第二十五話:『果ては何処か水平線よ』1
船は外洋を進み南を目指す。
海はとても穏やかでどこを見渡しても青い水平線、水平線、水平線・・・。
「あー・・・、もう退屈~・・・。」
まだ子供のアイシャちゃんには船旅は退屈でしょうがないようだ、まぁ無理もない。
私も退屈で退屈でしょうがない、だからこうして暇を潰すために夕霧の服を裁縫したりしている。
夕霧はもう捨てたほうがいいのでは?と言っていたが、新しく買った服は1着しかないし、せめて使える袴だけでも修繕しておけばいざという時に役に立ちそうだ、・・・といって私が勝手に直しているだけである。
こうでもしてないと、私もアイシャちゃんと同じく暇でうなだれてそうだから、今は何かやれることができてありがたい。
「ただいまもどりました、ご飯もらってきましたよ。」
「わーい、ごはんごはん!」
夕霧が食堂から食事をもらって帰ってきた、長い船旅は食事くらいしか楽しみがない、アイシャちゃんは喜々としてご飯にありつく。
「また裁縫してるんですか?もうその袴捨ててくれてもいいのに。」
「そう?上着はものすごいボロボロのボロ布になってたけど、こっちはまだ少し破れてるだけだし、夕霧もその服一着だけじゃお洗濯もできないじゃない。」
「まぁそれはそうなんですけど、上はどうするんですか?」
「私のシャツがあるじゃない、それあげるからとりあえず不格好でも上下着れるでしょ。」
「それはありがたいんですが・・・、アルマのシャツ少し胸元がきついんですよね、また街についたら自分にあった上着を探します。」
「・・・。」
むすっとした表情で夕霧を見る、今は洋装の軍服姿なので体の線がくっきり見える。
・・・どこがとは言わないが、そこもくっきりはっきりと輪郭が出ているので少しショックだ。
私と同じくらいの年齢で、ちょっと高い背丈なくらいなのに、どうしてそこだけは差が出てしまったのか・・・。
「はぁ・・・。」
「どうしたんですかアルマ、急にため息なんてついて?」
「んー、なんでもない、気にしないで。」
「そ、そうですか・・・。アルマは御飯食べないんですか?」
「キリのいいところまでいったら食べるから、先に食べてていいよ。」
「わかりました、無理はしないでくださいね。」
夕霧はアイシャと一緒に食事を食べ始める、今日のお昼ごはんはパンとシチューだ、客船だけあってパンも焼き立てで、美味しそうな匂いがさっきから部屋に充満している。
食堂もあるにはあるが、食事時には混雑するし、人が密集して暑いので昨日から部屋に持ち込んで食べるようにしている。
なのでより一層外に出なくなり退屈さを増しているのが現状である。
かといって外は空も海も一面真っ青で見るものも何もない。毎日代わり映えしない景色と、ろくに運動することもままならない狭さで、いい加減陸地に着かないかなーと、最近毎日思い始めている。
「ほんとに、いつになったら陸地に着くのかなぁ。」
「ふふ、最近口が酸っぱくなる程言ってますね。」
「だってぇー、もう毎日毎日海と空で飽きたし~。」
「アイシャも飽きたー!」
「あはは、そうはいってもまだまだかかるみたいですよ?」
「そーよねぇ、船は退屈だわ~。」
暇じゃなければ多分こんな裁縫はしていないと思う。
戦いや激しい動きで服はボロボロになったりするから、お裁縫は身につけていたけど、ここまでボロボロにするなんて母さんも容赦ないなぁ。
「さて、このくらいにして私もご飯を食べようかなっ。」
ちょうどいい場所まで修繕が終わったので私も食事にしよう、テーブルに置いてある私の・・・、あれ、お皿がカラなのは気のせいだろうか・・・。
「・・・ちょーっと外に行ってきま~す。」
「こらー!私の分まで食べたでしょーっ!」
アイシャちゃんが逃げるように外に飛び出していった。食べずに放置してた私も悪いけど、後で叱っておかなきゃかな。
「まったくもう・・・。」
「あはは、もう一度もらってきますね。」
「んー、いいかな。あんまりお腹すいてないし・・・。」
「そうですか?少しは食べないと夜まで持ちませんよ?」
「でもまた貰ってきてもらうのはなんだか悪いし。」
「んー、それでしたら・・・。」
おもむろに夕霧は自分の食べていたパンをちぎり、アルマの前に差し出す。
アルマは少し驚いた表情で差し出されたパンの欠片を見る。
「はい、これならアルマも食べられるでしょう?」
「ちょっ、さすがに夕霧の分もらうのは悪いわよ!」
「私はもう半分食べましたから大丈夫ですよ、残り半分はアルマが食べてください。」
「もう、夕霧ったら・・・、そこまで言うなら貰おうかな。」
差し出されたパンをそのまま口を開けて食べる、直接食べるとは思ってなかったのか、夕霧は驚いた顔をしてほんのり頬を赤らめる。
「ん、やっぱ焼きたてのパンは美味しいっ!」
「アルマったらもう・・・、直接食べるのはお行儀よくないですよ?」
「別にいいじゃない、誰かいるわけでも無いしっ。」
「まったく、子供みたいなことして・・・。ふふ、しょうがないですねアルマは。」
夕霧は苦笑して呆れていたが、残りのパンとシチューをもらいお腹は多少満たされる。さすがに悪いのでお皿の返却は私がする。
部屋を出てしばらくぶりに外の空気を吸う、潮のしょっぱい香りが鼻につく。
船は風にのって進む乗り物だから、部屋を出れば常に涼しい風が吹いている、夜風は少々寒いが昼間の風は心地よい。
風通しのいいデッキを歩くのも束の間、階段を降りて再び船内に入る。
階段は急な作りなので滑って転ばないように気をつけて降りる、船の中は海に揉まれて常に揺れ、木でできた壁がギィギィときしむ音がする。
食堂はそう遠くない場所にある。広々とした食堂があるが、こんな食堂でも食事時は乗客が一斉に入って来てすし詰め状態になる、なのでわざわざ面倒だが食事は部屋まで持ち帰っているのだ。
「ごちそうさまでした。」
食器を返却して食堂を後にする、そういえばアイシャちゃんはどこまで遊びに行ったのだろうか?
この船で行けるところは他にサロンがあるが、商人や身なりの良い身分の高そうな人たちが使うくらいで、アイシャちゃんはまず行きそうにない。
「まぁ・・・、気が済んだら帰ってくるかな?」
アイシャちゃんは遊びたいざかりのまだまだ子供だが、見た目の割には常識を身に着けている子だ。だからわざわざ探すこともしなくて大丈夫だろう。
すぐに部屋に帰ってもいいが、せっかくだしデッキで風にあたって涼んでいくことにした、部屋は風通しは良くないし息が詰まるので、新鮮な空気を吸っておこう。
船の前の方に移動して風を身に受けながら、船首の先を見る。
どこまでも続く水平線と、境界線が曖昧な海と空。毎日代わり映えのしないこの景色を見ていると、西の地の勇者の伝説は海のことだったんじゃないかと思いたくなるほど何もない。
「ホントに南に行けるのかなぁ?」
果てなき水平線を見つつ、ため息交じりにぼやく。
明日には何か見えてきたらいいなと願い、部屋に戻り夕霧の袴を直す続きをするのであった。




