第三話:『首都についたら』2
「はー、食べた食べた~。」
「アルマさん食べ過ぎですよ・・・太りませんか?」
「食べたらその分動けばいいのよ、動けば!」
二人で昼食を済ませたがどの店も観光価格なのか高い、その分質はいいのだろうが冒険者としては結構財政が圧迫されて辛いところがあった。
でもまぁ、せっかくの観光気分だし今まで野宿で質素な食べ物を食べてきたからたまにはいいか・・・。
と、目こぼしをすることにした、彼女が言うようにやっぱり楽しんだもの勝ちなのかもしれない。
「この調子で使っちゃって、お金大丈夫ですかね?」
「なぁに?夕霧はみみっちぃわね~、少しくらいはいいのいいのっ!財布の紐を固くしても楽しめないんだから。」
・・・財布の紐は今後私が管理しないといけなさそうだ、このまま彼女に任せていたらすっからかんになりそうな気がする。
「次はどこ行こっか、行きたいところとかある?」
「まだどこか回るのですか?観光とは言えあまりお金を使いすぎるのも・・・。」
そうやって他愛のない雑談をしていると、大きな鐘の音が聞こえてきた。
アルマさんに鐘の音の事を聞いてみると、どうやら大聖堂の正午を伝える鐘の音だそうだ、まるで空気が直接震えているかのような重々しくて荘厳な音だ。
「そうだ、大聖堂に行ってみる?今から行けば正午の礼拝も終わって人がはけてるだろうし。」
「大聖堂ですかなんだかまたすごそうですね、案内してもらっていいですか?」
「りょーかい、はぐれないようについてきてね!」
私がそう答えると彼女は嬉々として先導を始める、その姿はまるで兎みたいでどこか微笑ましかった。
まだ共に旅に出てから数日の関係だが、彼女と過ごす毎日はどれも新鮮で故郷から長旅をしてきたがまるで昨日今日出立したかのような新鮮味すらある。
これからの旅でいったいどんな日々を送ることが出来るのか、知らずのうちに毎日私も楽しみになっているのであった。
「ついた、ここが大聖堂よっ!」
「おぉ、これまた大きい・・・。」
お城に負けず劣らずの大きな聖堂である、あの荘厳な鐘の音にふさわしい立派な大聖堂で外見を見ただけでもワクワクしてしまう。
中に入れてもらうと、アルマさんの言う通りお昼の礼拝は終わった後で人も少なくがらんとしていた。
「すごい聖堂ですね、これほどのものは今まで見たことがありません。」
「でしょー、この大聖堂をひと目見ようと各地から人が集まるくらいなのよね。」
夢中で辺りを見て歩いて回っていると、やがて礼拝堂にたどり着く。
礼拝堂の奥には巨大なステンドグラスがあり、色とりどりのガラスで描かれた人物は息を呑む美しさで、ただひたすら見とれてしまう。
「おや?お昼の礼拝は終わりましたが、観光の方ですか?」
声をかけられて、そちらの方に体を向けると聖職者のような格好をした女性が微笑みながら立っていた。
しかしよく見ると聖職者のような格好でいて軽鎧を着込んでいる、冒険者の方だろうか?
「はい、このステンドグラスが美しくてつい見とれてしまいました。」
「あぁ、ステンドグラスですか、かつてこの世界一と伝えられた職工の手によって作られた、勇者と共に世界を救いし聖女を模したものなんですよ。」
勇者一行にいたとされる人物を崇拝対象にした作品は世界各地に存在する、お城であったように勇者本人を称えるものもあればその同行者に光が当てられるのも想像に難くない。
確かにステンドグラスを見返してみると、伝承によって差はあれど、だいたい共通した特徴があり勇者一行の僧侶を描いているものだと改めて理解できる。
というかアルマさんはどこに行ったのだろうか、辺りを見渡したが気づけば私一人だった。
・・・むしろ私が夢中になりすぎてはぐれてしまったのだろうか?
「失礼ですが、貴方はここの司祭様なのでしょうか?」
「いえ、私は教会の人間ですがここの司祭ではございません、ですがあのステンドグラスの聖女様の伝説はお聞かせできますよ、興味があればいかがですか?」
「ああ、いえ、その・・・。」
相手方はかなり乗り気で返答に窮してしまう、どう答えようか考えていると向こうの廊下から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あぁいたいた、夕霧ったらはぐれちゃうんだから~。」
「すいません、色々見てたら夢中になってしまい・・・。」
アルマさんの隣には侍女服を来た黒髪の女性がいる、その女性は軽く会釈をすると聖職者?に声をかける。
「お嬢様、こちらに居られましたか。」
「あらお使いから戻ってきたのですね、ご苦労様です。」
どうやらこの人の侍女のようだ、付き人がいるということはさぞ位の高い人なのだろうか。
「こんにちはエルクラッド卿、お久しぶりです。」
「あら、キースタン男爵様のアルマさんじゃないですか、見ない間に大きくなられましたね。」
まるで別人のように豹変し挨拶をするアルマさんを見て内心びっくりする、そういえばアルマさんはこう見えて男爵家の一人娘だし、高貴な身分ではあるのをすっかり忘れていた。
「お師匠・・・お母様はお元気でいらっしゃいますか?」
「はい、それはもう、いつもどおり父上について離れません。」
「あらまぁ、相変わらずですのね。」
二人は会話に花を咲かせ、ぼうっと私はそれを眺めていた。
ふと、視線を感じ隣にいる侍女に目を向ける、相手もこちらを見ていたようで偶然にも目が合ってしまう。
ここらへんの地域に東方の人間は珍しく、こんな服装も見かけないので私が気になっているのだろうか?
