第二十三話:『決着、そして・・・』1
目に見えない、ものすごいスピードで戦う夕霧、その尋常じゃない速度はいくら反射神経や動体視力に自信がある者でも、捉えることは不可能なほどの速度だ。
夕霧自身にこの能力があるなら最初から使っていただろうし、だとすればあの刀に秘密があるのだろうか?
「その刀、魔法付与武器だな!?そんなもの、どこで手に入れたんだ!?」
夕霧の猛攻を防ぎつつ母さんが言う。魔法付与武器、これは私も耳にしたことがある武器だ。
かつて勇者が存在していた時代にはその存在が確認されている武器で、魔法付与武器のその名の通り、武器そのものに魔法が封入されているのだ。
魔法の発動の仕組みは至極単純で、体内に存在するマナを、詠唱する魔法呪文に応じて魔力に変換、発動する。
そしてマナは大小個人差はあれど、誰でも持っているので、どういう原理か知らないが、魔法付与武器は魔法使いが長年かけて覚える呪文を、誰でも発動できるようにしたすごいものなのである。
ただし武器に封入されている呪文は1つしかないので融通はきかない、それに発動するにはもちろんマナを消費するので、マナが少ない人は余計疲労してしまうという欠点もある。
そしてこんな便利な魔法付与武器だが、現在では残念なことに製法は完全に失われており、新たに作られることはまずない。
故に高値で取引されることもあり、武器収集が趣味の貴族が買い漁ることもある希少品なのだ。
「くっ・・・!」
いくら母さんでもあの速度についていくのは難しい、さっきから見てても防戦一方になっている。
目では追いつけないので、なんとか行動を先読みして防いでいる感じだ、お互い達人クラスの戦いになると超速度でも決定的なものになりえないと、改めて驚愕する。
「・・・っ!!」
ふと、夕霧の足が止まり動きが鈍る、呼吸を乱して肩で息をしているようだ、どうやら体内のマナが枯渇しかかってるようだ、とても疲労しているように見える。
「おりゃあああ!」
「くぅっ・・・!」
動きが鈍ったところを母さんが飛びかかり、大剣の一撃を浴びせる。夕霧はまた魔法で加速して避けるが、こうなってくると夕霧もジリ貧になってくる。
「これを使っても決着が付かないなんて・・・っ!」
「そう言うなよ、私だって攻撃を防いでいるのは限界ギリギリなんだ、これほど燃える戦いは現役時代でもそうはなかったよ。」
二人は短く言葉をかわすと、また激しい攻防戦を繰り広げる、いつ決着がつくかわからないこの戦いを、見ている全員が沈黙し、固唾を飲んで見守っている。
「・・・ひとつ、聞いておきたいことがある。」
「なんですか、こんな時に・・・っ!」
「いや、なんであんたは、こんな必死になって戦っているのかと思ってさ、旅をする仲間がほしければ、今まででも作る機会はいくらでもあったはずだ。なのに何故あの子を求める?」
「それは・・・っ!」
「いくら長い間同じ時を過ごしても、いつかは道を違えることになるかもしれないのはわかっていたはずだ、考えの違いなどは誰にでもあるものだからな・・・っ!」
「うぐっ・・・!」
攻撃にあたり、夕霧が吹っ飛び地面を転がりのたうち回る、だが母さんも体力が限界に近いのか追撃する様子は見られない。
「はぁ、はぁ・・・、だからなんでここまで必死になって追い求めるのか気になってな、長い旅をしてきたなら、あんたにとっては旅の途中で出会った一人に過ぎないんじゃないのか・・・っ!?」
夕霧はよろよろと立ち上がり、途中で崩れそうになりながら満身創痍でなお刃を向け戦う意思を見せる。
「・・・正直、私にもなんて説明していいかわからないんです。ただ、今の私にはアルマが、あの人がいなければ空虚になる、そんな得体のしれない恐怖感と喪失感が私にあるのです。」
