第二十二話:『死闘、夕霧』1
「す、すごい・・・、あっという間に二人目も倒したぞ・・・。」
「あの極東人、何者なんだ、あいつこの辺りじゃちょっとした有名人だったのに・・・。」
夕霧は難なくやすやすと二人目も撃破する。その変幻自在とも言える杖さばきに対応できず、二人共あえなく退場となった。
二人目を倒したことにより、夕霧に拍手喝采がまき起こる。戦闘は観衆にとっては一種の娯楽だ、昔から娯楽性のある戦いは闘技場による興行も行われていて歴史も古い。
「まさか、こうもたやすく二人抜きされるとは思いませんでしたね。」
隣で当主がつぶやく。実際そう思うのも無理はない、ただの杖で地元で名の知れた人物をほぼ一方的に倒してしまったのだから。
「ですが、こちらにはまだ一人残っています。」
彼が合図すると、最後の一人が姿を現す。その姿は全身ローブで隠れていて、フードを深くかぶっているのでどんな人物かは全くわからない。
唯一背中の隙間から見えている剣の柄がこの人物の得物だと想像できるくらいか。
その人は無言で歩いたかと思うと、途中で私の前に立ち、唐突に頭を撫でる。
その行為に困惑して戸惑い上を見上げるも、顔は用意周到に鉄仮面を付けていてわからない、よほど他人に姿を見せるのが嫌なのだろうか?
だがその目は私を慈しむかのように優しい瞳をしていた。何者なんだと考えているうちに、撫で終わって満足したのか、踵を返し夕霧の前まで歩きだして対峙する。
「・・・あんた、本来の得物はあの子が持っている刀なんだろう?使わないのかい?」
「突然何を・・・?」
鉄仮面からくぐもった声が聞こえてくる、夕霧の刀は確かに今私が預かっているし、今も両手でしっかりと握っている。
しかしなぜその事を知っているのだろう、もしかして夕霧の事をよく知る人物なのだろうか?
「私はあんたの全力を知りたいだけだ、そんな棒っきれで戦うのもいい加減飽きただろう?全力で向かってきな。」
「・・・お生憎様ですが、私はあなたの言うこんな棒きれでも十分戦えます、それにいくら決闘とは言え人の命を奪いかねない戦いはしたくありません。」
ローブの人物はそれを聞き、落胆のため息を一つ出してやれやれと言った仕草を見せる。
「ならしょうがない、私も”手抜き”して相手をするよ、適当にかかってきな。」
そう言うと、夕霧に挑発をする。どうしてこうも夕霧に対して驕り高ぶるのか、もう3人目で夕霧の強さも十分知れてるはずだと思うのだが。
「その選択、後悔なさらないでくださいよ・・・。」
「いいからとっととこい、もう会話は飽きた。」
夕霧が一気に距離を詰める、このまま一気に勝負を終わらせるつもりだろう。
間合いに入り、そのまま突きを繰り出そうとした瞬間、終わるかと思った勝負が一気に豹変する。
「ほう、うまく避けたな、さすがの腕前だ。」
ローブの中からレイピアが伸びていた、夕霧はかろうじて躱していて、レイピアは頬を掠め血が流れている。
「油断がすぎるぞ?あんたほどの実力者ならこれしきの攻撃、端から予想できて当然だったんじゃないか?」
夕霧が間合いをとって仕切り直すと、おもむろにレイピアを地面に捨て遠くに蹴飛ばした。
「な、何を・・・!」
「言ったろう?本気を出さないなら私も手加減するだけだと、一度使った武器は二度と使わん。」
それだけいうと、また無防備な姿勢で立ち尽くす。さっきまで圧倒的な強さを見せていた夕霧が、今は逆に圧倒されていた、この驚きの展開に観衆はどよめき立っている。
これで勝負の行方は完全にわからなくなってしまった、ローブの人物は少なくとも夕霧と同等かそれ以上の達人といえるだろう、どこでこんな助っ人を見つけてきたのかわからないが、相当な人物だ。
「どうした?来ないのか?さっきの勢いはどこにいったんだ?」
さすがの夕霧も慎重に立ち回らざるを得ないといったところか、私でもさっきの飛び出てきたレイピアを見たら、そのからくりは理解できる。
答えは簡単、そのローブだ。あの大きなローブは足元が少し見えるだけで体躯はすっぽり隠れてしまっている。
こうして見た目では無防備に立ち尽くしているように見えるが、あのローブの下は全くの不透明。実際には先程のレイピアのように、なにか武器が握られててもおかしくはないということだ。
だから夕霧も攻めあぐねているのだろう、今度は慎重に攻め時を伺っているようだ。
「そっちが来ないなら、仕方ないから私から行ってやろうか?」
ローブの人物はぶっきらぼうに言い放つと、まるで散歩でもするかのように、ゆったりと無防備に歩き出す。
対する夕霧は杖を構え、迎撃の様子を見せる。その様子を見ても、知ったことかとお構いなしに歩み寄って行く。
「それいくぞ、3、2、1・・・!」
おもむろに攻撃予告をしたかと思った瞬間、ローブの隙間から投げナイフが現れた。
身構えていた夕霧は、すぐに横に飛んで投げナイフを避ける。が、この一瞬で素早く一気に距離を詰め、至近距離まで詰め寄られてしまう。
(は、速い・・・っ!)
