第二話:『野営』1
私達は今、交易都市を出発して首都に向かって旅をしている。
念願叶って両親の元を離れ、相棒になってくれた夕霧とまず首都にある冒険者ギルドを訪れ冒険者として登録をするためだ。
冒険者としての登録は義務ではないがやっておくと何かと便利であり、登録しないという選択肢はない、初回の登録費さえ支払えば身分関係なく誰でも登録可能で、何かトラブルがあった時に対応してくれるという互助会といった感じだ。
その他にも様々な仕事の仲介、斡旋などもやっていて登録されている冒険者には優先で仕事を斡旋してもらえるという、どうやって利益を出しているのかは私には想像もつかない。
とまぁそんな感じで父や母に見送られ、首都を目指しているのだ。
「だいぶ陽が傾いて来ましたね、今日はそろそろ野営をしましょうか。」
「そうね、ランプの油も結構使っちゃったし、補充とかもしないと。」
陽はまだ高めだが、暗くなってから野営を始めては手元が見えなくなって難しくなる。
この辺はちょうど街道の近くに小川が流れていて野営もしやすい、良さそうな場所を見つけ荷物をおろし早めに野営の準備をする。
「じゃあ私は油の元探してくるね。」
「わかりました、でしたら私は寝床を作っておきますね。」
私は小さな布袋を持ち、小川へと向かう。川の空気がひんやりしてて心地よく、周囲の木々も風に揺れて自然の音楽を奏でている。
「んー、どこかなー?こういう所にいるはずなんだけど・・・」
川緑まで近づき、手頃な大きさの石をひっくり返す、が、ここにはいない。
目的の奴は目立つ色をしているからこのまま探せばそのうち出てくるだろう。
「今度はこっち・・・せいっ!」
気を取り直して次の石をひっくり返す、石のあったくぼみに今度はいた!赤い身体に黒斑点、間違いない。
「いたいた、オイルサラマンダーっ」
この生き物は水辺にはどこにでもいる生き物で石の裏などに固まっていることが多い。生活必需品として活用されておりその名前を知らないものはいないだろう。
見つけたオイルサラマンダーを刺激しないようにそっと捕まえて布袋に入れる、後もう2、3匹捕まえれば十分量採れるだろう。
私は必要分のサラマンダーを捕まえ野営場所まで持ち帰ると、ちょうど二人分のハンモックが木の間に吊るされていて、夕霧は晩御飯のための準備を行っていた。
「おかえりなさい、ちょうど良い感じに寝床は作れましたよ、そちらはどうですか?」
「こっちも上々、サラマンダーは水辺ならどこにでもいるから助かるわね。」
「なら、私は夕餉の用意をしますので、先に油取り出しておいてくれますか?」
「わかったわ。」
荷物袋からいくつか小瓶を取り出し並べる、そしてサラマンダーの入った袋を軽く振り刺激させると、布越しに油が滲み出て滴り落ちる。
オイルサラマンダーはその身に危険を感じると体内に蓄えた油を出して逃げようとする習性があり、分泌量もかなり多いため昔からこのような方法で採取され油として活用されてきた。
「ここのサラマンダーはすっごい量の油を蓄えてるわね、小瓶足りるかな。」
サラマンダーの油は油ではあるが、ぬめりはなくて手にべとつかず水のようにサラサラである。
それでいて火を直接当てないと燃えないので気化して引火という心配もない、とても便利な油であった。
「しかし、そのオイルサラマンダーには驚かされますね、数匹で小瓶数本分の油が取れてしまうんですし、こんな生き物がいるなんて想像だにしませんでした。」
「こっちの方だと普通のことだったから、夕霧が知らないなんて私逆に驚いちゃったよ。やっぱりこういうのって文化の違いかな?」
夕霧にサラマンダーを見せたときはとても驚いていたが、なんでも極東の方だと油は植物から採るものらしい、その方が私にはびっくりだった。
これも文化とか住んでいる生き物の違いだと考えるとなお面白い、これだけでも世界はまだまだ広いんだなぁと感じさせられる。
「そういえばさ、このサラマンダーっていう名前は、かつて魔王がいた時代の魔王の配下だった炎魔サラマンドから来てるんだってさ。」
「へえ、それについても初耳ですね、どうしてそんな名前をつけられたんでしょう?」
「なんでも昔どこかの小山で山火事があったらしいんだけど、山も小さいし、周辺には川が流れているし大火災にはならずいずれ鎮火するだろうって思われてたんだけど、なんと突如山火事の火が川に燃え移って炎を吹き上げて燃え広がって、ついには川全体が延焼して山を超えて山村まで炎が伸びて、地獄の業火のごとく三日三晩燃え続けたそうよ。」
「それはすごい大事になりましたね、どうしてそこまで燃え広がったんですか?」
