旅の始まり
木造の床の板を引き抜き、大男が転ぶように仕掛けるが、大男はすんなりと、回避する。
「心が読めるって言ってるのがわかんないのかね」
「わかった、俺の敗けだ、奴隷にでもしてくれ」と俺はボソボソの声で話しかけた。
時間を稼ぎ回復し、走れるようになれば逃げ切れるはずだ。少しでも時間を……この思考も読まれてるのか。
大男は高らかに笑いながら、
「ご名答、逃がしなんてしねぇよ」と底冷えする声で言った。
俺は切れた口の中の血がじゃまで、生理現象で血を吐いた。
男のズボンにかかる。
俺はこの状況から学びを得た。考えなければ動きは咎められないようだ。
大男は油断してたようで、大急ぎで俺を捉えにかかったが、なにも考えず、ただ身体の動きたい動きのままに動き始めた俺は身体を強化し逃走に成功する。逃げることだけは誰よりも得意なのだ。だから、おかあさんは死んで俺は生きている。
大男は俺が冒険者ギルドから出ると追いかけては来なかった。
そこまで固執しても無かったのだろう。大男はいつでも俺を殺せた。考えないことを思い付かなければ死んでいただろう。
この世界の仕事は全て親から子供に受け継がれる。俺に仕事はない。
冒険者としても受け入れて貰うことが出来なかった。
おかあさん、俺になぜ生きると言ったんだ……
*
ごみを漁り、物を盗み、路地裏で寝る。
足の速さが、俺の糧であり生きられている理由だ。
盗みをしてまで俺は生きるべき人間なのか?
おかあさん……まだ俺は死んではいけないのか……
*
暗闇の音が聞こえる。
生命の息を感じない、寒さが体の真を埋め尽くしていた。
今年の冬は乗り越えることが出来ないだろう。
小さくなり雪を避けるため、木の下でうずくまり横になった。
おかあさん……もういいよな……
*
暖かい、俺は死んだのか? 意識がある……死後の世界か?
ゆっくりと体を起こす、当たりを見渡すと暖炉と鍋でスープを温める老婆がいた。
「目が覚めたかい?」と、引き吊った笑いを浮かべながら話しかけてきた。
「なぜ助けた」と俺は返す。
「人を助けるのに理由が必要かい?」
「必要だ」
「なかなか悟い子のようだねぇ、だから生きてこれたわけか」
「どういう意味だ」
「あんたも、うすうす勘づいてることだろうよ」
「何の話だ?」
「まあ、この世界があんたを嫌ってるってことさ」
キッキッキと笑って、老婆は温かいスープを俺の前に差し出した。
「ほら、飲みな」
「何を企んでるんだ」
「人に優しくされたことのない人間は、好意を簡単に受け取ってくれないからこまるねぇ」
「俺は知ってるのだよ、おかあさん以外の人間は皆敵なんだとな」
「そうかい、そうかい、結論から言うと、あんたを助けて私に特があるんだよ」
その言葉を聞き、納得は出来たが理解は出来なかった。
俺を助けて何の特があると言うんだ?
「結論から言おう、あんたはこれから、宝を見つける。この石があんたのことを、不運から普通程度に守ってくれるおかげでね。絶対になくすんじゃないよ」
そう言って皺の多い右手から差し出されたものは、黒に近い深い紫色の石だ。
「あんたは、何者なんだ?」
老婆は俺の質問には全く答えず。
「さあ、スープを飲みきったら、すぐ出て行くんだよ。もう昼だからね、それと約束事がある。宝を見つけたら半分は私によこすんだよ」
「俺にはそんなことは無理だ」
「あんたが生きるには、それ以外方法はないよ」
俺の心でくすぶっているものを、この老婆は理解しているようだ。
「さあ、旅立ちの日だよ、人間はね前に進めば前に進むんだよ」
「それは、当たり前じゃないか?………」
一人の少年の旅が始まった。小さき少年は何を見つけ何を手に入れ、何を失うのだろうか。
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