第二十二話:『死闘、夕霧』2
「な、なんで母さんが・・・!?」
目の前で夕霧と死闘を繰り広げていたローブの正体がまさか自分の母親だとは思わず、驚きの声を上げる。
「まさかダメ元で助っ人をお願いしたら、快諾してもらえるとは思いませんでしたよ。」
「そんな、なんで!?」
ものすごく混乱している私に、母さんはやれやれといった表情を見せる。
「なんでって、お前はそいつと結婚して、西の地を救いたいんだろう?娘がやることを応援するのが親ってものだろうさ。」
「でも・・・、なんで・・・。」
確かに私は西の地を救うために、提案に乗った。
でもこの胸中にあるモヤモヤは一体なんだろう、私はまだ迷っているのだろうか。
悩み俯き、ふと手元を見ると、夕霧と出会うきっかけになった刀がある。なぜ夕霧が私に託したのかわからないが、私はこれを握りしめ二人の対決の行く末を見守ることしかできなかった。
「ま、私としてもあんたとは戦ってみたかったしな。娘が連れてきた時、ひと目でこいつはできるやつだと思ったよ。」
そう言いながら、ローブを脱ぎ捨て顕になった背中の大剣を抜刀し構える。
「並大抵の輩ではあんたは止められないだろうしな、決闘に参加してよかったよ、久しぶりに血がたぎる!」
刹那、大剣を力任せに振り下ろし、夕霧は避けるが地面に剣の形に穴が空いている、とてつもない威力だ。
「さぁ!乱神と讃えられた剣闘士の一試合限りの復活だよ!」
あれだけ破壊力のある大剣の一撃を貰えば、試合に負けるどころか命すら危ういだろう、あの人は本気も本気のようだ。
夕霧は大剣の一撃を躱してはいるが、杖は折られ短刀も投げてしまい武器がない、圧倒的に不利である。
(あの武器をなんとかしなければ・・・!)
大剣を振り回されていては近づくことすらままならない、だが武器をはたき落とすくらいではまた拾われてしまうだろう。
なので隙を見て武器を破壊するしかない、大剣なら横から一撃を加えれば破壊できる算段はある。
圧倒的に不利な状況だが、まだ諦めるわけにはいかない、勝機がある限り私はあがき続ける。
「ほらほら!さっきまでの威勢はどうした!」
「くっ・・・!」
一見すると、大剣を無闇矢鱈に振り回しているようにも見えるが、その実隙がほとんどない。
まるで荒ぶる神のような大剣の攻撃は、地面をえぐり、物を壊し、射程内のあらゆる物体は全て破壊されていく。
そして何よりこんな凄まじい攻撃を連発しているのに、疲れを見せない事に驚きを感じる、まさに規格外と言わざるをえない強さである。
「おっと・・・!」
一瞬、大剣が地面に食い込みすぎて抜けなくなるという、千載一遇のチャンスが訪れる。これを逃す手はない、一気に飛び込んで武器を封じる作戦を実行する。
「武壊掌!」
てのひらに闘気を乗せ、剣の腹を全力で叩く。この技を受けた武器は闘気の衝撃で必ず折れる、これで互角の勝負に持ち込めるはずだ。
・・・はずだった。
「なっ・・・!」
大剣は傷一つ付いていない、自慢ではないが、この技で鋼鉄の剣を何度も叩き割った事がある、故に絶対の自信があった。
にもかかわらず、傷一つ付かないという事実に衝撃を感じ、同時に絶望もする。
「はっはっは!あんた拳法も使えるんだな。だが残念、こいつは特別製でね、魔幻銀だ・・・。」
「魔幻銀!?」
魔幻銀はこの世で一番硬いとされる金属だ、その由来はわかっておらず、魔界から持ち込まれた金属だとか様々な説がある。
更にこの金属は、とても硬いのにも関わらず鋼鉄のように柔性もあり、まるで銀のような光沢から魔幻銀という名前をつけられた、理想の金属である。
だが同時に致命的な欠点も抱えており、その硬さ故に加工が絶望的に難しいのだ。