「どうした?わざわざ近づいてやったんだ、攻撃したらどうだ?」
「このっ・・・!はあっ!」
杖を下から振り上げ側頭部を狙う、上からの攻撃は防がれやすいが、下からの攻撃は対応しにくい。
だが攻撃は防がれ、あろうことか杖を掴まれてしまう。
「捕まえたぞ、あんたの本気が見れないのは残念だったが、いい加減遊んでると怒られちまいそうだから、ここらでおしまいにするとしようか。」
そう言うと杖をへし折り、そのまま反対の拳で殴り、夕霧を吹き飛ばす。なんという馬鹿力なのだろうか。
吹き飛んだ夕霧はそのまま民家の壁に叩きつけられ、ぐったりと倒れてしまう。
「終わったぞ。」
夕霧は動かない、このまま決着が付いてしまうのだろうか?見届人のホリィ姉もこの勝負を見て青ざめた顔をしている。
「ま、まだです・・・、私はまだ戦えます!」
よろよろとおぼつかない足取りで立ち上がった夕霧は、息を荒くしながらも、まっすぐと相手を見据えていた、まだ闘志は失われちゃいない。
「あの一撃を受けたら大抵のやつはノックアウトするんだがな、さすがに私も衰えたかな?じゃあ・・・今度こそ終わりにしてやる!」
ローブの人物は夕霧めがけて駆け出す、かなりの速度で一気に詰め寄りとどめを刺すつもりのようだ。
相手の両拳の射程距離まで後数歩といったところで、夕霧は腰に手を回し短刀を投げつけた。
「そんな見え見えの攻撃で・・・!」
不意打ちのような攻撃だったが、攻撃は弾かれ虚しく短刀は宙を舞う。
そして至近距離まで詰められ、そのまま殴られ勝負が決まると思った瞬間、鈍い音が鳴り響く。
「やれやれ、いつの間にか私のほうが油断していたようだよ、これも歳かな。」
鈍い音が鳴り、短刀と鉄仮面が一緒に空を飛び、深く被っていたローブのフードが裂けて顔が顕になる。
先程夕霧が投げたのは短刀ではなく、鞘の方だったのだ。
しかもそのままの体勢では届かないので至近距離からの投擲という大胆な行動に出た結果、攻撃を当てることができたのである。
「危なかった、もう一瞬でも気づくのが遅れていたら喉に刺さっていただろうな。」
「あなたは・・・!」
その素顔を見た夕霧は驚いた表情を見せる、私からは背になっていて見えないが、驚いた隙に間合いを取りローブを脱ぎ捨て、こちらを向く。
その姿はあまりにも見覚えがあり、驚きのあまり一瞬呼吸を忘れてしまうほどだった。
「やれやれ、もう少し隠し通せるかなって思ったんだけどな、そうもうまくはいかないか。」
彼女はその昔、華美で派手な鎧を身に着け、巨大な大剣を背負い、長い髪を靡かせて戦うその姿は観客を魅了したという。
それでいて天下無双を誇る剣闘士として、連戦連勝を重ね名を馳せた彼女はいつしか戦姫と呼ばれ、引退するその日まで無敗を誇り、生ける伝説として今でも憧れるものは少なくないそうだ。
今では小じわも増えて、歳相応な婆さんだと自称しているが、その強さははっきり言って歳不相応だ。
「か、母さん・・・?」
そう、夕霧と戦っていたのは伝説の剣闘士にして、私の母親その人だった。