しかし奇異の目で見ているというよりはどこか警戒した猫のような、落ち着きながらも牽制したかのような視線を送っているように見える。
よく相手の顔を見ると故郷で見たような顔立ちをしている、ひょっとして同郷の者だろうか?
髪の毛も故郷に多い黒髪であるし、どこかで見知っただろうか、何かが引っかかるが思い出せない。
「なるほど、それで冒険者にお成りになるのですね。」
「はい、それでこの人がこれから共に旅する夕霧です。」
「えっ、あ、ご紹介に預かりました夕霧です・・・。」
紹介されて慌ててお辞儀をする、そういえばまだ自己紹介はしていなかったな、忘れていた。
「そういえば私も自己紹介がまだでした、私はホリィ・エルクラッドと申します、以後お見知りおきを。」
「・・・付き人をしていますミィーシャと言う者です。」
聞いた侍女の名前は故郷では聞かない名前だ、やはりこちらの地域の生まれなのだろう、故郷のような雰囲気が少し懐かしくて気になっていたがこういう事もあるんだなと納得した。
「エルクラッド卿は教会の中でも枢騎司卿っていうすごくえらい方なのよ。」
「はい、聖職者ですが私、騎士を兼任しておりますの。」
「それはなんとも珍しい。」
どの宗教でも基本聖職者の殺傷行為は禁止している、なので聖職者による軍団は基本的にはありえない。
故に騎士と聖職者両方の称号を持つのは普通にはありえない組み合わせでとても珍しいものだ。
「我々の教団は勇者様の世界を救う戦いで聖女様も聖職者の身でありながら共に戦われた事を理由に、聖職者が武を修め戦う事をお認めになられているのですよ。」
「それでエルクラッド卿は貴族であり聖職者で騎士って言う感じだから、枢騎司卿っていうなんだか複雑な階級になっちゃってるの。」
よくわからなかったので詳しく説明を聞くと、教団の運営に携わるくらい高位な肩書と、騎士の称号が混ざっているのだとか。
そこに貴族であることの称号も入ってほぼ唯一無二といえる位なのらしい。
「なので私は本部の人間として各所を巡っている、といったところですね。それと、騎士としても修行は欠かせませんしちょうどよい巡礼にもなっていますわ。」
「お嬢様、そろそろ議会に向かわれないと・・・。」
「あら、もうそんなお時間ですか、名残惜しいですがこれにて失礼します、観光楽しんで下さいね。」
「失礼します。」
お辞儀をして枢騎司卿を見送る、完全に見送ったらアルマさんはスイッチが切れたように脱力して長椅子に座り込む。
「はぁー、どーにも癖が抜けないわね~。」
「癖、ですか?」
「そうそう、偉い人にあったらかしこまっちゃう癖!」
「ふふ、いいじゃないですか、礼儀正しいことは良いことですよ。」
「でも疲れちゃうのよねぇ~ああいうの。」
そうしてしばらく談笑したり大聖堂を見て回り堪能したら外に出る、空は夕闇で暗くなりつつあり手元は見えづらいほどになっていた。
夜の闇が近づいても驚くことに周囲の人達はランプなどの明かりを持っている人が少ない、疑問に思いアルマさんに聞いてみたが、その答えはすぐに返ってくる。
「ほら、こうやって暗くなると魔法灯が点灯するのよ。」
「おぉこれはすごい・・・!」
全自動で暗くなると闇を感知して明かりが灯るシステムらしい、アルマさんが言うには定期的に魔力を補充すればずっと使えるということで保全も楽なんだとか。
「なんだかこの都で見聞きするものが異世界のように思えますね、まるで未来にでも飛ばされた気分です。」
「この都を超えるような都市は私も見たことがないからね~、こんなに喜んでくれて、今日夕霧を観光につれてきてよかったわ。」
「私も色々と見識が広がりましたよ、それに素敵な首飾りも頂いてしまいました。」
「それはチームとしてこれから頑張っていこうっていう私の気持ちよ、やっぱり結束力って大事だしさ?」
お互いに身につけた首飾りを見せ合う、魔法灯に照らされ輝く首飾りはまるで名品のように輝きを放っているかのように幻想する。
仲間として、冒険者として、この首飾りに恥じぬよう旅をしていこうと思う。
やはりそれが信頼に応えるというものだろうから。
「さー!明日は冒険者ギルドで冒険者になるぞーっ!だから今夜は前祝いということで・・・!」
「お財布の中身を空にするつもりですか、少しは節約して下さい。」
やっぱり財布の紐は私が管理しよう・・・。