まっすぐ相手を見て、武器を構える。魔法はもう使えず、加速もできない。
「だから、初めて私は自分の感情に素直になろうと決めたんです。誰かのためなんて取り繕う気はありません、自分のために、少しわがままになってみようと、今は・・・、今はそれだけです・・・。」
「そうかい、よくわかったよ・・・。」
お互いに武器を構えて動かなくなる、どうやらお互い考えているのは一緒のようで、次の一撃で決着がつくだろう。
両方、息を切らし体力も限界といった感じだが、一瞬の隙も見せずにらみ合いを続ける。
途方も無い時間が過ぎたように感じる一瞬、動いたのは同時だった。
「うおおおおおおおっ!!」
「はぁあああああああっ!」
お互いに防御を捨てた捨て身の攻めの形、泣いても笑ってもこの一撃で勝負が決まる。
「・・・まいったぁっ!!!」
戦いというものの結末は、案外あっけなく終わるものである。
この戦いも激しい攻防を繰り広げたが、最後にはどちらかの刃が届いて終わるものだと、誰もがそう予想していた。
しかしお互いに切り結ぶ直前に、母さんが大声でまいったと叫んだのだ、こんなあっけない結末は誰が想像しただろうか。
見ている観衆どころか、夕霧までもがぽかんとした表情であっけにとられている。
「どうした?まいった、降参だと言ったんだ、さっさと判定せんかい!」
「ま、待ってください!勝負を投げるのですか?!?!」
あまりにも唐突すぎる降参に当主が驚きの声を上げながら問いかける、実際こんな結末を見たらこうも言いたくなる気持ちもわからなくはない。
「あぁ?私ぁもう現役じゃないんだよ、ただでさえ歳なのに無理したもんだから、腰が痛くてねえ!」
「えぇ・・・。」
「ほら、早く!審判!」
「・・・ふぇっ!?あ、はい、決着!勝者夕霧!」
決着の宣言がなされ、決闘がついに終わりを告げる。
結果としては夕霧の全勝だが、最後だけ引っかかる終わり方だったが勝ちは勝ちだ。
「私も・・・ひとつ聞いていいですか?」
「んー?なんだい?」
「どうして最後、降参したんですか?最後のあの攻撃、お互い五分と五分だったはず、なのに・・・。」
最後のあの捨て身の攻撃、お互い同じ考えで本気の一撃を打ち込むつもりで、本当に結末がわからない攻撃だった、それを唐突な降参で身を引いたのは何故か、とても疑問に残ったのだ。
「そうだねぇ・・・、剣闘士としてこの勝負挑んだが、それ以前に私は、あの子の母親なんだわ。」
「えっと、つまり・・・?」
「つまりは、そういうことさ。あーあ、これで勝負に負けたのは2度目かぁ、年取ったなぁ私も。」
夕霧はわからないと言った表情だったが、それだけ言うと、返答を待たずに大剣を納刀して去っていった、最後まで破天荒なのは変わらないのも母さんらしい。
「アルマ・・・!」
一目散に夕霧が私のもとに駆け寄ってくる。戦いで傷つき、ボロボロなその姿は心が痛む。
夕霧はそのまま私の手を引くと、抱き寄せられる、まだ戦いの余韻が残っているのか、かなり力強く抱きしめる。
「アルマ、ごめんなさい・・・、でも、私を一人にしないでください・・・。」
「うん、私も・・・、人々を救うことしか考えてなくて、夕霧の気持ちを全然考えてなかった、私の方こそごめんね。」
そっと夕霧を包むように抱きしめ返す、西の地を救うという大きな目標だけ見据えて、目の前の相棒に目もくれず、傷つけてしまったのは私の罪だ。
「その、また私と共に、旅をしてくれますか・・・?」
すこしためらい気味に夕霧が言う、だがこれに対する返答はもう決まっている。
「うん、うん!もちろんだよ、これからもよろしくね夕霧・・・!」
満面の笑みで彼女にそう告げた、私はもう、迷うことなくこの答えを言えるのだ。




