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階層は上がる。私は進んでいく。
どのボスもみんな魔王様のように優しい。苦しい。
でも負けない。決めたんだ。
相変わらず丁寧に攻略を教えてくれるけど、それでも難易度が上がってくる。
少しだけど息が上がる。でも頑張らねば。
今はこの魔城の高層階。
魔城四天王の最強ボスと対峙してる。
あと何階上がれば最上階なんだっけ。教えてもらってるのに麻痺してくる。
低く穏やかな声が響く。
「…姫、大丈夫ですか?」
丁寧に優しく教えてくれる攻略を何度も外し、かえって大打撃を受け膝をついた私に、今回のボス『哀れみの天使』が気遣うように声を掛ける。
「…ごめんなさい。下手くそな勇者で」
「そもそもココまで来れた勇者はいません。私も初めての戦いが嬉しくてやり過ぎました」
「謝らないでください。敵同士なんだから」
かえってやりづらくなる。
「『同士』ですか。なんだか嬉しい言葉ですね」
天然な返事をして『哀れみの天使』が微笑む。
色素の薄い整った顔。
後ろの白い翼が無ければ誰かを彷彿させる。
階層が上がると魔王様度も上がるようだ。
「…私は『集中力がない』という設定があります。『ボンヤリ』していますので今の内に回復を行って下さい」
『哀れみの天使』が気遣う。
なんだか自分が情けなくなる。
でも泣かない。決めたんだ。
歯をくいしばる私を『哀れみの天使』がボンヤリ見つめる。
「…姫は」
『哀れみの天使』が話し掛ける。誰かに似た柔らかい笑みで。
「笑うとどんな感じになるんでしょうね」
「戦いに不要な会話はキライです」
ただでさえ似ててコッチは不安定になるのに、精神攻撃やめて欲しい。
だが『哀れみの天使』は引かない。
「初めて姫がいらした時」
私は顔をあげる。
「意識のない貴方を見て最初に思ったのは『助けなければ』でなく『笑ったらどんなだろう』でした」
ああやっぱり。
天使な時点でうすうす気付いてた。
「私を治した『唯一治癒を使える中ボス』って貴方なんですね」
『哀れみの天使』は笑みを深める。
「姫は頭の回転が良いですね。それに負けん気も強い。おっとりしていてどこか抜けてる魔王様にピッタリだと思います」
誉めてくれてるようだけど、存外に魔王様を貶められててイラッとする。
それに何?ピッタリって?
「私を倒すのは大変だと思いますが頑張ってください。それが魔王様を倒す『鍵』となるでしょう」
私が体力回復できたのを確認し、『哀れみの天使』が再び動き出す。
「このゲームのトリックは中盤のイベントのみです。しかし古いゲームの故に今となってはトリックとなった事があります」
『哀れみの天使』が謎めいた表情を浮かべる。
「そのトリックがあるのは魔王様と―――私だけです。ただ魔王様はもう1つ何かをなさったようですが」
背中の翼を広げる。攻撃体制だ。
「謎かけです。『天使』の呼称を持つのに何故私に光輪がないのか」
私も教えられた通り身構える。今度こそは成功させなければ。
「答えは私を倒したらわかります。―――――お教えした通りMPは温存されますように」
『哀れみの天使』が手を拡げおもむろに歌いだす。状態無効化『天使の歌声』発動だ。その次は高確率で攻撃だ。
もう失敗は許されない。私は天使タイプが攻撃する時のみ有効な『審判のラッパ』を握る。
歌が終わる。今だ!
私は高らかにラッパを鳴らす。金管楽器特有の華やかな音色が周囲に鳴り響く。
初めて『哀れみの天使』の動きが止まる。アイテムの効果「一定時間全ての攻撃が有効」が発動した。
今度こそタイミングが合ったんだ!
「だああああっっ!」
私は一足跳びに近づくと動けない『哀れみの天使』をボコった!
効果発動中でないと『いかなる攻撃も無効』なので倒すのは今しかない。MPは使うなと言われてたので、ひたっすらボコってボコってボコりまくった!
