第二十五話:『果ては何処か水平線よ』2
その日の夜、夕飯も食べ終わり夜風にあたりに外へ出る。
甲板は夜でも魔石の灯で明るく照らされ、文明の光を見て取れる。昔の船なら夜は星明かりだけを頼りにしなければならなかったから、夜は船乗りへ恐怖を煽ったと吟遊詩人の歌でも聞くくらいだ。
夜でも船は進み続けているので外は常に風が吹いている、船の上は暇なのでこうして甲板に出て星空を眺めるのも貴重な暇つぶしの一つである。
夜の甲板はそれなりに賑わっており、煙草を吸いに来てる人や私と同じく夜風にあたりに来てる人、おしゃべりに興じる人など、様々な人がいる。
「相変わらず夜でも賑やかねぇ、この船は。」
客船というだけあって、昼も夜もどこかしらに人が集まり、賑わいを見せている。最先端の珍しい技術が積まれた客船だからか、客層も裕福そうな人が多めに見える。
それにしても今日はやけに甲板に人が多い気がする、何か催し物でもあるのだろうか?
「おやアルマ、こんな所にいたんですか。」
「あ、夕霧も来たの?アイシャちゃんは?」
夕霧が顔を出しに来る、軍服は窮屈なのか、今はシャツに袴の姿だ。
「アイシャはもう寝ちゃいましたよ、ご飯を食べた後、ぐっすりです。」
「そっか、まだまだ子供だし寝入りが早いのね。」
二人で真っ暗な海を見る、夜は星明かりだけが空に輝いていて一面の暗黒の中を船は進んでいる。
「ん・・・?」
星空を見ていると、何やら星がゆらゆらと揺らいでいる、ぽかんとそれを見つめていると、揺らいでいるどころか星がだんだんと大きくなって迫ってくる。
「ほ、星が降ってくるーっ!?」
そしてその星は目の前に落着する、落ちてきた衝撃に私は目を覆って防ぐ。
「やぁこんばんは!いい夜だね人間さん!」
「うぁ・・・?」
恐る恐る目を開け前を見る、そこには大量に舞い散る羽と鳥の姿をした獣人、ハーピィがいた、足にランプを付けていて明るく光っている、これが星の輝きに見間違えたのか。
「ハ、ハーピィ・・・?」
「そ!ハーピィだよ!ごめんね、驚かせようとしてちょっと手前に降りちゃった!」
ハーピィは鳥の羽に足、そして人間の体をもつ獣人である。その両腕に生えた羽を使い、大空を自由に飛び回り、特定の住処を持たずに世界中を旅する遊牧民のような種族だ。
そしてハーピィは少し特殊な経緯を持つ獣人でもある。
元々この世界にはローレライという種族の獣人が存在していて、ある日魔界からセイレーンという似た姿の魔界の獣人が魔王の軍団の一員としてこの世界にやって来た。
やがて勇者が魔王を打倒すると、魔王軍の敗残兵は魔界に帰るも、例によってセイレーンたちも一部は取り残され、時代を経て似た姿のセイレーンとローレライはお互いに交わり子を儲け、新たにハーピィという種族が生まれたのだ。
そんなハーピィは人魔融和の平和の象徴として一時は持て囃され、切手の絵柄になったり通貨に刻まれたりと中々に認知された獣人である。
「こんな大海原を飛んできたの?ハーピィってすごいのね!」
「そうだよ!海をずっと風の吹くまま飛んでたら、明かりが見えたから立ち寄ったの!」
「そういうことだったんだ、急に降りてきたからびっくりしちゃったわ!」
「あはは!ここで会ったのもなにかの縁だよ!ハーピィのキャラバン、じっくり見てってよ!」
「キャラバン・・・?」
甲板の周囲を見渡すと、ハーピィの集団が次々と降り立っていた。どうやらこのハーピィの一団は旅商で、世界を飛び回りながら商いをしているようだ、世界各地の色んな品物を取り扱っているようで私も興味が湧いてくる。
「さあさ!よってらっしゃいみてらっしゃい!ハーピィのキャラバンだよ!世界中を飛び回り手にいてた珍しいものがいっぱいあるよ!」
