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新歓――――新入生歓迎会とは新入生を歓迎する為の会だと思う。
決して新入生が歓迎会の為にお花見の場所取りするものとはちがうと思う。いくら今年は寒波の影響で桜がいまだ満開前だとしてもだ。
決して決して入ったばかりで風邪気味な新入生の女に、雨の中を丸1日場所取りさせておくものでは。
決してないはずだ。
「…びやっくしょいっ!」
頭痛い、喉痛い、鼻で息ができない。
お花見用のビニールシートが溜池化する中、さっきから何回も鳴らしていた携帯がやっと繋がる。
先輩の甘ったるい声が聞こえる。
「あ、香美ちゃぁん?今どこぉ?」
場所取りさせてたのお前だろ。
ガンガンする頭をグリグリと拳で押さえ込みながら
「…花見公園でず。皆ざん何時に来られるんでじょう?」
対する私は思い切り鼻声だ。
「あれぇ?言ってなかったっけぇ。雨止みそうにないから居酒屋に変わったのぉ」
聞いてないよ。なら電話出ろよ。
「待ってるからぁ今から来なぁい?」
「…ぢょっど体調悪いんで、今日ば帰りまず」
「え~…じゃあビニールシートは部室に片付けといてねぇ。ビショビショじゃぁ嫌よぉ。じゃねぇ」
部室の鍵頂いてません、を言わせず電話を切られる。もう一度掛け直してももう繋がらない。
とりあえず畳んでおこうとシートを引っ張りあげようとして、水を含んだ重たさに歯が立たず転んでしまう。しかも顔から。
とっくに化粧は落ちてるけど、さらに泥まみれになりながら、誰もいない雨の公園で立つのもしんどく濡れたまま座り込んだ。
…いっつもこうだなぁ。いつだって頑張ってるつもり。役に立ちたい認めてもらいたい、喜んで欲しくて受け入れて欲しくて。
妹しか眼中にないお母さんに振り返って欲しくてイイ大学入って。でもやっぱりお母さんは振り向かなかった。
サークル活動もこの通り。
そういえば高校の部活も空回りだった。そもそも高校も。中学も。なんなら小学校も、保育園も。
『人に大切にされたいなら、自分から人を大切にしなさい』
遠い昔に保育園の先生から言われてここまで頑張ってきたけど、世の中そう上手くはいかないらしい。
「…誰がにメヂャメヂャ大切にざれだいなあ」
そうしたら私も喜んで大切にする。メチャメチャその人の為に頑張るのに。
頭痛い。ちょっと息するのも辛い。座り込むのも辛くなってシートの上に仰向けになった。
そうして初めて視界一杯に桜を感じた。
暗い空に張り巡らされた黒い枝に、白く浮かぶ無数の花。ほんのり紅が霞むその小さい花々は、天からの水滴に打たれる度、その全てに淡い光の輪を放つ。幾重にも幾重にも光は円く放たれ、その輝きごと私へと降り注ぐ。冷たく美しい光の夢幻。本当に夢みたい。雨のお陰でこんな希なる美しさを見せてくれるのに、その雨のせいで誰も見に来ないなんて。可哀想な桜の花。せめて私が貴方を愛でてあげる。ああ頭痛い。 雨に全身打たれて益々しんどくなる中、視界の端にふと人の気配を感じた
雨の音で消されていたか、急に現れたかのような感じがして、視線だけ動かしその姿を確認する。
私以外も場所取り酷使されてる人がいるんだろうか。
その人は傘もささず、長く白い髪をユラユラなびかせている。雨でも髪ってなびくものなんだ。
なんだかこっちに近付いてくる。
髪は白いのに瞳は赤い。
キレイな顔だけど男の人?
人間なのに頭に山羊の角みたいなー
「…『大切にされたい』のか?」
「?」
「『大切に』すると約束したら、私と来てくれるだろうか」
「…何処べ?」
「私の所へ」
…なんだかプロポーズみたい。
頭痛過ぎて幻覚始まってるのかな。ああでも後で後悔しても、こんなキレイな人に求められるなら悪くないなあ。
「いいよ」と言いたいところだけど
喉がヒューヒュー鳴るばかりで上手く声が出ない。
だからなんとか頷いてみた。
その途端ぐわんと頭が鳴った。
私の意識はここまでだった。