物理攻撃は効かない。そして『天使の歌声』ならぬ『天使の波動』で状態無効化する。

 ならば。

 私はまずMPを使って『毒』を掛ける。別人はまだ『ボンヤリ』してる。良かった。次に自分に『回避』を掛ける。回避できる確率が上がるだけだが保険だ。

 別人は異変に気付き『天使の波動』体制に入る。さっき見た限り波動の発動には一定時間必要だ。

 私は急いで、いつぞや岩石ボスを倒した『残りMP分だけ攻撃できる大技』をかまし、そして移動―――。

 しかし先に『天使の波動』が発動してしまった!

「……っ痛!」

 まともにくらってしまった。せっかく少しでもHP削ろうと思って掛けた『毒』も無効化されてしまう。

 そして私もかなりの大ダメージによろけた。


 よろけた―――動ける!

 『痙攣』付加はランダムなんだ!急げ!

 私は再びラッパを鳴らす。高らかな金属音が響き渡る。

 別人は止まる。

 今度こそ別人が動けなくなった!


「こんのセクハラ野郎っっ!」

 私はボコった。心行くまでボコった。さっきなんか目じゃないくらいボコりにボコった。ああこの爽快感こそがゲームの醍醐味だ!ボコるってなんて気持ちが良いの!!やっぱ物理攻撃サイコー!!

「か…勘弁してく」

 とか言う別人をさらにボコった。

 まだ息があるわね。まだボコれるわね。

 締めにまたボコろうとした所を私は止められた。

「そこまでにしてあげて下さい」

 振り返るとエスパータイプ中ボスがいた。

 と、見る間に別人は点滅し唐突に消えた。

 ボス戦クリアの合図だった。


***


 エスパータイプ中ボスさんに連れられて『魔王の回廊』なる所を歩く。


「エスパータイプ中ボスさんはラス前のボスだったんですね」

「すみません」

 隠してた訳でもないのにエスパータイプ中ボスさんは謝る。

「『哀れみの天使』から先『魔王の玉座』までザコは出ません。『魔王の玉座』まで瞬間移動すると宝箱が取れないので、及ばずながら私が徒歩でのご案内となります」

(かしこ)まらなくて良いのに」

 もうエスパータイプ中ボスさんとは4回目の邂逅(かいこう)だ。助けてもらうのも3回目。でも直接話したのは今が初めてかも。

「先程は嫌な思いをさせてすみません。私は案外ラクなので安心して下さい」

「大丈夫。気にしてないよ」

 本当はとっても怖かったけど。過ぎたことだ。ボコったし。


 鏡の間のような所に出た。

 ココが中ボスさんとの戦いの場かな?

 しかし中ボスさんはすたすたと通り過ぎる。

「…戦いは?」

「私が倒れると『魔王の玉座』までの案内役がいなくなります。先に取っておきたい宝箱もあるので」

 ああなるほど。

 そして例によってややこしい隠し部屋から打倒魔王アイテムを手に入れ、さあ今度こそと思う所にまた茶々が入る。

「戦う前にもう1つ寄りたい所があります。宜しいですか?」

「…今度は何?」

 何か含んでいる気がしてなんとなく不機嫌になる。

 中ボスさんは淡々と

「魔王様を倒すとゲームクリアで終わってしまうので、その前に隠しボスの所へ行きたいのです」

「え?隠しボスってクリア後特典じゃないの?」

「古いゲームなので『クリア後』はないのです。やり込み要素キャラではあるのですが」

 ううんなるほど。

「私は簡単ですし、隠しボスは倒す必要がありません」

 うわヌルゲー再び。

「話したいだけです。いいですか?」

 中ボスさんは淡々と私を見つめる。

「…いいよ。手短にね」

 私はこの穏やかな表情に弱いな。

「ありがとうございま」

 す、と共に場所が変わる。

 中ボスさん、仕事早い。

 私は辺りを見回す。


 そこは今までと様子が違っていた。

 雨が降っていた。

 目の前には大きな枝振りの桜が、満開の花を揺らしていた。


 隠しボスは桜の下にいた。

 人型というよりカニと甲虫を足して2で割ったような姿の大柄な隠しボスは、雨に濡れながら花を愛でてるように見えた。

「彼は人語を話せませんが」

 中ボスさんが私に傘を渡す。

()()で話したかったのです」

 中ボスさん自身はサイコキネシスだかなんだかで雨を弾きながら隠しボスの所へ歩く。

 私もついていく、心がざわざわしながら。

「もう気付いてると思いますが、魔王様は2人います。貴方の知っている『第1形態』と、貴方の知らない『第2形態』と」

 うん知った。さっき気付いた。

「魔王様第2形態は『哀れみの天使』同様、その全貌を知るのは第1形態だけ。貴方には苦しい戦いになると思います」

「中ボスさんが話したいのって攻略(それ)じゃないよね?」

 まだるっこしいのはキライだ。それに予感がする。

「この場所が大事なんでしょ?ここは…私が連れて来られる直前の場所に似てるもの」

 雨の中の桜。

 誰も愛でてはくれないけど、それは夢みたいに美しくて。

 中ボスさんは柔らかく笑う。

「このゲームは色々ダメですが、クリエイターは何故かこの場所だけは大事にしたようです」

 隠しボスがコチラを向く。

 穏やかな空気が流れる。

 まるで静かな雨のように。

「初期案ではココがラスボス戦の場所だったんです。物語の関連性ゼロなので却下され、それでもクリエイターが諦めきれなくて城の一角に残し、最終的に隠しボス戦の場に」

 え?

「このゲームのタイトル『ケラソスの魔城』の『ケラソス』は何かご存じですか?」

「…魔王様の名前?」

「魔王様に名前の設定はありません。『ケラソス』は元は古代ギリシャの都市名から来る、意味は『桜』です」

 サクラ?

「オリジナリティもない古いゲームですがそこだけ、桜だけはクリエイターの気持ちが入っていたのでしょう。それがいつか魔王様の命になったと思うのです」

 ああ。

「よっぽど桜が好きだったんでしょうね。しかも雨の中の。誰も見てはもらえない桜を愛せる人を、このゲームは探していたのかも」

 よく見ると隠しボスの腕がたわんでる。

 無理させたからだ。

 設定にない『(おり)破り』を私がさせた。

「ラスボス戦の前に貴方に知って欲しかったんです」

 その隠しボスの手を優しく包んで中ボスは振り向いた。

「私達は貴方を待っていたと」


 隠しボスは穏やかに佇む。この魔物は花守(はなもり)なんだ。ゲームの建前でボス設定となったけど、ただ魔王様の代わりにココを守らせる為だけに生まれた。


 そして魔王様はこの世界を知って欲しくて私を(さら)った。


「…ありがとう」


 何がありがたいんだろう。

 自分で自分がわからない。

 それでもどうしてか嬉しくて、

 私はまた泣いてしまっていた。

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