「答えは簡単、水辺にはこいついっぱいいるし、それが原因ってわかったんだけど大昔の恐ろしい炎魔サラマンドが人間界に炎の魔物をよこしたんだー!っていう感じに噂が広がって、炎魔の使いサラマンダーって名前がついたらしいよ?」
私にとっては常識的なお話でも、夕霧にとっては新鮮な異国のお話でありいつも耳を傾けてくれて、話すたびに一喜一憂してくれる。
これが私にはなんとも嬉しくて楽しくて、若者に薀蓄を語る老人の気持ちが今は少し理解できる気がした。
「だから今は、火災対策に都市近くの川にいるサラマンダーは定期的に駆除されてるわね、アレイトスでもサラマンダー駆除の仕事してる人よく見かけたし。」
「そうなんですか、でも私はそういうお仕事見かけませんでしたが?」
「あー、それは駆除は春先の産卵の季節に合わせて行われるから・・・。」
「なるほど、それだと今は季節外れですねぇ。」
油が袋から滲み出なくなったのでサラマンダーを取り出し見てみると、油を出し切ってしわしわになり少し体がしぼんでいて明らかにもう出ないと言いたげな姿になってしまっていた、そしてサラマンダーを袋に戻し夕霧へ渡す。
「炎魔の使いサラマンダーって名前がついたけど、油も採れるしお肉も焼けば美味しく食べれるし、魔物というより天の使いかと思っちゃうわ~!」
「ふふ、アルマさんは食い意地も相当ですね。」
夕霧はサラマンダーをまな板に置いて調理を始める、内蔵を取り出して串焼きにすればサラマンダー自身の油も相まってこんがり焼けて美味しくなる。
「だって今まで食べたことなかったしねぇ、食べたことあるのは貴族が食べるような高級料理ばっかりだったし、サラマンダーがこんなに美味しいなんて今まで知らなかったわよ。」
今までの食事の大半は社交会などパーティで出される食事や、父さんの商談相手の接待だったりなど金持ちが金持ちをもてなす料理ばっかりだったので、どれも味は薄いし量は少ないしであまり好きじゃなかった。
それ故にこのワイルドな冒険者の食事はとっても刺激的でおいしく、食べ飽きない。お腹いっぱい食べても怒られないのも魅力的だ。
「けど、夕霧が料理得意で助かった~、私経験ないからゲテモノ作っちゃうだろうし・・・」
「あはは、これも慣れですよ。私も最初から出来ていた訳ではないですからね。」
そういいつつもまだ数回しか触ってないはずなのに獲物を器用に捌いていく、サラマンダーの内蔵を処理するのはそんなに簡単なのだろうか?と疑ってしまう。
「何事も徐々に覚えていけばいいのですよ、調理の仕方は今度お教えしますね。これから旅をするのに必須ですから。」
「ほんとっ?やっぱり夕霧は頼もしいね、よろしく頼むわ!あ、火起こし私がするわねっ。」
サラマンダーの内臓は食べられないが、体内に油を溜め込んでいるのか内臓もよく燃えるため、焚き火の着火剤としても使えてとても便利だ。
火口として枯れ草に火をつけて、着火したのを確認してからサラマンダーの内蔵を投入する。
生き物だから燃えるときに臭いが出るが、安定して火起こしできるし捨てる手間も省けるため使わない手はない。
しかし乾燥すると油も乾燥してしまうため、着火剤としての効果はなくなるので保存はきかない。なので内臓はその場で燃やして処理するのが一般的だ。
火が安定してきたら薪を入れて火力を上げたり調整する、焚き火の火起こしするのも我ながらだいぶ慣れてきたものだ。
「焚き火できたよ夕霧、火を熾すのも早くなったでしょ!」
「ありがとうございます、アルマさんも焚き火かなり手慣れてきましたね。とりあえず飲水を作って火が落ち着いたらサラマンダー焼きましょうか。」
火が強いうちについでで水を沸騰させて飲水を作る、川の水をそのまま飲んでもいいが煮込むことで消毒されてお腹を壊すことが少なくなるそうだ。
本当に夕霧はなんでも知っている、今まで読んだ冒険の指南書よりずっと有益だ、著名な冒険家の本より優れているのは今までの冒険の賜物なのだろうか?
「本当はスープもあればいいんですが・・・菜ものがこの辺は無さそうですし、今日は串焼きだけで我慢してください。」
「それは全然大丈夫!むしろサラマンダー美味しいからいくらでも食べれちゃうわ!」
「ふふ、それならよかったです、毎回飽きないように味付け変えるのも楽しいので。」
焚き火の火も落ち着き、串に刺したサラマンダーを焼き始める、辺りはすっかり暗くなっており夕陽は地平の彼方、星と月の明かりが今度は世界を照らし始めていた。
ああ、サラマンダーの焼けるいい匂いがする、後もう2、3匹は獲ってきてもよかったかな・・・