『哀れみの天使』が倒れる。でもまだHPが残ってる気がしてさらにボコった。我ながらやり過ぎたとは思う。
その時だった。
倒れていた『哀れみの天使』が何故か点滅して―――消えた。
そして次の瞬間、『哀れみの天使』の面影を残した別人がそこに現れた。
白い翼は2翼から6翼へ。そして今までなかった光輪もついている。
まるでパワーアップした『哀れみの天使』みたいだ。
「初めまして、ですね姫君。私は『哀れみの天使』の第2形態をやっております」
別人は優雅に微笑んだ。
***
「容量が少ない頃の苦肉策ですね。1人のキャラに『第1形態』『第2形態』と付加するのでなく、『第1形態』キャラ、『第2形態』キャラと2人キャラを作り条件付けで繋げる―――」
別人は微笑みながら説明する。
「つまり『第1形態キャラがヤられたら、第2形態キャラが現れる」と条件付けしてる訳です。姫君の感じてる通り我々は別人です。姫君には不利なトリックですね」
その微笑みは優雅にも不穏な空気を纏う。
「私の第1形態も魔王様第1形態もこのトリックがなんとかならないか色々試してましたよ。条件を変えるとか、せめて姫君に事前に伝えられないかと」
微笑みながらジリジリと近づいてくる。私はラッパを片手に身構える。
「させませんでしたよ。誰がこのチャンス逃すものか。条件クリアしないとこの世界に発現もできない我々の気持ちわかりますか?」
「じゃあ発現させた私に感謝してよ」
睨み付けると優雅に会釈する。隙さえあれば今、攻撃仕掛けるのに。
「ええ感謝してます。だから姫君が魔王様第2形態に辿り着くのを止めません。最終的にはキレイな身体でお届けしますよ」
うっとりするような美しい顔の、唇の端が僅かに歪む。
6翼の翼と共に手を拡げ、おもむろに口を開ける。状態無効化『天使の歌声』が来るとラッパを構える。
しかし束の間タイミングが遅れた。別人の口から出たのは歌声ではなく波動だったから。
「……!」
痛い。それなのに動けない。
今までなかった状態異常『痙攣』が私を襲う。
「当然ですが技も効果もレベルが上がるのですよ。どうですか?痛いですか?」
歌うように別人は語り掛ける。
頭がチカチカする。よろめく事さえできない。
「倒す気はありませんが、なぶるのは構いませんよね?ああもう1つ技があるのです姫君」
楽しくて堪らないといった体で別人はさらに間合いをつめる。もう私の目の前だ。
つと私に触れる。ぞわりと悪寒が走る。
構わず別人は触れたままの指をつつつと上に滑らせる。
気持ち悪い、やめて。
「『痙攣』中の姫君に」
別人の指は危うげな場所をわざとゆっくり通過し私の頬に辿り着く。震える事もできない私の頬を両の手で包むと感触を楽しむ為かねっとりと擦る。
「『魅了』を掛けると、一定時間貴方は私の思いのままになる」
さらに顔を近づけて頬擦りをする。
肉の薄い滑らかな肌がゆっくりと私の頬を滑る。妙に生暖かい。恐い。
「今までこの世界には『魅了』もありませんでしたね。男子が遊ぶ想定のゲームで男の私に与えられたのは、本来ギャグのつもりだったのでしょう…あるいは」
別人は耳許で囁くとそっと顔を離す。でもまだ顔が近い。早く『痙攣』解けてお願い!
「あるいは女子勇者への配慮もあったのかな…ああ『魅了』の掛け方を話していませんでしたね」
ゆっくりと指で私の唇をなぞる。そのまま抗えないよう指を中に差しいれ、ゆっくりと私の口を抉じ開けさせる。いやだ助けていやだ。
「…キスするのですよ…こうやって」
助けて!助けて!助けて――――――
その一瞬、別人が消えた。
正確には別人の位置が横に反れ、その頬に拳がめり込んでる。
拳の主の隣にはエスパータイプ中ボスさんがいる。拳の主自身は後ろ向きだからコチラからは顔がわからない。
わからないけど。
「私の命に従わない配下は、原則私の判断で抹消可能だ。わかっていての行いと見るが良いか?」
「……私の…私の美しい顔を…」
別人は殴られたショックから立ち直れないようだ。
エスパータイプ中ボスが後を続ける。
「ちなみに例外適用は『隠しボス』だけです。我々は勇者を楽しませる為にあるのであって、勇者を楽しむ為にあるのではありませんよ」
「……魔王の犬があ!」
別人が吠える。
「仕切り直しなさい。世を楽しみたいなら不埒な事をされないよう」
拳の主がエスパータイプに何か呟いている。
去るんだ去ってしまうんだ。
『痙攣』が解ける。
私は必死に拳の主へ手を伸ばす。
束の間、柔らかい白い髪に触れ―――
魔王様は振り向く。
そしてそのまま消える。
魔王様は笑っていなかった。