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魔王様は一言も話さなくなった。
それまであんなに色々説明してくれてたのに。
今も静かに私の前を歩く。
私のせいだ。
私がへこたれたせいで、それまでのほんわかムードをぶち壊してしまったんだ。
「魔王様」
魔王様はだんまりのままだ。
ザコ魔物さん達が変わらず丁寧に誘導してくれるので、戦闘で困る事はないし、隠し部屋も宝箱もしっかり案内してもらえる。物理的にはなんの不自由もない。
「…魔王様!」
さっきから見えるのは魔王様の背中ばかり。
嫌だ。このままは断じて嫌だ。
「魔王様お願いです!何か話して下さい!」
私は、先を行く魔王様の手を取った。
振り向く魔王様はやはり淡々としていて表情が読めない。
「私が魔王様を怒らせたなら謝ります!だから――」
「いや」
やっと話してくれた魔王様の返事はそっけない。そして私に手を取られたまま、先へ先へと変わらず歩いていく。
「ごめんなさい!お願いだから!」
私は必死だった。
私はいつも下手を打つ。人の気持ちを推し測れないんだ。だからサークルだって学校だってお母さんだって。
「コウミ」
ようやく魔王様が足を止めてくれた。私はホッとする。
「この部屋が次のボス戦の部屋だ」
気付くとそこは大広間のようになっていた。奥に魔王城と同じような玉座がある。
そして玉座には誰もいない。
「本来ココでイベントが起きる」
淡々と魔王様は説明する。
「勇者がココへ辿り着くと、あの玉座に囚われの姫がいる。二人は束の間の逢瀬となるが、実は私が姫に成り済ましている」
それが、魔王様の話してた唯一のトリックなのか。
「騙された勇者は強制的にHPを半減させられボス戦スタートとなる」
魔王様は私の手をほどくと、距離を取って対面する。
「『HP半減』と『魔王戦』は初期設定から動かせなかった。貴方はココで私と戦ってもらう、まず私に負傷させられてから」
魔王様の纏う雰囲気が変わる。
それまでの穏やかな雰囲気が禍々しいものとなる。
そうして私は目を見張った。
魔力を使えないはずの魔王様の後ろから、同じく赤い目の邪悪な何かが陽炎のように浮かび上がってくる。
「あ…」
その何かは一瞬にして私に襲いかかった。
何が起きたかわからない。
何かから強烈な一撃を受けた気がする。痛い。凄く苦しい。
今まで私を傷つけようとなど微塵も感じさせなかった魔王様の心変わりと同じくらい、痛い。
なおも襲いかかろうとする何かを魔王様は制した。
「半分だけと言った」
一瞬揺らめくと、瞬く間に何かは魔王様の背中に消える。
何か――――姿は把握できない。
ただ魔王様と同じ赤い瞳だった。
まだ何が起きたのかわからない。
体がグッタリする。
大抵のゲームではプレイヤーが負傷しても、怪我するグラフィックはない。
まして30年前のゲームだからか私も外見は無傷のままだ。
でも明らかに体調が悪い。HP半減どころか『毒』か『病気』か、一定時間ごとにHPを削られる状態異常も懸けられた気がする。
荒い息の私に、しかし魔王様は何もしない――攻撃も、しない。今は。
でも。
「…どうして」
どうしてなんて言える立場じゃないのに。
「どうして…嘘ついたんです?魔力ないなんて」
「コウミ」
「今の魔力ですよね?状態異常は魔法か特殊武器でしかできない。そもそも魔王様は素手ですよね」
「状態異常は想定外だ。急がないと」
魔王様の返事は答えになってない。
「信じてたのに!」
クラクラしながら私は吠える。
「魔王様は天然だけど穏やかで気遣いさんで―――私を大切にしてくれる。決して嘘はつかないって!」
魔王様は私に近づく。
「来ないで!」
魔王様の動きが止まる。
「今までの話も全部嘘なんだ!魔王様は私を騙してこの世界へ閉じ込めたんだ!」
「…すまない」
魔王様は再び間合いをつめたかと思うと、私が反応するより前に私を抱きしめた。
違う。抱きしめたんじゃない。
魔王様は片方の手を私の背中に回し、もう片方の手で私の腕を武器ごと掴むと、それで一気に魔王様自身を深く―――――――
―――突いたのだ。
例によって身体損傷のグラフィックはない。
魔王様はよろけながら私の体から離れる。
わからない。状況がわからない。
魔王様の気持ちも私自身の気持ちさえわからない。
予定調和なのか、スタート地点に連れてってくれたエスパータイプ中ボスが現れる。
「…コウミ」
魔王様は中ボスの肩を借りながら、突いたままのポーズの私に話かける。
「このボス戦は、魔王のHP半分まで攻撃する事でクリアとなる」
なんでこんな時まで淡々と説明してるの。
「中ボスがココに来れたという事は条件クリアという事だ。今、私が去れば玉座の裏に万能回復薬の入った宝箱が出現する。それを服用すれば貴方の体は元に戻れる」
白い顔の魔王様は柔らかい表情に戻って笑む。
「恐い思いをさせてすまなかった」
エスパータイプ中ボスが魔王様を抱えて消える。
混乱する私をひとりぼっちにして。
現実でもゲームでも、私は意地っ張りでダメな奴なんだと思い知らせながら。