鉄の道具で加工しようとすれば、まず道具が負けておしゃかになる。削ろうとすればヤスリが削れて無くなるなど、並大抵の道具や職人では取り扱えない代物なのだ。
なので魔幻銀を扱える職人は片手で数えられるほどと言い、加工できる職人は超一流の中の超一流とまで言われる程である。
母さんが現役時代の時に、これを使っていたと聞いたが、まさか使っている姿をこの目で見るとは思わなかった。
「この程度の食い込みで動きを鈍らせるなんて、私も年をとったねぇ。」
母さんは悠々と大剣を引き抜き、夕霧に突きつける。
「この剣は刃先から柄まで、全身が魔幻銀なのさ、こいつを壊せるとは思わないことだっ!」
「くっ・・・!」
再び攻撃が再開される。武器を壊せないとなると接近戦を挑むしかなくなるが、目の前の御人に格闘戦が通じるかあやしいところだ。
おそらく接近されないようにするか、接近されても迎撃できるような何かを持っているはずだ、達人というのはそういうものだ。
このままではいずれ、私もあの大剣で斬られて真っ二つになってしまうだろう、いつまでも避けてるだけでは埒もあかない。
「アルマ!」
唐突に名前を呼ばれ、私は少しびっくりする、避けるのも一苦労に見える戦いの最中に声をかけられるとは思わなかった。
「刀を・・・!」
夕霧は私に向かって手を差し伸べる、刀・・・、私に預けたこの刀をほしがってるようだ。
確かに今、武器がない夕霧は圧倒的に不利な状況だ、ここでこの刀を渡せば互角の戦いができるかもしれない。
そうすれば夕霧にも勝ちの目が出て、勝利できるかもしれない・・・の、だけれど。
本当にそれでいいのだろうか・・・。
私の目的は西の地の救済だ、そのためにこうして地元の貴族と結婚しようとしたし、母さんがこうして体を張って、私の夢を叶えようとしてくれている。
はっきり言ってしまえば、ここで刀を夕霧に渡すのは利敵行為になる、母さんや西の地に住む人達のことを裏切ることになってしまいかねない・・・。
「アルマ!刀を渡してください・・・!」
夕霧が母さんの攻撃を避けながら、なお懇願する。かろうじて避け続けられているが、いつかは集中力が切れてしまうだろう。
「アルマ、難しいことは考えなくていいのさ!お前らしくもない、思ったまま行動すればいいのさ!」
母さんが一瞬手を止めて私に言葉を投げかける、思ったまま・・・、私は・・・。
「・・・夕霧っ!」
私は力を振り絞って思い切り刀を夕霧に向かって投げる、複雑な感情や損得なんかは今はおいておこう。
私が今思ったのは『夕霧の負ける姿は見たくない』それだけだったのだから。
刀を受け取り、夕霧はアルマににこりと笑うと、またすぐに相対し直す。
「・・・私は、私の信念を守るために、この刀を抜きます!」
夕霧は鞘から刀を抜き、構えを取る。夕霧が一瞬、呼吸をすると同時に飛び込んでいく、すごい速さだ。
母さんは大剣の腹を盾にして攻撃を受け流す、凄まじい速さの攻撃に面食らいつつも、すぐに体勢を立て直す。
「刀を握るだけでこうも強くなるとは、どうやら私はまだ侮っていたようだね!」
「私の剣捌き、まだまだこんなものじゃありませんよ・・・!」
また剣を構えて突進していった・・・、かと思えば残像と共に側面に夕霧が現れ、斬撃を浴びせた。
母さんは鎧にダメージを受け、華やかな剣闘士の鎧が一部崩れ去り、膝をつく。伝説とも言われた剣闘士にこうもあっさり攻撃が通ったことに衝撃が走る。
「少し、浅かったようですね・・・。」
「いつつ・・・、今の攻撃に対応できないとは、私も衰えたかね。」
ゆっくりと立ち上がり大剣を構え直し、夕霧をまっすぐ見据える。
「さぁ、来な!!」
戦いの行く末は再びわからなくなり、決闘の第二幕がゆっくり幕を開けたのだった。