甲板での騒ぎに船中から人が甲板へと押し寄せてくる、乗客のみならず、非番の船員も品物を求めてやってくる。
「お代はゴールドで、もしくは物々交換でもいいよ!ハーピィキャラバンの品物は早いもの勝ちだよ!」
突如として始まったハーピィキャラバンのバザーはあっという間に大盛況の様子を見せる。
ハーピィ個人個人が即席の露店を展開し、自らが集めた物品を売り始める、各地を旅していると言うだけあって様々な物が取り揃えられているあたり、かなり長い旅をしているのだなと思う。
「わぁ、まるで実家を思い出すわねぇ、色んな商品があって・・・。」
「あなたも何か買っていってよ!あ、せっかくだし私の品物でもみる?」
引っさげているかばんから中に入っているものを取り出して広げる、だが彼女の出した品物はどれも価値がなさそうな品物、いわゆるガラクタにしか見えなかった。
「・・・ほんとにこれ売り物なの?」
「そうだよ!皆はガラクタだっていうけど、私は宝物って呼んでるの!」
並べられた”品物”を一つ手に取る、なんてことはないただの木の枝に見える、これが宝物なのかと言われれば正直そうは見えない。
「あっ!それ立ち寄った川で見つけた綺麗な石だよ!とってもかわいいから拾ってきたの!」
「そ、そうなのね・・・。」
さすがにそのへんで拾ってきたようなものを買う気は起きない・・・、だが目の前のハーピィさんはとても目を輝かせていらっしゃる、何か買ってくれるのを期待されてるご様子。
(アルマ、ここは一つ騙されたと思って、何か買ってあげましょうよ。)
(そ、そうね・・・、あの子にも悪いしね。)
夕霧と一緒に品物を見る、小石や木の枝、何かの切れ端など、まるで子供のおままごとをしている気分になってくる。
「じゃ、じゃあこれもらおうかな・・・。」
適当に木の枝を選び手に取る、木の枝なら焚き火くらいには使えるだろう・・・。
「あっ、それね!飛んでる途中にすっごい大きな木があったから記念に枝折ったの!」
「な、なるほどね・・・。それでいくらなの?」
「うーん、私の品物買ってくれるお客さんは初めてだし、値段わかんないや。」
「わかんないってあんたねぇ・・・。」
元気なハーピィの店主さんは少し悩み、やがてひらめいたのかぱぁっと明るくなる。
「そーだ!値段がわからないなら物々交換しましょ!何かちょーだい!」
「物々交換・・・!?さすがにそれは想定してなかったわねぇ。」
急に物々交換という話になり、今は何も持ってないしどうしようか悩む。
ポケットを裏返しても出てくるのは日用品ばかり、普段の荷物は部屋に置いてきてあるし取ってきたほうがいいのだろうか。
「わぁ、それ綺麗!よかったらそれと交換しましょ?」
「えっ?これと・・・?」
目を向けられたのはただの何の変哲もない火打ち石だ、黒曜石の火打ち石だからキラキラはしてはいるが宝石としての価値は皆無である。
「うん!それがほしいな!」
「えっと、まぁそれでいいなら・・・。」
これくらいの火打ち石ならそのへんで拾うか、また買いなおせばいいだけだし、交換することにした。
物の価値を決めるのは本人次第だし、私も木の枝と火打ち石なら良くも悪くもない交換だとは思う。
「えへへ、ありがとねお客さん!初めて私も商売ができたよ!」
「あはは・・・、そりゃどうも。」
「よかったら他のお店も見ていってよ!ハーピィのお店、色んなものがあるよ!」
改めて周囲を見渡す、他のハーピィたちも軒並み設営が終わったのか、色んなものを売り始めている。
「そうですね、せっかくだし色々見て回りましょうか。」
「うん、船の上は暇でしょうがなかったし、こういうのは楽しそうね!」
かくして夕霧と一緒に、突如として始まった世界を旅するハーピィのキャラバンによるバザーを見て回ることにしたのだった。




